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王女の赤い雷槌
しおりを挟む銀が先端に輝く魔法杖を、俺は構えたまま、ルシアを見る。
「なっ……なんで……」
ルシアは絶句していた。まあ、無理もない。
俺たちを包囲した宮廷魔導師は、二十人ほどいた。
その全員が俺たちを襲おうとしたにもかかわらず、次の瞬間、例外なく倒れていたのだから。
ルシアは真紅の瞳に、怯えの色を見せた。
「クリス……いったい、何をしたの?」
「何って、魔法を使っただけですよ」
俺は微笑んだ。
「俺の魔法器は、右手そのものと、魔法杖の二つ。この二つを使えば、一瞬でエーテルの反射障壁を作ることも、たやすいことです」
そして、宮廷魔導師たちは自分の魔法が反射し、それに襲われて敗れたわけだ。隣のソフィアが、驚いたように目を見開く。
「二つの魔法器を同時に使えるの?」
ソフィアの問いに俺はうなずいた。
たしかに、普通の魔術師であれば、魔法器を二つ同時に操るなんて、不可能だ。
魔法の源であるエーテルの操作には、かなりの精神力を必要とするし、一つの魔法器でそれを扱うだけで通常は精一杯になるからだった。
けれど、俺は普通の魔術師ではないのだ。
宮廷魔導師団副団長。大戦七英雄の一人「白き英雄」。肩書も称号も俺の身には過ぎたものだとは思う。
けれど、俺が戦闘に長けた白魔道師であることも、客観的な事実だった。
「たしかにルシア殿下たち宮廷魔導師は、俺の魔法をよく知っているかもしれない。けれど、知っているだけでは、俺には勝てませんよ。俺もあなたがたのことはよく知っているんですから。どのタイミングで、どう魔法を使って、何で俺たちを攻撃するか、すべてお見通しです」
だからこそ、エーテルの反射壁を効果的に俺は展開できた。普通の宮廷魔導師が束になっても、俺には勝てない。
俺はルシアに魔法杖を向けたまま言う。
「さあ、撤退なさってください。降伏するということであれば、誰の命も奪いません。俺たちはこのままここから立ち去ります」
ルシアは震えながら、それでもまっすぐに俺を見つめた。
「私は臆病者ではありません。そして、私にはあなたを捕らえる義務があります。それが王女であり、宮廷魔導師団団長である私に与えられた任務です」
「戦うつもりですか?」
「……なめないでください。私を誰だと思っているんですか? 宮廷魔導師団団長、『真紅のルシア』。その名前を聞くだけで、カレンデュラ帝国の敵兵は恐れた存在ですよ」
そう。ルシアは、他の宮廷魔導師とは違う。彼女は魔法の天才にして、俺と並び、戦争での王国の切り札だった。
俺はソフィアとクレハに言う。
「二人とも、少し、下がっていたほうがいいよ」
ソフィアとクレハは顔を見合わせ、それから俺にうなずいた。そして、二歩ほど後退する。
下がっていてもらわないと、二人には危険なことになる。
試しに、俺は反回復の魔法を放ってみるが、さすがルシアというべきか、これには対策を打っていて、何らかの魔法障壁で弾き返された。
ルシアは高く魔法杖を振り上げる。そして、その先端の赤く巨大な宝石が、激しく輝き始めた。
「ルシア殿下……ここで、殿下の切り札を使うつもりですか?」
「安心なさい。周囲の住民は避難させています。だから……クリス……受け止めてみなさい!」
そして、ルシアは杖を振り下ろした。
途端に、周囲のレンガ造りの建物の壁が、真紅の光で染まる。そして、すべての物のエーテルがルシアの魔法と反応し始め……やがて、爆発した。
「あの者たちに、赤き雷槌を!」
ルシアが叫ぶとともに、俺たちを真紅の炎の奔流が包んだ。かつて無数の帝国兵を燃やし尽くした大魔法<赤き雷槌>だった。その魔法一つで、村一つを炎上させ、数百の帝国兵を死に至らせた。
それが今、俺たちに向けられている。俺の作ったエーテルの反射壁にも、限界がある。あまりにも大きなエーテルの力をぶつけられれば、魔法障壁は持たないのだ。
けれど――俺はさらに何重かの魔法障壁を張った。エーテルの量を最小限にしつつ、最大限に効果的な防御を行う。
やがて、赤い光は収まった。俺の周囲の建物はレンガ造りなのに、完全に溶け去っている。改めて、凄まじい火力だと実感する。
しかし、俺も、クレハもソフィアも、傷一つなく、その場に立っていた。ルシアの魔法は偉大なものだ。とても十七歳の少女が使えるようなものじゃない。ルシアが天才だというのは、間違いない事実だった。
だが、ルシアの魔法は、俺にとってはまったくの無意味だった。
俺は微笑む。
「殿下……俺が少しでも困るとお考えでしたか?」
ルシアはへなへなとその場に倒れ込む。呆然とした様子で、俺を真紅の瞳で見上げていた。
今の攻撃に、ルシアはかなりの量のエーテルを注いだはずだ。切り札を切っても、ルシアは俺の魔法障壁を破れなかった。
俺はゆっくりとルシアに近づいた。そして、その胸元に自らの銀の魔法杖を突きつけた。
「殿下、俺の勝ちですよ」
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