上 下
37 / 54
第一章 影が薄い騎士団長

非協力的な母と父

しおりを挟む
――私がシュタールを訪れなければ、皆様にご迷惑をお掛けせずに済んだのでしょうか。

 オリヴィニスのいない応接室。今までの情報を整理するための議論が飛び交っている。
 セリニはそのなかで、黙って下を向いていた。弟の心配の声に愛想笑いを返し、物思いに沈む。
 
――アビドさんは、本当に悪い人なのでしょうか。だったら、お父様が私に治療させるはずがないのに。

 危険人物はすぐに治療して家に帰してくれているという父。しかし、二人は倒れていた。
 母は誰を助けた時よりも怒っていた記憶がある。そして、真紅の髪の少年を思い浮かべた。

『なぁ、セリちゃん。全てが自分のせいだっていうのは、烏滸おこがましいと思わないか』

 セリニが思い出した言葉にひゅっと息を呑んだ時だった。

「失礼いたします。オリヴィニス、ただいま戻りました」

 オリヴィニスが汗を滲ませ戻って来た。第二の副団長のクリスタに調査を任せてきたらしい。

「お疲れさまです、オリヴィニスさん」
 弾かれるように立ち上がったセリニがカップを差し出すと、彼は中身を勢いよく口に流し込んだ。

「お前、品がねぇな……」
「口の悪い貴方が言える立場じゃないわよ」
「その通りだ。せめて場に合わせて、敬語と使い分けられるようになりなさい」

 両親の言葉にぐうの音も出ないタルク。

「セリニ様、ありがとうございます。そして、失礼いたしました」
「いえ、急いでくださったのでしょう? 私が――」

 原因でと続けようとして、セリニは口を閉じる。

「セリニ様?」
「無事、見つかるといいですね」
「……そうですね」

 椅子へと戻る彼女を見ながらオリヴィニスは首を傾げた。


 全員揃ったところで、再びキヴィの質問が始まる。

「偽キーゼルは早朝見つかったのですよね。初日の晩に人払いを行ったのはなぜですか? やはり母上との約束ですか」

 夫妻が見合い、頷いた。

「キヴィ王子がお察しの通り、キューナ王妃との約束のためだ」
「父上、その約束ってのはなんだ。魔物が潜んでたことに驚かなかったことに関係してるのか?」

 アダマスが大きく息を吸い、セリニを見る。

「セリニ姫、母君との約束は覚えているか」
「何となくは……。こっそり匿いでもしたら、アビドさんがどんな悪さをしてきても助けてやらないと言われました」

 約束のことを知らなかった三人の目が彼女に向いた。

「七才の子供相手に酷いわよねぇ。それだけアルマースが嫌いなわけだけど。でも、魔物に関しては自分のせいだからって、色々と教えてくれてたのよ。だから、初日に信用できる人を選んで、おびき出してやろうと思ったんだけどね。まさか、彼が魔物だったなんて。危ないところだったわ」

 アメトリが言って、目を伏せる。

「あ、えと。母上が自分のせいだと言っているのは、アビドとトリポテがやって来る前。母上は、姉様を狙った魔物を一度仕留めそこなっているからです。姉様を狙っている理由は未だにわかりません」

 キヴィの補足にタルクが紅茶を置き、彼を見ながら呆れ顔で言う。

「魔物の件に関しては助けてやるけど、腹黒については勝手にしろってか。ザイデ様も?」
「いえ、父上はこっそり助けるつもりだったはずなのですが……」
 彼は視線を落として、口を閉じた。

「ザイデは、アルマースが魔物と繋がっている線も視野に入れているはずだ。つまり、皇子と魔物が協力してセリニ姫を狙っていることも考えられる。なのに、こんなおかしな手紙を伝書鳩で遣した」

 アダマスが懐から紙切れを取り出し、セリニに手渡す。

『親愛なるアダマスへ

 舐めた真似をされたので、キューナの方針に従うことにした。
 心配して、素敵なナイトくんをつけてもらったのに面目ない。

 というわけで、キューナの言う通りによろしく。まぁ、ナイトくん(たぶんあの騎士団長くんだろ?)を外す気はないんだろうけど……。キューナには知らせないでおくよ。怒って帰ってきそうだ。

 じゃ、落ち着いたら一緒に酒でも飲もう。

 ザイデより』

 読み終えたセリニがタルクに回し、全員が読み終えるとアダマスが溜め息を吐いた。

「舐めた真似の詳細を書く気はないらしい。セリニ姫もキヴィ王子も心当たりはないんだろう?」

 二人が頷き、セリニが問いかける。
「では、私を一人で送り出したのも?」
「今となってはわからない。何にせよ、協力する気はないらしい。キヴィ王子は、それを知ってセリニ姫を助けてほしいとやって来たのだろう?」
「はい」
「嘘吐け、お前セリニに会いに来たが八割だって――」

 キヴィがタルクを睨みつけた。
 あまりの形相に怯むタルク。

「うふふ、仲良しねぇ。キヴィちゃん、書簡に書いた通り大丈夫だったでしょ?」
 アメトリが黙って立ったままの騎士団長に微笑む。

「確かに一騎当千のヘリオス殿が姉様についてくださっているなら安心です」

 期待を背負った彼は、その後ろで苦々しい顔をしていた。

――もしや、本気で尾行の練習だったのか。泳がせるというわけでもなく?

 アダマスの命の意図をヘリオスは考える。
 一方彼の前に座るセリニは、中庭での足音を思い出していた。

「では……ヘリオスさん。もしかしてずっと私を見張っていたのですか? では、二日目に聞こえた足音は――」

 こちらを見上げる彼女に気づき、ヘリオスは考えるのを中断して焦り始めた。

「な、中庭を移動された後からは――その……後ろに」

――嘘吐くの下手だな。

 セリニ以外が思うなか、当人は疑うことなく笑んでいる。

「では中庭での足音はヘリオスさんではなく、やはり気のせいだったのですね」
「…………そうかと、思われます」
 心苦しくなって、彼は目を逸らした。

「お忙しいなか私のためにありがとうございます。ヘリオスさん。アダマス様、アメトリ様も、私へのお気遣い感謝いたします」
「いいのよ。七才の女の子相手にした約束を律儀に守るなんて、おかしいもの」
「そうだ。何らかの意図があるにせよ、放っておくわけにはいかないからな。ザイデの子は、我が子同然だ」

 アダマスは口角を上げて、セリニの頭を撫でる。

「ダーリンの言う通り、ラソワに帰るまでは心配しないで! 主に騎士団長様が頑張ってくれるから。バレちゃったし堂々と隣にいていいからね、ヘリオス。といっても、ほとんど命を無視して一緒にいたみたいだけど」

「申し訳ございません」
「いいのよぉ。ヘルベラちゃんから逃げるのを手伝ってあげたのは正解だし、休みの日にだったかしら? をしてあげたのもいい息抜きになったでしょ? セリニちゃん」
「はい、楽しかったです」

 王妃と無自覚な姫の攻撃にヘリオスの精神がまたも削られていった。

――王妃様、絶対勘付いていらっしゃるぞ。ヘリオス。
 隣に立つオリヴィニスは憐れみを友に向けている。すると、ヘリオスはついにセリニの肩から手を離し、徐々にセリニ以外の視界から消えていこうとしていた。

「では、姉様の見慣れぬその耳飾りと髪飾りはその際購入されたものなのですか?」
「それは、僕も気になっていた。やけに気に入ってるみたいだし。……似合ってるし、な」

 二人の王子が容赦なく火に油を注いだ。
 

「ヘリオスさんに買っていただいたのです」

 セリニが止めを指すと同じくして、部屋の戸がゆっくりと開いた。

「おい、待てヘリオス! どういうことか説明しろ! 兄が妹に買う代物じゃねーだろ!」

 タルクも部屋を飛び出し、逃走を図った騎士を追いかける。
 ラソワの姉弟は不思議そうに首を傾けて、彼らを見送った。

――どうして部屋を出てしまわれたのでしょうか?
――堂々と贈ったと言うのは、やはり身分が違うと難しいものなのだろうか。

 姉は意味がわかっておらず、弟は堂々としていればいいのにと思っていた。

 くすくすとアメトリが笑う。

「アメトリ、揶揄うのはやめてやれ」
 もう少し話したいことがあったのだがなと心中で頭を抱え、アダマスが大きく息を吐いた。
 アメトリは気にする様子もなく無邪気に笑う。

「だって、あまりにも可愛いんですもの。オリヴィニスは知っていたのでしょう?」

 唐突に槍玉に挙げられた彼が、驚きに体を揺らした。
「いえ、そのようなことはございません。私も城下の案内としか知らされておらず――」
「あらあら、私は城下の案内については疑っていなかったのだけれど、違うのかしら? ねぇ、セリニちゃん」
 矛先が正直な姫君へと移る。

「えっ、案内していただいただけですよ?」
 考え込んでいたセリニが反射的に返した。それが功を奏したのか、アメトリは瞬きを繰り返す。

「セリニちゃんが言うなら、そうなのね。ヘリオスが贈ったモノだったのは見事的中してたのに……残念だわ」


――セリニ様、ありがとうございます。これ以上バレたらアイツ、騎士を辞めていたかもしれません。
 オリヴィニスはセリニのファインプレーに心の中で何度も頭を下げ、感謝を述べた。

「アメトリのせいで話が逸れてしまったが、セリニ姫は我が国が責任を持って護る所存だ。キヴィ王子。今日は存分に我が国を楽しんでくれ」
「ご配慮感謝いたします。アダマス国王陛下」

 キヴィはセリニと共に恭しく頭を下げた。

「そうだ。眠り草――だったか。我が国でもルルディに頼ることなく、人間に化けた魔物の判別や戦いに利用したいのだが」
 アダマスの言葉にキヴィの目がキラリと輝く。

――もしやこれは、父上がいつも行っている商談というものでは!
「はい、ラソワでは眠り草を育てている方もいらっしゃいますし、姉様の手にかかれば大量収穫も可能です」

 鼻息が荒くなったキヴィにアメトリが懐かしいものを見たように微笑んだ。

「ザイデくんそっくりね。商売とかになると目の色が変わっちゃうところが」
「えっと……申し訳ございません。高値で売りつける気は――」

 項垂れる彼を包むように笑い声が室内に溢れた。その中で、セリニは父の真意を探ろうと記憶をたどることに躍起になっていた。
しおりを挟む

処理中です...