魔導士カイラは許されない〜インキュバスの呪いで貞操帯をかけられた少年〜

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初めての遠征

出発

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 今回、グロとアホが混同しております。

 この「出発」という話にあるモンスターとの戦闘がややグロ注意で、章の最後にかけてアホな展開があります。

 苦手な方はご注意ください。

   ***

 早朝のカイラ邸の玄関にて。

「ひんっ、ひんっ……」

 クマは啜り泣きながらカイラを見上げていた。今日がカイラの出発の日で、クマの血の通わぬ心が引き裂かれそうなのだ。

「ホントに行っちゃうのぉ?」

「うん。お仕事だからね」

 大きな革のリュックを背負ったカイラは、悲しむクマを宥めるように、ふわふわな頭をそっと撫でた。

「気を付けて行って来るのよ?」

「うん」

「ちゃんとご飯も食べるのよ?」

「うん」

「モンスターもしてるんだからね?」

「うん」

「何かあったらすぐ帰ってきてね? クマがカイラきゅんぺーろぺーろしたげるからね。それからええと……ええと……」

「気は済んだかい? そろそろ行かなきゃならないんだよ」

 痺れを切らしたヴェルトの冷たい態度に「むっ」とクマは唸り目を吊り上げた。

「はい! ……じゃあクマちゃん、お家の事よろしくね」

 無常にも、これからの旅に期待を膨らませているカイラは笑顔できびすを返してしまう。

「あ~~ん! カイラきゅうぅ~~ん!」

 扉を開け出立したカイラの背を目で追い、手を伸ばしながらクマはわんわん泣き続けた。

   ***

 モンスターから街を守らんと立ちはだかる堅牢けんろうな石壁が頼もしいのは、集合場所として指定されたレザーの北門。

「やぁヴェルトにカイラ少年。旅の始まりには良い天気だな」

 3匹の馬が頭を連ねる幌馬車ほろばしゃの前にて。いかにも冒険者というような軽装に身を包んでいるダーティは、カイラとヴェルトに挨拶した。

「おはようございま~す! 今日からよろしくお願いします!」

 重そうな鞄を背負ったまま、カイラはペコリと頭を下げた。

「あぁ。私こそよろしくな」

 礼儀正しいカイラに好感を覚えつつ、ダーティはヴェルトの瞳を捉えた。

「ヴェルト、早速ですまないが街から離れるまで馬車を運転してくれないか? ラブも運転はできるんだが、やはり人目に触れるとマズいんだ」

「良いよ」

 とヴェルトは素っ気なく返す。

「すまないな。さぁ、2人とも馬車に乗るんだ」

「カイラ君はダーティと一緒に馬車の中に入って。何かあったらアイツを魔法で守るんだよ」

 そう指示されたカイラは「はい!」と元気よく答えた。

 こうして、運転席にヴェルト。車内にカイラと、鳥籠を手にしたダーティを乗せた馬車はレザーと別れを告げたのだった。

   ***

 本日は晴天。柔らかな色合いの青空が果てしなく広がり、旅に出る4人を祝福しているようである。

 3体の馬の手綱を器用に持つのは、翼と角を隠す為にやや時代遅れなマントとシルクハットを身に纏ったディックだ。

 街から離れたところでいつもの姿に変身し、ヴェルトと運転を代わったようである。

 ヴェルトは助手席に腰掛け辺りを警戒しながら、依頼主共へ話しかける。

「先に言っとくけど。カイラ君に手ぇ出したら斬るからね」

「ヴェルトさん……!」

 運転席のすぐ後方。幌馬車内の両端にあるベンチにちょこんと腰掛けていたカイラは、失礼な彼を咎めるように呼んだ。

 ディックはやや不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「あのな。俺にゃが着けられてんだ。襲える訳ねえだろ」

「そんなの分かんないじゃん」

 まるで子供のような口調に、カイラの隣に足を組んで腰掛けているダーティは苦笑する。

「恩人の恋人には手を出さないさ」

「そんなの分かんないじゃん」

 しかし「そんなの分かんないじゃん」一点張りのヴェルトに、カイラは遂に苛立ちを顔に表す。

「ヴェルトさん! お2人に失礼ですよ!」

「いや、良いんだカイラ少年」

 ダーティはカイラの耳元に口を近付ける。爽やかな花の香がカイラの鼻をくすぐった。

「きっとヴェルトは君が可愛過ぎて不安になってるんだ。いつか誰かに君を奪われてしまうのではないかと危惧してるんだ。自分に自信のない男の典型だよ」

「……ヴェルトさん可哀想」

 カイラは哀れみの籠った目線を、剣士の大きな背へ向ける。

「そうだろう? だから怒るのはやめてあげてくれ」

「ねぇ? さっきから2人でコソコソ何を話してんのさ」

 とヴェルトは目線すらやらずに不機嫌そうに訊ねた。

「いや? 何でもないさ。アッハハハ……」

 ダーティの乾いた笑い声が車輪の音と重なった時。


 ウォーーーーン……!


 狼の冷たい遠吠えが、皆の緊張の糸をピンと張らせた。

 蹄鉄ていてつが奏でる心地良いリズムに混じり、草原を踏む乾いた足音が幾重にも重なる。

「早速か」

 大義そうにディックは呟いた。

「どうして君らは馬車に乗ると何かに狙われるんだよ」

 軽口を叩きながらヴェルトは辺りを見回す。

 5体のオオカミ……ファングウルフと呼ばれる、狩りの為に異様に発達した犬歯を持つモンスター共は、獲物を取り囲むよう散らばりながら地面を蹴り走っている。

「奴ら、完全に僕らを狙ってるよ」

「ええっ!? 何ででしょうね……?」

 カイラの額を冷や汗が伝う。

「馬車を狙えば旨い肉にありつける。そう奴らは学んでるんだろうね」

「馬車停めて、モンスターを退治しないと」

「ダメだよ停車なんて。そんな事したら馬が喰われてしまうからね」

「じゃあ馬車に乗ったまま、どうやって追い払うんです?」

「俺に任せとけ」

 カイラとヴェルトの会話に割って入ったのは、夢魔ディックである。

「ヴェルト、運転代われるか」

「うん」

 託された手綱をヴェルトはしっかり握り締め、先程までディックが座っていた場所に腰を下ろした。

 運転手が変わってもなお安定して走り続ける馬車の上に立ち、ディックはコウモリのような翼を翻し飛び立った!

 どうやらこの姿だと安定して飛び続けられるらしく、危うさを全く感じ取れない。

 馬車と並走するよう空を駆けながら、ディックは今の状況を俯瞰ふかんする。

 そして真っ先に倒すべきモンスター……つまり馬に最も近付いている個体を狙い、ディックは魔法を唱えたのだ。

「『ウインド・カッター』」

 ディックが腕を横に払うと、その軌跡きせきが風の刃となり1匹のファングウルフの首を刎ねた。

 まるで小魚の頭を落とすように、いとも容易く斬り落とされる。そして飛ばされた首がボールのように地面で跳ねながら置き去りにされた。

 愛する首と永遠の別れを告げた胴体は、切断面から噴水の如く鮮血を吹き出しながらヨロヨロと走るが、徐々に減速し最後にはバランスを崩し地面に崩れ落ちた。

「『メイク・ソード』」

 続いてディックが唱えたのは魔法の剣を造る魔法だ。

 青い光がディックの周りに集結し、2本のショートソードの形となり術者の周りを浮遊する。

 一方、群れを成すファングウルフ共の仲間意識が、大男に対する憎悪へと変化し青い瞳に復讐の炎を灯した。

 そして、地に伏したファングウルフの後方にいた2匹が咆哮ほうこうを上げながらディックに襲い掛かった!

 それに怖気づく事なく、ディックは器用に2匹のオオカミの前に回り、奴らに向かって手を振りかざした。

 すると命じられた魔法の剣が冷酷無比な軌跡を描き、獣共の眉間を貫いたのだ!


 一方、車内にいるカイラも依頼を放棄し隠れるなどという無責任な者にはなりたくないようだ。

 助手席に身を乗り出し、ディックが狙うファングウルフ共の反対側にいる2体を、エメラルドの瞳で捉える。

 そして徐々に手に馴染んできた杖を振り翳し魔法を詠唱した。

「『スリープ』!」

 カイラが唱えたのは、その名の通り対象を眠らせる魔法だ。

 2匹のファングウルフの頭に淡い緑色の光が灯り、やがて奴らの動きが鈍くなる。

 そして遂には地面に伏し、そのまま眠り始めてしまった。


「ディックさん!」

 カイラの呼び声を聞いたディックは、助手席にいるカイラを見下ろした。

「残りのモンスターは僕が魔法で眠らせました! 戻って来てください!」

 こうして危機は去り、ディックを助手席に乗せた馬車はゆっくりとスピードを緩めてゆく。

「ディック」

 馬車の手綱を握り続けるヴェルトは、前方に目を向けながら大男の名を呼んだ。

「随分と合理的な戦い方するじゃないのさ。運転に夢中で見れなかったけど、あのオオカミ共、全く悲鳴を上げなかった。つまり全部即死させたって訳でしょ」

「……ん」

 助手席に腰を下ろし足を組んだディックは、胸ポケットにしまっているシガレットケースに伸ばした手を止めた。

 初めて会った時に、ヴェルトからタバコが大嫌いだと言われた事を思い出したのだ。

「即死させた方が良いだろ、仕留め損なって無闇に苦しませるよりは……苦しみ抜いて死にてえ奴の方が少数だろうしな」

 その少数がそう語っている事に、ダーティはおかしくなって口角を上げた。
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