魔導士カイラは許されない〜インキュバスの呪いで貞操帯をかけられた少年〜

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教師と大男

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 物でごった返している地上階とは打って変わり、地下にある部屋はあっさりとしている。

 ガゼリオが通された部屋も、2人掛けソファが2台と木製のテーブル、クローゼット、通信機などの必要最低限の家具や魔道具類が置かれているだけで、飾りの類は見当たらない。

 全体的に白やベージュを基調とされており、いるだけでどこか穏やかな気分になれる。

「ほれ、食え食え」

 マティアス自ら淹れたハーブティーと、チョコレートやビスケットといった個包装の菓子が盛られた菓子盆をテーブルに置いた。

「すみません」

「良いのだ。いつでも客人は大歓迎であるからして。……あ、向こうの部屋が寝室になっていて、その隣に風呂もあるからな。疲れたら休むが良い」

 気を遣ってそう言ってくれているに違いないとガゼリオは思った。

「ガゼリオ殿よ。ヴェルト殿から聞いたのだが、貴様には恋人がいるらしいな」

 『俺、ガゼリオの彼氏です』……そうレオバカが話していたのが、つい昨日の事なのにやけに懐かしく感じる。

「貴様の恋人にも来てもらった方が良いと思うのだが。ガゼリオ殿、連絡取れるだろうか」

 会いたい。

 レオに会いたい。

 だが……だめだ。

 会いたいなど、ただの我儘だ。

(迷惑だし、きっと嫌がられるだろうな)

 そう考え込み始めたガゼリオに、マティアスは優しげな視線を向けた。

「ガゼリオ殿。よもや迷惑がかかるだの、嫌がられるだのと考えてはおらぬだろうな」

 まさに言い当てられ、ガゼリオは息を呑んだ。

「逆の立場で考えてみるのだ。恋人の一大事を知らされる事無く、気付けば終わっていたなど……悲し過ぎるだろう。呼んでやれ。その方が恋人の為にもなる」

 マティアスは魔法の力を利用した通信機を指差した。

「あれは我が息子の特別製でな。魔法妨害装置を唯一通り抜けられるよう設定されているのだ。あれで連絡すると良い」

 マティアスは立ち上がり「私はヴェルト殿と共に他の者を待つ。何かあったらすぐに声をかけてくれ」とだけ告げて部屋から出て行った。

 静寂が辺りを包み込む。

 ハーブティーから立ち昇る湯気を目で追いながら深く考え込む。壁掛け時計の秒針が時を刻む音がやけにうるさい。

 やがてガゼリオは腰を上げて通信機の前に立った。

 震える指先でダイアルを回し、ガゼリオは受話器を両手で持つ。

 ジリリリリ……

 ジリリリリ……

 2回目のコールが鳴り終わった後、『もしもし』と怪訝そうな男の声が聞こえた。

「……あっ。もしもし……えっと、ガゼリオです」

 か細い声に「あぁ!」と受話器の向こうから実に嬉しそうな声が返った。

『ガ~ゼ~リ~オ~! なぁんだよもう! 不幸の通信か何かかと思ってビビったじゃねーか!』

「ごめん」

『謝る事ねーって。どうしたんだよ? まさか……寂しくなったのか?』

「……うん。寂しいんだ」

『んだよもぉ~~! ガゼリオ可愛すぎんだろぉ!』

 興奮でバンバンと机を叩くレオの、聞いているだけで苛立たしくなる能天気な声。なのに……再び涙が溢れ出し、嗚咽を堪えられなくなった。

『……ん? ガゼリオ、どした?』

 流石にレオもガゼリオの異変に気付いたらしく、次第に声色が神妙になってゆく。

「レオ……っ」

 涙声でガゼリオは呼びかける。

『ガゼリオ? ……何かあったのか? 今、どこにいんだよ? どこにでも駆けつけてやる!』

 何とか嗚咽を抑えようと深呼吸する。だが、ようやく言えたのはたった一言だけだった。

「助、けて……!」

 その時。ガゼリオの手から受話器を引ったくったのは、お節介焼きの魔導士カイラだった。

 マティアスが部屋から出てからガゼリオの様子をじっと見ていた彼は、居ても立っても居られずわざわざ代わったのだ。

「もしもし! レオ先生ですか?」

 突然話し相手が変わった事でレオは『は?』と頓狂な声を上げた。

「僕です! 元魔法学校の生徒で、ガゼリオ先生のクラスにいたカイラです! ……ほら、女装コンテストで3連覇したカイラですよぉっ!」

『……あぁ! あのレジェンドか!』

 カイラの担当ではなかったレオは、コンテストの話でようやくカイラの事を思い出したようだ。

「僕達、今、ガゼリオ先生をマティアスさんのお家にかくまってるんです!」

『……はぁぁ!?』

 マティアス・マジェスティック……魔法使いならば誰もが知るビッグネームにレオは漫画のように大袈裟に驚いた。

「詳しい話はこちらでします! だから……今すぐにマティアスさんの屋敷に来てください! 良いですね!」

『……分かった、マティアス様んとこだな? よし、すぐ行く!!』

 レオに一方的に通話を切られ、カイラはふぅと溜息を吐いた。

「レオ先生、すぐ来てくれるそうですよ。とりあえず今は……待ちましょう」

「……あぁ」

 生徒の前だからと必死に感情を堪えようとするガゼリオを宥めるように、カイラはそっと先生を抱き締めた。

   ***

 一方こちらはレオが住む集合住宅。

 寝巻き代わりの運動着の上に外套を羽織り、必要最低限の物だけ持ってレオは玄関の扉を勢い良く開けた!

 全開にした自宅の扉とギリギリぶつからない位置で棒立ちしていた男の姿が視界に入り、レオは面食らう。


「このような夜更けに訪れる事をお許しください」


 レオの自宅前に待機していた男は小型の魔道具をコートのポケットにしまい、従者として完璧な礼をした。

「お初にお目にかかります。わたくしベルと申します」

 その男は、ディザイオ邸の執事だった。

 紺碧こんぺきの髪をワックスで整えており、楕円型の銀縁メガネの奥で光る碧眼がまるでガラス玉のようだ。

 執事としての隙の無い装いに、銀のメガネチェーンがよく似合っている。

 『機械』……レオがベルに抱いた第一印象だ。

「ディザイオ様にお仕えする執事でございます。……単刀直入にお伺いします。ガゼリオ様の行き先について、何かご存知ではありませんか」

 ガゼリオという名を出した男に、レオは警戒心をグッと高め、家から出て扉を後ろ手に締めた。

 ……そもそも何故この男がレオの家を知っているのか。まさかガゼリオを連れ込んだ際に付けられていたのかとレオは考えを巡らせる。

 その真相は、ガゼリオの体内に埋め込んだ追跡魔道具の履歴。

 ここ数日の間、足繁くガゼリオがこのボロ屋を訪れていた事を履歴から調べたベルが、ガゼリオについての情報を得る為にここにやって来たのだった。

「はぁ? 知ってる訳ないでしょう」

 レオの返答に「ふうん」と唸り顎に手をやった執事だったが……突然レオの顔面目掛けてハイキックを繰り出した!

「ッ!?」

 間一髪でかわしたものの、その際にできた大きな隙を狙われ鳩尾に強烈な足蹴りを喰らってしまった。

「ガッ……!!?」

 表情と体勢を崩し地面に床を突きそうになっている最中。レオは恋人の身に起きている何かの大きさを悟った。

 ……俺が。

 俺が護ってやらないと。

 最も大切な人を護れないようでは男が廃る。

 今朝ホテルで見たガゼリオの幸せそうな寝顔を思い出し、レオはギリギリで持ち堪えた。

「ウォオォォォォッッ!!」

 膝を突きそうだった体を足で支え、雄叫びを上げながら自宅に侵入しようとする不躾な男に体当たりを喰らわせる。

 ただの体当たりではない。魔法学校で主に強化魔法を教えている者が繰り出す、肉体強化によりパワーとスピードが段違いに上がった体当たりだ。

 まっすぐな通路を猪の如く駆け、果てにある落下防止用の鉄柵へ叩き付けんとする。

「『バリア』」

 その状況下ですらベルは眉ひとつ動かさず、自分を囲む球状のバリアを展開した。

 鉄柵がひしゃげる程の衝撃を受けバリアがガラス窓のように音を立て割れたが、衝撃は十分緩和されベルは軽々と跳んで軒先に掴まり屋根へと登る。

「ヤロー……!」

 完全に頭に血が上ったレオもベルを追い屋根へと上った。

 大きな音を聞きようやく自宅から顔を出した面々は、異様に曲がった鉄柵に戦慄いたという。

   ***

 場所を屋根の上へと変えた2人を、月の光が静かに照らす。

「お前……目的はガゼリオか?」

 額に青筋を立てながら、レオは未だ冷静を保つ男に訊ねる。

「えぇ。私はただ、ガゼリオ様をいるべき場所へと連れ戻すという命に従う。それだけなのです」

「いるべき場所だあ?」

「ガゼリオ様は我が主人ディザイオ様のですから」

「テメー如きがガゼリオを物扱いすんじゃねー!」

 レオの怒声を皮切りに、2人の男が屋根の上で大立ち回りを演じる。

 レオは自身が最も得意とする強化魔法を主体とした戦い方を選んだ。魔力を込めた拳や足で直接相手に攻撃を与えるという、魔法使いらしくない戦い方。

 魔法が込められた足蹴りが虚空に蒼い軌跡きせきを描く。

 次々と繰り出されるパンチがまるで炎を纏っているようだ。

 魔法学校の教師として鍛錬を積んでいるようだが、流石に人間との戦闘は初めてのようで所々に粗が見られる。

 一方ベルは相当手慣れているらしい。レオの強烈な一撃を最小限の動きで躱してゆく。

(あの時……俺が鉄柵に叩き付けた時、奴のバリアは粉々に砕けた。奴の魔力はさほど高くない! つまり今、奴には俺の攻撃から身を守る手段はない!)

 自分の攻撃を1度でもまともに喰らわせられれば決着が着くだろう。たった一撃。……それが全くベルには届かない。

 永遠に続くと思われたこの戦いは、黒い影の参入により呆気なく終わる事となった。
 
 コウモリの翼を翻すその者は人ではない。女に好まれそうなスーツを着込んだ、いかにも『強者』といった風格の大男。

「……夢魔?」

 立ち込めていた雲が強風により吹き飛ばされた夜空。星々の間を縫うよう空を翔ける姿に2人が目を奪われた時、大男……ディックがベルに手のひらを向けて詠唱した。

「『フリージング』」

 氷結という意を持つ魔法を唱えた刹那。ベルの足元から膝あたりまでが凍り付いてしまった。

「グッ……ウ!?」

 ベルは遂に焦りをその無機質な瞳に灯した。

 魔法を解くには更に強い魔力で断ち切るしかない。ベルはレオの真似をして拳に魔力を込め叩き付けたのだが……執事ごときの魔力では一向に切れる気配が無い。

「アンタがレオだな」

 屋根に降り立った夢魔の、メガネの奥で光る狼の如き目にレオも圧倒されてしまう。

「……もしかしてお前がガゼリオに呪いをかけた夢魔か?」

 その問いにディックは首を横に振った。

「違ぇ。とにかく今、俺はアンタらの味方なんだよ。この作戦立てた奴に、飼い主の命救ってもらったんだからよ」

 夢魔の言葉がうまく飲み込めず頭上にクエスチョンマークを浮かべるレオに、夢魔は大きな溜息を吐いた。

「アンタ、恋人の所に行くんだろ? こんな所で突っ立ってて良いのかよ。早く行ってやれ」

「……どこの誰かはわかんねーけど……ありがとう」

 とだけ言い残し、レオはなんとか屋根から地上まで降りて夜の街を駆けて行った。

「お前」

 レオの足音が遠ざかる中、ディックは瞳孔の開き切った双眸でベルを睨み続ける。

「飼い主からお前を連れて来るよう言われてんだ」

 革靴を鳴らしベルに歩み寄ると、乱暴に頭髪を掴み自分の顔を見させ、夢魔の得意技のひとつである眠りに誘う呪文をブツブツと唱える。

 流石のベルも夢魔の魔法を避ける事はできず、ゆっくりと眠りに落ちてしまった。
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