恋してしまった、それだけのこと

雄樹

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最終章【未来17歳/沙織29歳】

第113話 初めての夜【未来17歳/沙織29歳】

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 沙織さんと婚約をして一週間、私は浮かれていた。
 …うん、浮かれていた、という表現が一番合っていると思う。嬉しくて、ふわふわして、心ここにあらずといった感じで。

(卒業して…来年、18歳になったら…沙織さんと結婚…するんだ…)

 もちろん、私と沙織さんは女同士だし、本当の意味での「結婚」は出来ないけれど、そんな形式上のことはどうでもよくて、ただ、私と沙織さんの間で「結婚した」と思えることが大事なんだ。

(沙織さん、喜んでくれるかな…)

 喜んでくれるに違いない。だって私と沙織さんは、もうお父さんたちにも公認された恋人同士なのだから。
 嬉しくて、ふわふわして、心ここにあらず、といった日々を過ごしていた私は…7月末、現実に引き戻された。



「未来、期末テストの結果は…あ、ごめん、聞かなかったことにして」
「うん…察してくれてありがとう、凛」

 戻ってきたテストの結果をみながら、私は半分泣いていた。最近、いくら浮かれていたとはいえ…あまりにも酷い結果だったからだ。

「ちなみに…凛の方は?」
「私はまぁ、いつもどおり、かな」

 いつも通り、学年一位なのだった。
 羨ましいな、と思う以上に、この親友のことが誇らしかった。大学を目指して勉強を頑張り始めた今だからこそ、凛がどれだけすごいのかを実感することができていた。

(大学に入るために勉強頑張るって、沙織さんと約束したのに…)

 不甲斐ない。
 いくら口では頑張るといったところで、結果が出ていなければそれは本当の意味で頑張ったとはいえないだろう。
 明日から夏休みが始まる。
 高校最後の夏休み。本当ならたくさんいろんな経験をしたいところだけど。

(勉強、頑張るっ)

 とにかく今年の夏は、勉強漬けの夏休みを過ごすことを決意した。

 お父さんに頼んで、夏期講習の塾にいれてもらうことにする。
 塾はちょうど、高校の近くにある。
 私と高校までは、電車でだいたい30分以上。だから塾に通うのも同じようになるので、夏休み中も高校に通っているようなものになる。

(それに…)

 沙織さんの住んでるマンションも、高校の近くにある。
 だから、塾で勉強したら、その後、沙織さんのマンションにいって沙織さんに勉強を教えてもらおう。

(私、受験生だし、勉強だから、仕方ないよね)

 自分で自分にそう言い聞かせるけど、半分以上は沙織さんに会いたいから、というのが本音であるのは…隠しようもなかった。

 私の高校生活最後の夏休みが始まる。
 そして、この夏休みの間に…私は、忘れることのできない経験をすることになるのだった。



■■■■■


 8月に入ってもう一週間がたったある日。
 朝の天気予報では大雨が降るかもしれないと言っていたけど、その予想は大外れになったみたいで、遠くに大きな入道雲がみえる空には雨の予感を全く感じさせることは出来なかった。

「沙織さん、お邪魔します!」

 塾が終わった後、私はまっすぐ沙織さんのマンションによることが日課となっていた。
 頑張った後に、沙織さんに会える。毎日ご褒美をもらいながら勉強しているようなもので、この夏休みが楽しくて幸せで仕方がなかった。

「未来、いらっしゃい」

 マンションの扉をあけて、沙織さんが姿を見せてくれる。
 部屋の中はクーラーがよく利いていて、外の熱気で火照った身体をすぐに冷やしてくれるのだった…まぁ、身体は涼しくなっても、沙織さんに会えた悦びで心の中は暑いままだったのだけど。

 ちなみに、塾には凛も一緒に通っている。
 そもそも凛は塾に通う必要はないとは思うのだけど…それでも、私と一緒に通ってくれて、授業中分からないことがあったら優しく分かりやすく教えてくれた。
 塾の間は凛が先生になり、塾が終わったら沙織さんが私の先生になってくれる。

(これで成績が伸びなかったら嘘だよね)

 本当に、ありがたい。
 塾が終わると、凛と別れて沙織さんのマンションへと向かう。毎日その時、凛が少しだけ寂しそうな顔をするのが申し訳ない気持ちになるのだけど…それでも、私は沙織さんに会いに行くことをやめることは出来なかった。

「沙織さん、今日もよろしくお願いします!」
「うん…でも、いつも言っているけど、この部屋の中に入ったら、私はあなたの恋人の沙織さんじゃなくって、あなたの担任の水瀬先生なんですからね」

 靴を脱いでいる私を見ながら、沙織さんは私にそう言い聞かせてくる。
 私に言っているようで、実は自分にも言っているのかもしれない。
 私は「もちろん、分かっていますっ」と大きく返事をする。沙織さんに会えるだけで、沙織さんを感じるだけで、私は幸せなのだから。

「…未来」

 そんな私の頬っぺたに、沙織さんがそっとキスをしてくれた。
 驚いて、沙織さんを見る。
 沙織さんは真っ赤な顔をしながら、

「…まだ部屋に入っていないから…いまはまだ、私はあなたの恋人、だから」

 と、照れながら言う。
 その姿があまりにも可愛くて、私は思わず沙織さんに抱き着いてしまった。私の方が大きいから、ちょうど沙織さんを包み込むような感じになる。
 手の中の沙織さんが暖かい。
 少しだけ、震えているのが分かって、また一層愛おしくなる。

 もう一回だけ、唇を近づけて…

 沙織さんが、水瀬先生になるまで、少しだけ長い時間がかかったのだった。



■■■■■


「…だから、ここがこうなるわけよ」
「わぁ…そうなんですね」

 沙織さんこと水瀬先生の指導は、とても分かりやすい。ちゃんと私の理解のレベルに合わせた教え方をしてくれる。
 塾では凛からも教えてもらっているんだけど、凛と私とでは頭の作り方が違いすぎて、私が分からないところがどこなのかを凛が理解するのが難しいからなのか、せっかく教えてもらっているのに何を言われているのか分からない、という事が多々あった。

(やっぱり、沙織さんは、先生なんだなぁ…)

 すごい、と思う。教え方のプロなんだ。私の恋人、すごい。
 あんまり私が沙織さんの方を見つめているので、沙織さんは水瀬先生でい続けることが難しくなり、すぐに頬を紅潮させると、ぷいと向こうを向いてしまった。

「真面目に勉強しなさい」
「はーい!水瀬先生!」

 嬉しくなって、思わず手をあげる。
 沙織さんの部屋は高校の教室ではないけど、今は私と沙織さんだけの2人きりの教室になっていた。

 時計の音を聞きながら鉛筆を動かす。
 その時計の音に、雨音が混じりこんできた。
 最初はぽつぽつ、といった感じだったのが、次第に大きくなり、ついには時計の音をかき消すばかりの轟音になる。

「雨…強くなってきたわね」
「朝の天気予報、本当に当たっちゃいましたね」

 あんなに快晴だったのが嘘みたいに、窓の外は黒く暗くなっていて、滝のような雨が降りそそいでいるのが見えた。

「もうこんな時間…」

 沙織さんが時計を見る。時計の針は、夜の8時を示していた。

「未来、頑張ったね」
「沙織さんの教え方が上手いからです」

 これは本音。
 勉強していて、それが頭にちゃんと入ってくるというのは意外と心地よく、頑張ることが全然苦にならなかった。
 雷が鳴った。
 部屋が白く照らされて、その後、電気が落ちた。

「わっ」

 抱き着いてきたのは、私だったか、それとも沙織さんだったか。
 2人とも、だったかもしれない。
 暗闇の中、私と沙織さんはしばらく抱き合っていた。
 鼻腔に、沙織さんの匂いがする。
 甘い匂い。なんか、たまらない気持ちになる。

「あ…」

 再び、電気がついた。
 雷による一時的な停電だったのだろう。

「これは…電車止まっちゃうかもしれませんね」
「そうね…」

 沙織さんは何か考え事をしているかのようだった。その間に、私もいろいろ考える。沙織さんのマンションから駅まで走ったとして、この雨なら傘をさしていても意味がないだろう。びしょぬれになって駅について、それでもしも電車が止まっていたら、まさに泣きっ面に蜂だ。

(この雨、やむかな…)

 窓の外は本当に真っ暗で、雨音もだんだん強くなってきているような気がする。まるで空がひっくり返ったかのようで、ノアの大洪水の時ってこんな感じだったのかな、と少しだけ夢想する。

「…未来」
「はい、沙織さん」

 そんな妄想をしていた私は、沙織さんの言葉で現実に引き戻された。
 沙織さんは少しうつむいた後、私をちらりと見て、それから、意を決したかのように、私に向かって尋ねてきた。

「雨が強くなって危ないし…今夜…私の家に…」

 泊まって、いく?

 
 また、雷の光。
 一瞬だけ、部屋が真っ白に照らされる。
 今度は停電しない。
 私は、沙織さんをみながら、胸が高鳴るのを自覚して、そして。

「…はい」

 とだけ、答えた。



■■■■■


「…雨も降って危ないので、今夜は未来をこちらに泊めることにします…ええ。ええ、そんな、こちらこそ有難うございます…明日はこちらから未来に塾に向かわせますので…ええ。はい。もちろんです。そんな、気を使わないでください…ええ。はい。では、また、浩平さん」

 沙織さんはスマホから耳を離すと、私の方を向いて、

「浩平さんから、今夜はうちに泊まっていいから、明日は塾が終わった後に気を付けて帰ってくるように、と未来に伝えてくれ、と」
「うん…分かったよ、沙織さん」
「…」
「…」

 沈黙が流れる。
 相変わらず外の雨音は強く、時折雷の光が部屋に差し込んでくる。

「もう夜8時だね」
「そ、そうですね」

 なぜか緊張する。
 さっきまで2人きりでいても何も感じなかったのに…今は沙織さんの存在を感じて仕方がない。
 流れる微妙な空気感を感じ取って、沙織さんが慣れない冗談を口にする。

「あはは…はは。あのー、えーっと、未来…、ご、ご飯にする?お風呂にする?それとも、あ、あたし?」
「…」

 思わず、沙織さんを見てしまう。
 沙織さんは、もう耳まで顔を真っ赤にしていて、それで、あたふたしながら、「じょ、冗談、冗談よ、あはは、は」と手をふる。
 私は…ぽつりと。
 私にも、沙織さんにも聞こえないような、小さい声で、そっとつぶやいた。

「…沙織さんが…いいです」
「え?」
「あ…」

 何を言っているんだろう?何を言ったんだろう、私?頭の中がショートしそうで、顔をあげて、沙織さんを見て言う。

「ご、ご飯にしましょうっ」
「そ、そうよね、そうね…あはは」

 2人で何とも言えない空気をなんとか払拭しようとする。
 沙織さんが立ち上がってキッチンにむかい、私も手伝おうとしたら、「ここは私にまかせて、簡単なものつくるだけだから、未来は座っていて」と言われたので、大人しく座って待つことにする。

 キッチンに立つ沙織さんの後姿をみながら、まるで、新婚夫婦みたいだな…と妄想してしまい、頭をふるふるとふって現実に立ち戻る。

 あらためて、部屋を見る。
 沙織さんの部屋。
 いつも、沙織さんが一人で暮らしている部屋。
 綺麗に整頓されていて、片付いていて、そして沙織さんの匂いと痕跡が残っている、落ち着いた部屋。
 …落ち着かない。

「お、お粗末なものですが…」

 出来上がった沙織さんの料理をふたりで食べる。お粗末なんてとんでもない。沙織さんの作ってくれる料理は、本当に、とても美味しかった。
 美味しかったのだけど…味を味として感じることができなかった。

 2人で黙々と食べて、外からは雨の音がして、テレビもつけず、ただ、食事の音だけが部屋の沈黙を支配していた。

「ごちそうさまでした…美味しかったです」
「口に合うなら…よかった」

 食べ終わり、食器を洗い、それは2人でキッチンに並んで洗って、そしてまた、沈黙。

「…お風呂入ろうか」
「…沙織さん、どうぞお先に」
「未来からどうぞ」
「…」
「…」

 一緒に入る?とは、言わない。
 私は、それじゃ、お言葉に甘えて…というと、沙織さんを残して、1人で沙織さんの家のお風呂場に向かった。

 脱衣所の扉を閉めて、そして、はぁー、っと息を吐いて座り込む。
 心臓がどくどくいっている。
 どんな顔してるんだろう、私。絶対に、変な顔になってる。

 私は服を脱ぐと、籠の中にいれる。
 下着も…脱ぐ。それも、籠の中にいれる。
 沙織さんの家の中で、いま私、裸になっているんだ…いやいや、お風呂入るだけだから、当たり前だから…

 お風呂場にはいり、扉をしめる。
 お湯を出しながら、鏡を見つめる。
 生まれたままの姿の自分を見て、変なところないかな、と思う。
 想って恥ずかしくなって、身体を洗って妄想を吹き飛ばす。
 ボディソープも…シャンプーも…沙織さんの匂いがした。

「未来、着替え、ここに置いておくわね…」

 外から沙織さんの声がして、「は、はいっ」とだけ答える。
 そして、もう一度、しっかりとごしごしと、身体を洗う。

 …いつもよりも丁寧に、徹底的に…綺麗にする。



■■■■■

「あがりました」

 沙織さんの服を着て、私はお風呂場から出た。
 そんな私の姿を、沙織さんはじっと見つめていた。何かしゃべってほしい…間が持たない…

「いいお湯、でした。有難うございます」

 仕方がないので、私から言う。
 沙織さんは、我に戻ったみたいな目をすると、うん、よかった、とだけ言う。

「それじゃ…次は…私が入るから…」

 沙織さんは立ち上がり、そして、目をちらっと部屋の向こう側に向ける。
 そこは…沙織さんの、寝室。

「ベッドの上で、待っていて」

 とだけ言って、沙織さんはそそくさとお風呂場に向かっていった。

(ベッド)

 胸が高鳴る。
 心音で、窓の外の雨音がかき消される。
 ベッドに座る。柔らかい。身体が沈み込む。

(ここでいつも…)

 沙織さんが、寝ているんだ。
 横になって、枕を抱きしめた。
 息を吸う。

(沙織さんの匂い…)

 身体が熱いのは、お風呂上りだからではないと思う。胸の中と、お腹の下のあたりが熱くなっているのが、自分でもわかる。

 今、私は沙織さんの服を着ている。
 沙織さんの寝間着は、普段私が着ているものよりも少しだけ小さい。
 いつの間にか、私、沙織さんより大きくなったんだな、とこんなことで実感する。

 下着は、着ていない。

 沙織さんが用意してくれたのは、この寝間着だけだった。

(沙織さんは…夜寝る時…下着をつけない人…なんだな)

 と思う。
 想って、想像して、ドキドキする。
 今、私は、この寝間着の下につけているのは、指輪だけだった。
 それ以外は…何もない。

(沙織さんも)

 同じ、なのかな。
 同じ、なんだろうな。

 心臓がどくどくする。
 息が重くなる。

 …期待、してしまう。




「未来」

 声がした。
 沙織さんが、お風呂からあがっていた。
 私が今着ているのと同じ形の寝間着を着ている。違うのは、寝間着の色だけだ。
 ということは。

(あの下は…)

 今の私と同じ、ということで。
 それはつまり…そういうことで。

 緊張する。
 音がうるさい。心臓、止まれ。
 沙織さんに…気づかれちゃう。

 そんな私の想いを知ってか知らずか、沙織さんはゆっくりと…でも確実に、私の方に向かって歩いてきた。
 ベッドの上に座っている私。
 その隣に、沙織さんが、座った。

(あ…)

 同じ匂い。
 今の私と沙織さん、同じ匂いがする。
 ぴったりくっついて座っているから、この匂いの元が、私からのものなのか、沙織さんからのものなのか、分からなくなる。
 2人の匂いが混じりあっている。

 そしてまた、沈黙。
 ちらっと、横に座っている沙織さんを見る。
 綺麗。
 お風呂上がりの沙織さんは、少し湿っていて、それがまた艶やかな色気を感じさせてくれていた。

(まつ毛長いな…)

 見とれてしまう。
 沙織さんはまっすぐ前を向いていて、私が見つめているのに気づいているのかいないのか分からない。
 だからそのまま、私は沙織さんの顔をじっと見つめていた。
 私の大好きな人の横顔。
 好き。
 鼻の形もいいな…私より高い鼻。
 唇も好き。唇が少し濡れていて、そして震えているのが分かる。
 もう全体的に好き。全部好き。
 私の恋人は最高。
 8歳の時から17歳の今まで、ずっとずっと好きの値の最高値を更新し続けてきてくれてるなんて、すごい。

「未来…」
「…はい、沙織さん」
「あのね…」

 沙織さんが、ようやく、口を開いた。
 ゆっくりと、ぽつぽつと、たどたどしく、でも、まっすぐに。

「私…駄目な子なの」
「沙織さんは駄目なんかじゃないですよっ!」

 否定する。沙織さんは駄目なんかじゃない。沙織さんはいいところしかない。こんなに素敵な人はいない。私の宝物で…かけがえのない、私の恋人。

「ううん。駄目なの」
「…」
「…我慢しなくちゃいけない、って、頭の中では分かっているんだけど、でも、もう我慢できないくらい、馬鹿で駄目な女なの」

 そういうと、沙織さんはゆっくりと、私を見つめてきた。
 瞳が潤んでいるのが分かる。何かにおびえている目だ。いったい何を…恐れているのだろうか?

「未来…好きよ」
「私も…大好きです、沙織さん」
「私の好きはね…たぶん…未来とはちょっと…違うの」
「何が違うんです?」
「私はね…未来ほど純粋じゃ…ないと思う」

 沙織さんはそういうと、私の頬に手を伸ばしてくれた。
 その指先に、指輪がはめられているのがみえる。

「私の好きはね…たぶん…いけない、好き」
「いけないって…」
「未来みたいに、綺麗じゃないの」

 息がかかる。
 沙織さんの甘い吐息。

「…もう、ごまかさないね」

 沙織さんは目を閉じた。
 閉じた瞳が震えている。まつげが揺れている。
 汗、かいている。
 緊張しているのが、痛いほど、伝わる。
 頬に触れた手が…しっとりと、汗で濡れている。

 そして、沙織さんは目を開けると。
 私に…その心の奥底の気持ちを、吐露してくれた。

「私、未来が…欲しいの」

 欲しい。
 まっすぐで、飾らなくて、むき出しのままの、沙織さんの心の言葉。
 私は…溶けるような気がした。
 求められているのが…嬉しかった。
 それは…私の求める、全てだった。

「沙織さん」

 私はそう言うと、沙織さんがしてくれているのと同じように、手を伸ばした。
 私の指にも、指輪がはめられている。同じ。おんなじだ。
 沙織さんの頬に触れて、そしてそのまま、顔を近づけて、額と額をこつんとぶつける。

「私も…沙織さんが…欲しいです」
「…本当に?」
「私が今まで、沙織さんに嘘ついたことってありますか?」
「…無い」
「ですよね」

 そして私は、右手を伸ばして、沙織さんの右手を握り締めた。
 私の右手には、指輪がある。
 沙織さんの右手にも、指輪がある。
 おそろいの指輪。
 それが、こつんとあたる音がした。

「沙織さん…愛しています」
「私も…愛してるわ、未来」
「だから…」

 沙織さんの右手を、引っ張る。
 ひっぱって…私の寝間着の内側に…誘う。
 いざなって、そして、私の心臓の鼓動を直接感じてもらう。

「どきどきしています…伝わりますか?」
「…うん。未来の心臓…動いているのが…分かる」

 私はいま、指輪以外の下着をつけていない。
 だから、つまり、
 そういうこと、だ。

「…私を、もらってください」
「…未来を、もらうね」
「…沙織さんも…ください」
「うん…あげる…私の全部、未来にあげる…ね」

 沙織さんの指が動いて、私の心も温かくなる。

「電気…消します?」
「ううん…つけたままがいい」

 未来の全部が、見たいの、と、沙織さんは言った。

「優しく…してください…ね」
「努力する…けど…」

 私も初めてだから…うまくできないかもしれないし…それに…

「ごめん、やっぱり…無理…かも」

 正直な沙織さんは、意地悪で。
 私を求めてくれて。
 そして。

 優しいけど、でもちょっとだけ、優しくなかった。




■■■■■


 陽光がさしこんできて、部屋を白く照らしていた。
 私は身体を動かして、天井を見つめる。
 いつもと違う天井。
 いつもと違う光景。
 いつもと違う朝。

「…ん」

 横で、寝息が聞こえる。
 見てみると、沙織さんが寝ている。

(綺麗…)

 眺めているだけで、幸せで心が溶けていきそうになる。
 昨夜までの大雨が嘘みたいに、外は晴れ渡っていた。
 時計を見る。
 まだ早い。
 もう少しゆっくり、眠ることができる。

「えへへー」

 私は布団に潜り込み、そしてそのまま、また沙織さんに抱き着いた。
 いつの間にか、私の寝間着も、沙織さんの寝間着も、ベッドの下に落ちていた。昨夜はけっこう、あの、あれで、ああだったから、うん、ね。仕方ない。

「暖かいー」

 沙織さんに抱き着いて、その体温を直接感じる。
 暖かくて、気持ちいい。
 そのままぎゅーって抱きしめていたら、

「…う…うん…」

 沙織さんの目がゆっくりと開いていくのが見えた。

「…未来?」
「おはようございます、沙織さん」
「…おはよう…」

 沙織さんは、まだ寝ぼけているみだいだった。
 可愛い。
 昨夜の沙織さんとは…全然違った可愛らしさだ。

 そう思い返して、恥ずかしくなって、またぎゅーって沙織さんを抱きしめる。
 あんまり強く抱きしめたものだから、

「未来…痛い…」

 沙織さんから抗議の声がもれた。ごめんなさい。
 そして、ぼぅっとしていた沙織さんの瞳がだんだんと開かれ、私が目の前で一緒に寝ているのを認識すると、本当に、一瞬で沙織さんの顔が真っ赤になった。

「未来…私…っ」
「えへへー。沙織さん、おはようございますっ」

 もう一回、朝の挨拶をする。
 柔らかな朝の陽射しを浴びながら、目を覚ました時に真っ先に入ってくるのが恋人の姿だという喜びに嬉しくなり、なんか、もう世界を手に入れてような、そんな気持ちになってしまう。

「昨夜は…あの…」

 沙織さんがしどろもどろになりながら、同じ布団の中で、あやまってくる。

「あの…ごめんなさいね…」
「沙織さん、ちゃんと責任、とってくださいね」

 昨夜たくさん意地悪されたから、ここらへんでちょっと意地悪をし返すことにする。

「もちろん…とるわ」
「私をこんなに幸せにしてくれた責任を、ですよぉっ」

 そう言って、もう一度抱き着く。
 今度は沙織さんも抱きしめ返してくれて、沙織さんと私の体温が重なっていく。

「愛しています、沙織さん」
「愛してるわ、未来」

 しばらく2人で抱き合った後、沙織さんはベッドから出て、背伸びをして、そして、

「朝ごはんつくるわね」

 と言ってくれた。
 朝の白い光に包まれて、私は心を幸せで一杯にしながら、こう答えたのだった。

「朝ごはん楽しみです…でも、その前に…服を着てくださいね♪」

 沙織さんはきゃっと言うと、いまさら裸を隠したのだった。
 私の恋人…最高に可愛い、なぁ。
 
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