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37話
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「陛下、どういうことですか」
アラベラを追い出した数日後、彼女の父親である伯爵がラファエルのもとを訪れた。
不満を隠そうとしないその顔に、玉座に座るラファエルは胡乱な目を向ける。
「どういう、とは?」
「アラベラを追い出したことです。追い出されたとあの子が泣いておりました。どうして今になって――」
ラファエルを責める言葉が並べられていく。
子を宿した女性を追い出すとはどういうことなのか。ようやく陛下が子をなせると証明できそうなときに。あれほど寵愛していたのに、どうして今になって。
積み重ねられていく言葉に、ラファエルの顔がだんだんと剣呑なものに変わっていく。
寵愛していたつもりなどない。子をなせるかどうか試すだけにそばに置いておいたにすぎない。
――そして彼女を隣においておくほうが、都合がよかった。
誉めそやされ、クリスティーナと一緒にいたときとは違う賞賛を向けられ、やはり自分ではなく――
(違う。僕はただ、彼女を監視するためだけに……)
賞賛の言葉が心地よかったなどと、思いはしなかった。しなかったはずだ。
クリスティーナのためだからと自らに言い聞かせ、アラベラをそばに置いておかなくては誰と裏でやり取りするかわからないと理由をつけて、浮かびそうになった笑みを、抱いた気持ちを覆い隠した。
「――ですから陛下、今一度お考えなおしください」
「……考え直すことなどない。そもそも、誰の子供かもわからないのに、どうして僕が受け入れる必要がある」
伯爵の目が信じられないとばかりに見開かれる。
どうして今になってラファエルがこんなことを言いだすのか、理解ができないのだろう。
誰の目にも、ラファエルがアラベラを気に入り、寵愛しているのは明らかだった。それを認めていないのは、ラファエルただひとりだとは、誰も思いもしなかった。
「よかったではないか。お望みの後継者は手に入るのだから、喜ぶべきだろう? たとえ、誰が父親かもわからなくとも」
「陛下、どうしてそのようなことを……!」
嘲るようなラファエルの言葉に伯爵が激昂したように声をあげる。
アラベラを寵愛しているのだから、子ができれば王を操れるとでも思っていたのかもしれない。もしかしたら、また別の思惑があったのかもしれないが、それはラファエルにはどうでもいいことだ。
「私は陛下のためを思って――」
たしかなのは、ラファエルのためでもなければ、クリスティーナのためでもないということだけ。
(どうしてこんなやつに、こんなやつのために、僕が大切なものを失う羽目になる)
伯爵が何も言わなければ、アラベラを連れてこなければ、今もまだクリスティーナは穏やかに笑い、隣にいたはずだ。
――たとえ、それを受け入れたのが自分自身だとしても。
(違う、違う。僕は、好きで受け入れたわけじゃない。子ができていれば、そんなことは。完璧な王になるには、必要なことだと、思ったから)
自らを責める言葉が浮かんで、そのたびに自ら否定する。
幼少から抱いていた純粋な気持ちと、大人になってから芽生えた欲望がぶつかり、ラファエルを苛める。
もしもラファエルが子供のころのまま、純粋な思いを忘れていなければ、違う道を辿れただろう。
もしもラファエルが自らの内に潜む欲望を理解し、受け入れ、クリスティーナに打ち明けていたら、これほどまでに歪むことはなかっただろう。
だが、受け入れることもできなければ、打ち明けることもできなかった。
賞賛されたいと認めれば、クリスティーナを守ると決めた己が間違っているような気がして。
アラベラを受け入れる際にクリスティーナに嘘をついたのも、同じような理由だ。素直に話せば、自分には子ができないと認めているようで、はばかられた。
だから、クリスティーナのためだと自らに言い聞かせ、自尊心を守っているだけだということから目を背けた。
(僕は、彼女を好きだった。大切だった。だから、守りたかっただけで……)
それなのにいつから、彼女ではなく、自分の尊厳を守るようになったのか。
王になり、責任がのしかかってきたからか。
王妃に据え、満足したからか。
より高みをと望んでしまったからか。
「陛下、私の話を聞いているのですか」
聞こえてきた伯爵の言葉に、沈みかけていた意識が浮上する。
緩慢に視線を向けると、顔をしかめ、厳しい眼差しをラファエルに向けているのが目に入った。
(僕は、完璧な王になるはずだった。それなのにどうして、今は――)
こんな目を向けられているのか。
間違いだったのだと心のどこかで認めている。だがそれを受け入れられないこともまた事実で、相反する気持ちが渦巻く。
自分のせいではないと囁く声もあれば、自分のせいだと責める声もある。
(僕は、ただ、完璧な王になるために……)
だがその理由も、今はもう失われた。
ならば、なんのために完璧な王を目指したのか。
「陛下、今すぐにアラベラを呼び戻し、子が産まれるまで――」
「うるさい! 貴様の話など、聞きたくもない!」
胸に生まれた焦燥感と憤りがそのまま、口から出てくる。自分に対する怒りと、甘言を囁いた伯爵に対する怒りが混ざり合い、ラファエルを突き動かす。
玉座を降り、跪いている伯爵を見下ろした。
アラベラを追い出した数日後、彼女の父親である伯爵がラファエルのもとを訪れた。
不満を隠そうとしないその顔に、玉座に座るラファエルは胡乱な目を向ける。
「どういう、とは?」
「アラベラを追い出したことです。追い出されたとあの子が泣いておりました。どうして今になって――」
ラファエルを責める言葉が並べられていく。
子を宿した女性を追い出すとはどういうことなのか。ようやく陛下が子をなせると証明できそうなときに。あれほど寵愛していたのに、どうして今になって。
積み重ねられていく言葉に、ラファエルの顔がだんだんと剣呑なものに変わっていく。
寵愛していたつもりなどない。子をなせるかどうか試すだけにそばに置いておいたにすぎない。
――そして彼女を隣においておくほうが、都合がよかった。
誉めそやされ、クリスティーナと一緒にいたときとは違う賞賛を向けられ、やはり自分ではなく――
(違う。僕はただ、彼女を監視するためだけに……)
賞賛の言葉が心地よかったなどと、思いはしなかった。しなかったはずだ。
クリスティーナのためだからと自らに言い聞かせ、アラベラをそばに置いておかなくては誰と裏でやり取りするかわからないと理由をつけて、浮かびそうになった笑みを、抱いた気持ちを覆い隠した。
「――ですから陛下、今一度お考えなおしください」
「……考え直すことなどない。そもそも、誰の子供かもわからないのに、どうして僕が受け入れる必要がある」
伯爵の目が信じられないとばかりに見開かれる。
どうして今になってラファエルがこんなことを言いだすのか、理解ができないのだろう。
誰の目にも、ラファエルがアラベラを気に入り、寵愛しているのは明らかだった。それを認めていないのは、ラファエルただひとりだとは、誰も思いもしなかった。
「よかったではないか。お望みの後継者は手に入るのだから、喜ぶべきだろう? たとえ、誰が父親かもわからなくとも」
「陛下、どうしてそのようなことを……!」
嘲るようなラファエルの言葉に伯爵が激昂したように声をあげる。
アラベラを寵愛しているのだから、子ができれば王を操れるとでも思っていたのかもしれない。もしかしたら、また別の思惑があったのかもしれないが、それはラファエルにはどうでもいいことだ。
「私は陛下のためを思って――」
たしかなのは、ラファエルのためでもなければ、クリスティーナのためでもないということだけ。
(どうしてこんなやつに、こんなやつのために、僕が大切なものを失う羽目になる)
伯爵が何も言わなければ、アラベラを連れてこなければ、今もまだクリスティーナは穏やかに笑い、隣にいたはずだ。
――たとえ、それを受け入れたのが自分自身だとしても。
(違う、違う。僕は、好きで受け入れたわけじゃない。子ができていれば、そんなことは。完璧な王になるには、必要なことだと、思ったから)
自らを責める言葉が浮かんで、そのたびに自ら否定する。
幼少から抱いていた純粋な気持ちと、大人になってから芽生えた欲望がぶつかり、ラファエルを苛める。
もしもラファエルが子供のころのまま、純粋な思いを忘れていなければ、違う道を辿れただろう。
もしもラファエルが自らの内に潜む欲望を理解し、受け入れ、クリスティーナに打ち明けていたら、これほどまでに歪むことはなかっただろう。
だが、受け入れることもできなければ、打ち明けることもできなかった。
賞賛されたいと認めれば、クリスティーナを守ると決めた己が間違っているような気がして。
アラベラを受け入れる際にクリスティーナに嘘をついたのも、同じような理由だ。素直に話せば、自分には子ができないと認めているようで、はばかられた。
だから、クリスティーナのためだと自らに言い聞かせ、自尊心を守っているだけだということから目を背けた。
(僕は、彼女を好きだった。大切だった。だから、守りたかっただけで……)
それなのにいつから、彼女ではなく、自分の尊厳を守るようになったのか。
王になり、責任がのしかかってきたからか。
王妃に据え、満足したからか。
より高みをと望んでしまったからか。
「陛下、私の話を聞いているのですか」
聞こえてきた伯爵の言葉に、沈みかけていた意識が浮上する。
緩慢に視線を向けると、顔をしかめ、厳しい眼差しをラファエルに向けているのが目に入った。
(僕は、完璧な王になるはずだった。それなのにどうして、今は――)
こんな目を向けられているのか。
間違いだったのだと心のどこかで認めている。だがそれを受け入れられないこともまた事実で、相反する気持ちが渦巻く。
自分のせいではないと囁く声もあれば、自分のせいだと責める声もある。
(僕は、ただ、完璧な王になるために……)
だがその理由も、今はもう失われた。
ならば、なんのために完璧な王を目指したのか。
「陛下、今すぐにアラベラを呼び戻し、子が産まれるまで――」
「うるさい! 貴様の話など、聞きたくもない!」
胸に生まれた焦燥感と憤りがそのまま、口から出てくる。自分に対する怒りと、甘言を囁いた伯爵に対する怒りが混ざり合い、ラファエルを突き動かす。
玉座を降り、跪いている伯爵を見下ろした。
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