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27話
ラファエルがアラベラを迎え入れて一年が経っても変化は訪れなかった。
自分には子がなせないのでは――そんないやな予感が頭をかすめる。クリスティーナと一年を過ごして子をなせずに悩んでいたのだから、その相手がアラベラに変わっても当然、同じ悩みを抱いた。
「ご安心ください陛下。私の隣の家の嫁夫婦の妹の旦那の姉の従兄弟の二軒隣の家で暮らしていた夫婦は長年子をなせないことに悩んでいたそうですが、毎日励むことでようやく子宝を得ることができたそうです」
また別の女性を迎えるしかないのでは。そうぼやくラファエルに、アラベラはそっと微笑んで優しい言葉をかけた。
アラベラは慎ましい女性だった。弟妹の生活がかかっているから、というのもあるのかもしれないが、従順にラファエルに従い、差し出がましい口は利かず、あれがほしい、これがほしいとねだることもなかった。
ラファエルが疲れているとわかれば手ずからお茶を淹れ、疲れがとれるようにと肩をもみほぐし、甲斐甲斐しくラファエルに尽くした。
「せっかくここまで必死に頑張られたのです。クリスティーナ様にも耐えていただいているのですから、ここで諦めてはせっかくの努力が無に帰してしまうとは思いませんか?」
ですのであと一年。それでも難しければ、それはそのときに考えましょう。
優しく温かな声色に、ラファエルは悩みながらも頷いた。一年もの間、好いてもいない女を隣に置き、目を光らせてきたのだから、何かしらの成果を得たいと彼も思ったのだろう。
それに次に迎える女性がアラベラのように従順だとは限らない。クリスティーナと余計な諍いを生むかもしれない。
ならば自分はただの子をなせるかの道具だとわりきっていて、クリスティーナと対立する気のないアラベラを隣に置いているほうがいいのでは。そう考えてしまった。
そうしてラファエルに従順に従っているアラベラではあったが、彼女もラファエルに特別な感情を抱いてはいなかった。
だがそれなのにどうしてラファエルの隣にい続けているのかというと、一言で言ってしまえば金のためだ。
彼女の母親は弟妹の世話をアラベラに押し付けて遊び歩き、ふらりと戻って来ては子を産み、置いていく。その際に金があれば持っていくという、とんでもない女だった。
そして当然のようにトラブルに巻き込まれ、何人もいる弟妹以外は何も残さずに死んだ。
あればあるだけ金を使い潰す母親が亡くなったからといって、アラベラの生活が上向くことはなかった。
一度は娼館に身をやつそうかと悩んだこともあった。目鼻立ちはそれほど悪くはない。高級娼婦になるには知識も知恵も技術もないが、それなりの立ち位置でやっていけるのではないか、と。
だがそんな考えは、喧嘩したとか、ものを落としたとかで泣きわめく弟妹たちの世話に追われ、すぐに消え失せた。
アラベラの父親だという人物が彼女の前に現れたのは、その日暮らしにさえ困るようになっていた頃のことだった。
突然父親だと名乗り出た男性に、最初は殴ってやろうかと思ったアラベラだったが、男性の身なりが平民のものではなく、手を上げようものなら自分が罰せられるであろうことがわかったのと、ほかの弟妹の父親の顔を誰ひとりとして知らないことを思えば、名乗り出るだけマシなのではと思ったからだ。
とはいえ、手を出さないのと金銭をせびるのとはまた別の話だ。
身なりがよいのならそれ相応に持っているだろうと、父親だというのなら当面の生活に苦しまないだけのお金が欲しいと言ったアラベラに、男性は落胆の眼差しを返してきた。
「こんな卑しい女が私の娘とはな」
出会って早々せびられたのがショックだったのだろう。だが感動の再会をして、涙ぐみながらお父さんと呼んで抱きしめるには、アラベラの生活は苦しすぎた。
生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。そこまで思い悩んだ時期すらある。何人もいる弟妹だが、怪我や風邪で死んだ弟妹も三人ほどいた。金さえあれば助かっただろう命を、何もできず看取ることしかできなかった。
「卑しくて悪うございましたね。お父さんが卑しくないのはそれだけ余裕があるということで、羨ましいことこのうえありません」
娘に卑しくなってほしくないのなら、卑しくならずに済むだけのものを用意してほしいものだ。そうやさぐれた気持ちで返すアラベラに、男性は失望の目をしながらも話を続けた。
アラベラを産んだのは母親が勝手にやったことで、男性がアラベラの世話をする義務がないこと。
だがそれでも娘であるとはわかっているので、いくばくかの金銭は用意していること。
そう説明したうえで、金銭を得るには条件があると告げた。
「陛下のもとで数年ほど過ごし、子をなすように」
期間が長ければ長いほど、得られる金額は増え、無事に子を孕めばそれ相応の金銭を支払う。そしてその間、弟妹には何不自由ない生活をさせると男性は約束した。
自分には子がなせないのでは――そんないやな予感が頭をかすめる。クリスティーナと一年を過ごして子をなせずに悩んでいたのだから、その相手がアラベラに変わっても当然、同じ悩みを抱いた。
「ご安心ください陛下。私の隣の家の嫁夫婦の妹の旦那の姉の従兄弟の二軒隣の家で暮らしていた夫婦は長年子をなせないことに悩んでいたそうですが、毎日励むことでようやく子宝を得ることができたそうです」
また別の女性を迎えるしかないのでは。そうぼやくラファエルに、アラベラはそっと微笑んで優しい言葉をかけた。
アラベラは慎ましい女性だった。弟妹の生活がかかっているから、というのもあるのかもしれないが、従順にラファエルに従い、差し出がましい口は利かず、あれがほしい、これがほしいとねだることもなかった。
ラファエルが疲れているとわかれば手ずからお茶を淹れ、疲れがとれるようにと肩をもみほぐし、甲斐甲斐しくラファエルに尽くした。
「せっかくここまで必死に頑張られたのです。クリスティーナ様にも耐えていただいているのですから、ここで諦めてはせっかくの努力が無に帰してしまうとは思いませんか?」
ですのであと一年。それでも難しければ、それはそのときに考えましょう。
優しく温かな声色に、ラファエルは悩みながらも頷いた。一年もの間、好いてもいない女を隣に置き、目を光らせてきたのだから、何かしらの成果を得たいと彼も思ったのだろう。
それに次に迎える女性がアラベラのように従順だとは限らない。クリスティーナと余計な諍いを生むかもしれない。
ならば自分はただの子をなせるかの道具だとわりきっていて、クリスティーナと対立する気のないアラベラを隣に置いているほうがいいのでは。そう考えてしまった。
そうしてラファエルに従順に従っているアラベラではあったが、彼女もラファエルに特別な感情を抱いてはいなかった。
だがそれなのにどうしてラファエルの隣にい続けているのかというと、一言で言ってしまえば金のためだ。
彼女の母親は弟妹の世話をアラベラに押し付けて遊び歩き、ふらりと戻って来ては子を産み、置いていく。その際に金があれば持っていくという、とんでもない女だった。
そして当然のようにトラブルに巻き込まれ、何人もいる弟妹以外は何も残さずに死んだ。
あればあるだけ金を使い潰す母親が亡くなったからといって、アラベラの生活が上向くことはなかった。
一度は娼館に身をやつそうかと悩んだこともあった。目鼻立ちはそれほど悪くはない。高級娼婦になるには知識も知恵も技術もないが、それなりの立ち位置でやっていけるのではないか、と。
だがそんな考えは、喧嘩したとか、ものを落としたとかで泣きわめく弟妹たちの世話に追われ、すぐに消え失せた。
アラベラの父親だという人物が彼女の前に現れたのは、その日暮らしにさえ困るようになっていた頃のことだった。
突然父親だと名乗り出た男性に、最初は殴ってやろうかと思ったアラベラだったが、男性の身なりが平民のものではなく、手を上げようものなら自分が罰せられるであろうことがわかったのと、ほかの弟妹の父親の顔を誰ひとりとして知らないことを思えば、名乗り出るだけマシなのではと思ったからだ。
とはいえ、手を出さないのと金銭をせびるのとはまた別の話だ。
身なりがよいのならそれ相応に持っているだろうと、父親だというのなら当面の生活に苦しまないだけのお金が欲しいと言ったアラベラに、男性は落胆の眼差しを返してきた。
「こんな卑しい女が私の娘とはな」
出会って早々せびられたのがショックだったのだろう。だが感動の再会をして、涙ぐみながらお父さんと呼んで抱きしめるには、アラベラの生活は苦しすぎた。
生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。そこまで思い悩んだ時期すらある。何人もいる弟妹だが、怪我や風邪で死んだ弟妹も三人ほどいた。金さえあれば助かっただろう命を、何もできず看取ることしかできなかった。
「卑しくて悪うございましたね。お父さんが卑しくないのはそれだけ余裕があるということで、羨ましいことこのうえありません」
娘に卑しくなってほしくないのなら、卑しくならずに済むだけのものを用意してほしいものだ。そうやさぐれた気持ちで返すアラベラに、男性は失望の目をしながらも話を続けた。
アラベラを産んだのは母親が勝手にやったことで、男性がアラベラの世話をする義務がないこと。
だがそれでも娘であるとはわかっているので、いくばくかの金銭は用意していること。
そう説明したうえで、金銭を得るには条件があると告げた。
「陛下のもとで数年ほど過ごし、子をなすように」
期間が長ければ長いほど、得られる金額は増え、無事に子を孕めばそれ相応の金銭を支払う。そしてその間、弟妹には何不自由ない生活をさせると男性は約束した。
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