魔導士カイラは許されない〜インキュバスの呪いで貞操帯をかけられた少年〜

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初めての遠征〜ダーティとカイラ〜

一方ヴェルトとディックは…

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 一方こちらは、取り残されたヴェルトとディック。

 不幸中の幸いというべきは……あの4人の中で、戦える2人が取り残された事だった。

 カイラは攻撃魔法を使えるものの、まだ「使いこなす」という域には達していない。

 ダーティは、そもそも武芸を習った事すらない。

 だからこそ。熟練した剣士であるヴェルトと、攻撃魔法を得意とするディックが残されたのは幸いだった。

「どうする?」

 ヴェルトは冷静にディックに訊ねた。

「悔しいけれど、捜索に関しては、僕には何の手立ても無い。君が頼りだ」

 ディックが少し唸って腕を組んだ。

「……ルックフォーという魔法がある。探したい人物の所有物さえありゃあ、どこにいようとも探し出せる」

「所有物って……荷台ごと全て持ってかれたんだよ? 所有物なんて____」

 話している途中でヴェルトは気付いた。

「あぁ……そうだね。君はダーティの物を持ってる……いや、身に着けさせられてるんだ」

 と、ディックの下半身に一瞥いちべつをくれてやった。

「それと……確か、夢魔って瞬間移動ができるんだったよね? 場所も分かるし、すぐに助け出せるんじゃないのかい」

 ヴェルトの瞳に希望の光が灯る。

 だが……無情にも、ディックに首を横に振られてしまう。

「夢魔の瞬間移動ってのは、建物に侵入する為に使われる魔法でな。長距離の移動はできねえ」

「瞬間移動を繰り返すのは?」

「恐らく、着く前に魔力と精気が切れて、無駄死にしちまう。トラブルのせいで、精気をあまり貰えなかったからな」

 「ヴェルト」と静かに呼びかけられる。

「今すぐにカイラを救いたいという気持ちは痛えほど分かる。だが……敵の戦力も分からねえうちに俺だけ侵入しても、返り討ちにされる可能性もあるんだ」

「……そうだね」

 ヴェルトは気持ちを無理やり押し込めながら、そう返した。

「なら、君にアジトの位置を探ってもらいながら馬で移動して、カイラ君達を助けるしかないって訳だね」

「そういう事だ」

 ディックは馬車に繋がれたままの馬を全て放してやる。

くらは無えが……いいな?」

「仕方ないね」

 手綱だけ身に付けた馬に、ヴェルトとディックは軽々と飛び乗った。

 鞍無しで馬に乗るなど……小柄なカイラや、運動神経が鈍いダーティには、到底できない芸当だ。

「先頭は任せたよ」

「あぁ」

 簡単な言葉だけを交わす。そして、ヴェルトとディックは互いの愛する人を助ける旅に出た。

   ***

 馬を乗りこなし、平原を駆け抜ける様子は、まるで英傑のよう。

 馬が起こす風で、僅かに降り積もった粉雪が舞い上がり、波のような模様を道に描いた。

「ねぇ、ディック」

 ディックの後を追いながら、ヴェルトは口を開く。

「カイラ君達は、どこら辺にいるの」

「魔法はアイスベルグの近郊を指し示している。山の多い場所だからな、隠れるには絶好の場所だ」

「なら、あの子達がいる所……恐らく山賊のアジトを見つけ出したら、すぐ目的地に向かえるって訳だね。そしてもし2人が怪我をしていたとしても、すぐに病院に連れてってあげられる」

 「あぁ」と肯定の声が返る。

「急ぐぞ。ダーティとカイラが無事であるうちに」


(カイラ君……無事だと良いな)

 ヴェルトは心の中で呟いた。

 あの愛くるしい少年には、忌わしい呪いが掛けられている。

 その呪いを受ければどうなるか、ヴェルトは身をもって知っている。

 だからこそ。ヴェルトはカイラが無事であるか心配なのだ。

 下衆な輩には、カイラを穢さない理由がない。

 そのうえ、あの忌々しい貞操帯は、本来の機能をもっていない。

 誘拐犯がその気になれば、いとも容易く純潔を破られてしまうだろう。

 いや、それ以上に最悪な目に遭わせられる可能性もある。例えば……暇を慰める為だけに、カイラが殺される可能性もあるのだ。

 ディックは、ダーティがいるから心配ないと言うが……。

(もし……もし、万が一の事があれば……僕は、正気を保てるだろうか)

 その問いに、ヴェルトはすぐ「無理だ」と答えを出した。


(ダーティ……)

 ディックは飼い主の名を心中で呟いた。

 ダーティが不審者に連れ去られてしまった……ネックレスのように首から提げている、貞操具の鍵と一緒に。

 一応、ディックはスペアの鍵がある場所を教えてもらっている。

 旅する演奏家であるダーティの身に、万が一の事が起こった場合の為に。

 だが……鍵が外れたからといって、何になるのだろうか。

 主人を見捨てて鍵を開け、雄の快楽に耽るほど、ディックは薄情な悪魔ではない。

 それどころか、ディックはこう思っている。『俺はダーティ無しでは生きていけない』と。

 だからこそ……表には出さないものの、ディックは筆舌し難い恐怖と不安感に襲われている。

(あぁ、クソッ。考えるだけで頭がどうにかなっちまう! 頼むから無事でいてくれよ……ダーティ!)

 そう願うディックの額には、冷や汗が輝いていた。
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