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家に捨てられた令嬢

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「ここだぜ、お嬢さん。」
 
 乗合馬車を降りて、徒歩で向かった先。川沿いの裏寂れた通りの奥にある古い洋館を前に、私は立ち止まった。
 
 私をニヤニヤしながら案内した下男に向き直り、私はぺこりとお辞儀をした。
 
 「お世話になりました。ここからは私一人で結構です。…少ないですけど、どうぞ」
 
 そういって、私は金貨三枚をにやつく下男に手渡した。
 
 「…!!多く、ないですか?」
 
 「ふふ。帰り道はお気をつけなさって。この辺りはどうやら、そういうところのようですからね」
 
 呆然とする下男には目もくれず、私はさっさと洋館に足を踏み入れた。
 
 どうせ、侯爵家に勘当された世間知らずだから、味見くらいと思ったのでしょうけどね。金貨三枚、大事に持って帰りなさい?
 
 私に気をとられてたら、背後から何されても知らないわよ。
 
 くすくすと笑いがこみ上げる。
 
 「…ほう。なかなかにしたたかなお嬢さんだな。…本当に、世間知らずじゃなさそうだ」
 
 そういって洋館の奥から、低い声が聞こえてくる。
 
 「だから、申し上げましたでしょう?…で、先日文書で差し上げた私の案は如何でしたか?」 
 
 にっこりと微笑む。相手はがしがしと頭を無造作にかきむしりながら、無遠慮な視線で私を頭からつま先まで眺めてきた。
 
 私も負けじと相手の目を見上げる。全体的に色彩の暗い服装。その装いは、前世で言う吸血鬼のようだと思った。眼帯を嵌めた隻眼がなければね。青白い左頬には、深くえぐれた傷が縦一直線に走っていたし、彼はおそらくもともとは戦いを生業にしていた者。ふとした所作からも、それなりの生まれで役職についていたのであろうと察せられた。
 
 「…俺の姿を見ても恐れないか。ふ、面白いな、アンタは」
 
 「…これから大きな仕事をやりたいですからね。お客様がどんな方であろうと動じない度胸がなければ」
 
 彼の目から視線を逸らさず、私はそういった。そう、これは値踏みされているのだろうから。私が目を逸らすわけには行かない。
 
 「…いいだろう、ついてこい」
 
 その結果、私は彼のお眼鏡にかなったようだ。
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 私はトラス侯爵家の次女として生まれた。それなりの規模の、いいところのお嬢さんと言う奴だ。
 
 しかし上の兄弟は兄が三人、姉が一人。すでに貴族としては跡継ぎと言うわけでもなく、ただの政略結婚の為の駒として育てられていたな、と今は思う。そんな我が家には昔から政争相手が居た。モンテール侯爵家だ。ほぼ同じ時期、同じような経緯で貴族として台頭し、お互い張り合うように政略をめぐらしてきた。代々文官を輩出し、高みを目指しながら役職を競い合った。
 
 そんな折。
 
 とうとう私にも婚約者があてがわれた。東の国境を守るヴァイス伯爵家の次男、オリバー様との縁談。
 
 父としては、辺境伯とのつながりを持つことで権威を高めたかったのだろう。ただの政争のための駒。私は、おとなしく従って、オリバー様との交流を続けた。
 
 オリバー様は、優秀だといわれる兄上のもと、彼自身も真面目に勉学に、武芸に励んでいた。今思えば、私と同じように、家のためにと一生懸命だったのだろう。だからか、婚約者と言う私に対しては、ちょっと他と違う女の子、と言う扱いだった。私も、この婚約は家のためだと思っていたから、彼自身を見るというよりは、いかに彼の家に馴染んでいくかを考えたやり取りをしていたように思う。
 
 …お互い、中身のない交流をしていたわね。
 
 だからこそなのか。
 
 婚約期間を経て、結婚まであと一年を切った頃。我が家に激震が走った。
 
ヴァイス伯爵家から、一方的に婚約破棄をされた。
 
 抗議のため早馬を飛ばして状況をうかがうも、使者は送り返されて。気がついたときには、オリバー様の婚約者はもともと私ではなく、政敵であるモンテール侯爵家の長女、オデッサ様だといわれる始末。
 
 …我が家は、負けたのだ。新たな婚約者の名を聞くなり、父はその場に崩れ落ち、その場に居合わせた兄二人は苦虫を噛み潰した顔をした。
 
 根回しが足りなかったのだと今ならわかる。父は私の縁談を、姉のときよりも軽視していた。それゆえ、王の裁可をしっかりと仰いで居らず、家同士の口約束で済ませたつもりになっていたのだ。私と姉はほぼ同時に婚約話を進行していて、父は姉のほうの婚約にばかり気を取られていたから。
 
 そして、父はその鬱憤を。
 
 「シルヴィア、お前は勘当だ。…お前のような出来の悪い娘など、我が家には要らん。どこへなりと、行くがいい。」
 
 私に向けることで、晴らすことにしたのだ。ついでに、姉の婚約のために費やした婚費をまかなうため、領内にある娼館に下げ渡すことで、まかなおうとした。
 
 …うん、サイテーだね。我が父ながら最低。敵に出し抜かれるのもアホだし、勘当したからって自分の領内にある娼館に娘を売り払うとか馬鹿だよね。でも、そのおかげで私は昔の自分を取り戻した。
 
 侯爵令嬢シルヴィアはおとなしく、意見も言わない人形のような、世間知らずの姫だった。
 
 人生最初で最期の反抗期は、自分の体を前世の自分に明け渡すことだったんだから。
 
 『もう…どうでもいいわ。この体、好きに使って…』
 
 私が目覚めるときに聞いた声。か弱く、震えていて。気弱そうな、女性の声・・・それが、侯爵令嬢シルヴィアの最後だった。
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