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婚約破棄後の身の振り方

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プロムボイコット組がロメイユ邸を辞した後、ペネロペの父と兄達は、傷心(?)のペネロペをどうやって慰めようかと議論を始めた。
 王都の人気ブテックを数年間貸し切ろうだとか、ロメイユ家所有の豪華客船で世界一周しようだとか、景観の良い小国を買い取って与えようだとか、どんどんスケールが上がって行くのを紅茶を飲みながら淡々と聞き流していたペネロペに、父と兄達は振り返って訪ねた。
「で、ペネロペはどれが良いんだ?」
「やっぱり俺と世界一周だよな?」
「全部でも構わんぞ!」
 我こそはと自分の意見を売り込もうとする父と兄達にペネロペは困惑する様に苦笑いを浮かべて、手にしたカップをソーサに戻した。
「お父様、お兄様、私の為に色々考えて下さってありがとうございます。ですが、わたくしはそこまで大げさな事は望んでおりません。どうか私をそっとしておいていただけないでしょうか?」
「そっと…………?」
「そっと?世界一周か?!」
「だから景観の良い国でそっと…………」
 ペネロペの申し出に今度は父と兄達が困惑する。
「ですから、散財をする方向は止めて下さいませ。贅沢をしても空しいだけです。」
 ペネロペは父と兄達にきっぱりと断りを入れ、さらに続けた。
「ひとまず、私は明日から当初の予定通りアーデルワイス王国の叔母のところで始業までの休暇を過ごそうと思います。そして、休みが明ける前に向こうの貴族学園に編入するつもりです。あちらには寮もございますし、私の成績でしたら特に問題無く受け入れていただけるでしょう。」
 溺愛してやまない娘(妹)が突然家を出ると言い出し、宰相として数多あまたの腹芸をこなして来た父も、優秀な頭脳を駆使して無能な大臣達を論破して来た長兄も、無限の体力と天才的な戦闘センスで次々に悪漢を懲らしめて来た次兄も、驚きのあまり目を剥いて固まった。
「冗談だろう…………?」
「いいえ、お父様には婚約破棄の手続き以外に、転出転入の手続きまでお任せする事になってしまい申し訳ございませんが、私は本気です。」
 思わずこぼした父の問いかけに、ペネロペは自分の意思を伝える。
「嫌だ、ペネロペの居ない生活など考えられない!結婚までは側に居てくれると思っていたのに明日には家を出るなどと…………受け入れられる訳がないだろう!!」
「ペネロペ…………お前の受けた精神的苦痛、私達は嫌と言うほど理解している。逃げたくもなるだろう。だが、父上もカリオンも私も、傷心のお前を一人で国外に出すなどという無責任な真似は出来ない!プロムでお前を陥れた奴らも日和った奴らも二度とお前の前に現れる事はないのだ、頼むから我が家から出て行かないでくれ!」
 しかし、次兄も長兄もあきらめない。なおも食い下がってくる彼らに、ペネロペはうんざりしながらも丁寧に返す。
「確かに、今日私を侮辱し、笑い者にした方達にはもうお会いする事も無いでしょう。ほとんどの方々が卒業されてますし、殿下に味方された在校生の皆様も、お父様、お兄様方の御沙汰で学園には残られないでしょうし。ですが、私がエドモンド殿下に浮気され、一方的に婚約破棄された事実は変わりません。学園に残られているのが私に好意的な方達ばかりだとしても、腫れ物の様な扱いをされるしょう。
 それに、殿下とお相手の令嬢は、明らかに学園長を始めとする教職員や学生の一部に匿われて仲を深めていらっしゃいました。私も周りの友人達も殿下の浮気に全く気づけなかったのですから、かなり献身的に協力されていたのでしょう。学園長など、プロムで殿下が私に婚約破棄を迫った時、まるで自分の手柄の様な得意げな顔で、殿下の後ろに控えていらっしゃいましたのよ。腹が立つと言うよりは呆れてしまいましたわ!教育者にあるまじき公平性を欠いた行為だと思われませんか?
 私は、あの様な一部の者たちへの依怙贔屓えこひいきを平然と行う教職員や生徒の居る学園に、居心地の悪いままあえて二年も通うなど御免です!どうかご理解をお願いいたします。」
 ペネロペの訴えに静かな怒りを感じ取り、父と兄達は彼女の深い心の傷を思い知らされた。同時にペネロペと離れたく無いばかりに、彼女の気持ちを汲んでやらなかった自分達への浅はかさを恥じ、それ以上何も言えなくなる。
「では、明日早くに出発しますので、今夜はこれで休ませて頂きます。皆様、おやすみなさいませ。」
 ペネロペは、黙り込んだ彼らに見とれる様な美しいカーテシーを披露して、さっさっと話し合いの部屋から出て行った。
 そんなペネロペを見送った父と兄二人は、呆然と佇む事数分後。
「が、学園長を呼べーーーー!!!!!!」
 父の怒声まがいの指示を受けてトーマスが動き、学園長はあっと言う間にロメイユ家のエントランスホールに連行されて来た。
 そして、ペネロペからの別居(?)宣言で理不尽の権化となったロメイユ家当主と子息二人により、明方近くまでネチネチ苦情と嫌味を言われ、グネグネに曲った火掻き棒で小突き回され、ついには辞表を書かされ退職金も辞退させられることとなった。あまりの恐怖に学園長の自慢のダークブラウンの髪は一夜にして白髪化し、頭頂部は東洋の妖怪、河童の様に剥げ落ちてしまったという。
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