どうやら私は悪女らしい~ならそれらしくふるまいましょう~

由良

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3話 婚約者という立場

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 そっと窓から庭園をうかがう。花々の中に見える銀色と、それに寄り添う金色。
 ふわりと柔らかそうなそれは、間違いなくセリーヌのものだ。彼女は自分の金髪を私に自慢していた。お姉さまの髪はくすんだ茶色でかわいそうね、と笑いながら。

「あそこにいるのなら、ちょうどいいわね」

 部屋を出て、セリーヌの部屋に向かう。彼女の部屋は日当たりのよい角部屋で、私室や寝室、書斎まで備わっている。

「お嬢様……無断で人の部屋に入るものではありませんよ」

 ノックもせず入ってきた私に小言を落としたのは、セリーヌの部屋を整えていた侍女。名前は知らない。
 というのも、私の世話を焼いてくれる侍女なんかいなかったからだ。自分の部屋は自分で管理するように言われていたし、掃除もすべて自分でするのだとも言われていた。

 だがセリーヌの部屋はそうではなかったらしい。侍女が抱えているのは一冊の本。彼女が読むために引っ張りだした、わけではないと思う。
 おそらく、シリルが来たと知って、セリーヌは読んでいた本を放り出して彼に会いに行ったのだろう。

「シリル様に聞いたのだけれど、私はセリーヌを快く思っていなかったそうね。本当かしら」

 侍女の目が泳ぐ。どう答えたものか考えあぐねているのだろう。
 クラリスの遺産が目的でシリルとセリーヌの仲を取り持っているのなら、この屋敷のほとんどの人は両親やセリーヌの味方だ。そして、屋敷に勤めていて私が記憶を失っていることを知らない人はいない。

 だからここで違うと言えば、ならどうしてシリル様がそんなことを言うのかという疑問を私に抱かせてしまう。
 彼らが望んでいるのは、私が何も知らないままシリルに嫁ぎ、曾祖父の遺産を受け取ることだろうから、よけいな疑念は持たせたくないはず。

「……聞いてしまいましたか」

 侍女が観念したようにため息を吐きだした。

「おっしゃるとおりです。お嬢様はセリーヌお嬢様のことを羨み、辛く当たっていました。ですから、これからは心を入れ替えて――」
「そう、ならいいの。じゃあ失礼するわね」

 話の途中だろうとお構いなしに手をひらりと振って部屋を出る。
 それからも何人かすれ違った人に聞いてみたが、返ってきたのは似たような答え。
 これだけで、この屋敷にクラリスの味方がいないことがよくわかる。

 きっと全員に聞いても変わらないのだろう。それどころか父が飼っているインコに聞いても、同じ答えが返ってきそうだ。

「出ていこうと思わなかったのかしら」

 何歳からこんな環境に置かれていたのかはわからない。日記には日付しか記されていなかったから想像するしかないが、文字の感じから見て十よりも幼い頃からだったのではないだろうか。
 それぐらい小さいときからこんな環境にいると、逃げるという選択肢すら浮かばなくなるのかもしれない。

「私ならすぐ家出するわね」

 だけど今残っているのは、あまりにも腹が立ったからだ。
 思いつめ、命を断とうとした娘をなお利用しようとした父に、彼女の苦悩を嘲笑う母と妹に、そして彼女の悲哀を知ろうともしない婚約者に。

「……お開きと言わなかったか」

 はあ、と落ちたため息はシリルのもの。私が庭園に戻ってきたのを見て、ものすごく嫌そうな顔をしている。
 そんな彼のそばにはセリーヌが座っている。こちらも眉間に皺を作り、私を邪魔そうに見ていた。

「思いなおしましたの。愛するシリル様との時間をあの程度で終わらせるなんて、あまりにももったいないですから」

 ふふ、と笑ってシリルの隣――セリーヌの反対側に座る。
 嫌悪に満ちたまなざしを向けられたが、私にはどうでもいいことだ。私を嫌っている婚約者にこれ以上嫌われようと、心は痛まない。

「今さら媚を売ったところで、俺の気持ちが変わるとでも思っているのか」
「わからないじゃありませんか。それよりも……セリーヌ。いつまでそこにいるの? 婚約者の逢瀬を邪魔するだなんて、しつけがなっていないんじゃないかしら」

 くすりと、これまでセリーヌが何度も向けてきた蔑むような笑みを向ける。
 私に――クラリスに馬鹿にされるとは思っていなかったのだろう。かっとセリーヌの目が見開かれた。

「シリル様は私と一緒にいたいとおっしゃったの。邪魔なのはお姉さまでしょう」
「あら、あなたがシリル様の婚約者になったという話は聞いていないわよ。それともあなた……婚約者のいる相手に言い寄る趣味があるのかしら。はしたない娘を持って、お父様もお母様もかわいそうね」
「クラリス! 俺の前でセリーヌを侮辱して許されると思っているのか!」

 私の口上に最初に堪忍袋の緒を切ったのはシリルだった。
 彼が生粋の正義感の持ち主で、目の前で侮辱されている人がいたら黙っていられない――とかであれば、救いようもあったかもしれない。だけど彼がセリーヌに心惹かれているのは明らかで、真偽を確かめることなく長年付き合いのあるクラリスを見限った。
 それだけで、彼の正義感がみじんこ程度しかないことがうかがえる。

「許してほしいなんて私言ったかしら。だって、私の性格の良しあしなんて私たちの婚約に関係ないとおっしゃったのはシリル様、あなたでしょう? 私が何をしようと、愛するあなたと結婚できると教えてくれてありがとう」
「なっ……お、お前は……! それで結婚して、満足だと言うつもりか!」
「ええ、満足よ。だってあなたとずっと一緒にいられるのでしょう? ああもちろん、浮気は許さないわよ。私、どうも嫉妬深いみたいなの。あなたが浮気したと知ったら……相手の人に何をするかわからないわ」

 憂うようにため息を落とす。視線を向ける先はセリーヌ。
 彼女は歯噛みし、こちらを睨みつけてくる。私に利があるとわかっているから、何も言い返せずにいるのだろう。
 なにしろ私は婚約者で、彼女はただの義妹でしかない。
 
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