少女のわすれもの

clover

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2章:幽霊少女の願い

元気な少女の恩返し2

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  団地には、昨夜と同じように月の光が刺していた。

  今日の空には雲がひとつもない。月光は障害を感じることなく、その神秘的なまでの夜の静けさを醸している。


  団地を吹き抜ける風はどこか寂しげに、辺りの木々を揺らした。


  「元気がないな。どうかしたのか、娘」


 相変わらずゆうきを『娘』と呼ぶ白猫さんは、いつものようにゆうきの腕の中に収まっている。


  「白猫さんは、和人さんの家族のことどう思う?」


  ゆうきは、安城和人という存在が気になって仕方がなかった。

  遅刻しそうで急いでいる中、団地で床を取るゆうきに声をかけてくれたお兄さん。急なお願いでも、一時は受け止めてくれた優しい人。そしてイケメン。

  ゆうきにとって、その存在はまるで頼りがいのある兄のように感じられた。


  漠然とした問に、白猫さんは渋々答える。


  「どんな家庭にも事情ってものがある。どんなことも恵まれた家庭もあれば、災難な家庭もあるだろう。その家庭の問題は家族にしか解決できないものが多い」



  家庭というものは、そこにあるだけで特別な関係だ。その事実が良く働くこともあれば、残虐なまでに酷になることもある。

  家に帰ると居場所がある。
  家にいても、ただ辛いだけ。

  その両者が両立してしまうほどの深い関係を、生まれた瞬間、自分が望むことさえできず、決まってしまう。

  運命的と呼べるようで、理不尽にも思えてくるようなその深い関係に生じた事情は、踏み入ることのできない場所。家庭の事情は、その家庭にしか解決ができないことを白猫さんは知っている。


  安城家に対して、何かできないかと考えていたゆうきには現実味が溢れた言葉だった。

   苦々しい思いでいながら、ゆうきは呟く。


  「じゃあ、わたしにはなにもできないのかな」


  消え入りそうな声を無視して白猫さんは冷酷に言葉を吐き捨てる。 


  「どうしてお前があの男にこだわるのか理解できないが、お前にできることはなにもない」

  「断言はしなくても·····」


  消える声をらそれでも奮い立たせて、ゆうきは蜘蛛の糸のような可能性を探ろうとする。

  しかし、白猫さんは変わらない。 蜘蛛の糸は自分の体重を支えることのできない蜘蛛の糸なのだと、捉えるのみだ。


  「あの男の家の猫に追いかけられている時、嫌なものを見た」


  ゆうきは白猫さんの真剣な面持ちに言葉を失った。

  ゆうきは本当は人を気遣える少女。

  それを白猫さんは分かっていたから、ゆうきにこの話を切り出した。


  「リビングの奥の部屋に仏壇があった」


  『仏壇』という言葉を聞いた途端、ゆうきの体が強ばった。ゆうきにも思い当たる節があって、そうでありたくないと考え続けていたからだ。

  ゆうきの震える腕を感じながら、白猫さんは話を続ける。


  「明かりがない暗闇だったから、顔をよく見ることはできなかったけど、あれはおそらく放課後にあったあの女だ」

  「そんなわけ、ないよ」


  弱々しく否定するゆうきを無視して、白猫さんは語る。


  「放課後にあったあの女の足には影がなかった。他の生徒から無視され続けていて、あの男に見えていなかったということが、なによりも証拠だろう」


  白猫さんの話はあまりにも現実離れしていて、ゆうきにとってはリアル的なものだった。

  ゆうきにとって、白猫さんか神であるということに疑問をもたなかったように、幽霊という存在にも抵抗はない。

  しかし、幽霊になったということは、ひとつの命が散ってしまったということ。
  その存在を認めれば、その命がこの世にないことを理解することになってしまう。

  ゆうきにその覚悟はなかった。


  「和人さんは、あの女の子が見えていなかったの?」


  白猫さんは静かに頷いた。


  ゆうきは落胆をするようにその場に座り込んだ。
  風に揺れるブランコが、キーキーと耳障りな音を鳴らす。

  その音は寂しげに、ゆうきの頭に残る。ゆうきのつぶらな瞳から雫が地面に落ちた。


  「そこでなにしているの?」


  小さく、可愛らしい声。

  けれど、風にかき消されることなく、ゆうきの耳に届いた。

  声主の方を見ると、三つ編みを肩から下ろしたメガネの女の子が立っていた。女の子、であるようにみえるほどゆうきより低い身長を見ても、ゆうきは自分より歳上なのだと直感した。

  買い物をした帰りというように、両手にはパンパンに詰まった袋を下げていた。


  「お姉さん、だれ?」


  泣きそうな声でゆうきが問うと、おさげの女の子は荷物を置いてゆうきにハンカチを差し伸ばした。


  「うちはこのマンションの住人。さっきこのマンションから知らない女の子が出てきたと思ったら、いきなり泣き出したんだから、驚いたわ」


  お姉さんは優しく微笑んだ。その笑顔には、お兄さんと似たものをゆうきは感じた。


  「なにかあったなら、お姉さんが話聞いたげる」


  『お姉さん』というわりには、中学生くらいの低身長をしたお姉さんの優しさを、ゆうきは暖かく感じた。

  ゆうきは今日あった出来事を全て話そうとした·····けれど、ゆうきはそれを声に出せなかった。同時に、白猫さんがゆうきの袖を噛み引っ張ってそれをとめる。


  「そう。なにか事情があるのね」


  お姉さんは、察しのいい人間だった。

  人間関係には、誰にも事情という見えない壁が常に阻まれていて、その壁はどれだけの信頼があっても壊れることのないものだ。大事な人の力になる、ということの難しさをお姉さんは知っていた。


  「もし良かったら、うちの家にあがっていきなよ。今日の夜は寒くなるわ」


  そう言うと、お姉さんは置いた袋を持って、マンションの方へ歩いていった。

  ゆうきは白猫さんを抱き抱えて、その背中についていった。
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