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12.【出題編】デヴァルー子爵夫人①
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デヴァルー子爵家の屋敷の玄関を入ったアメリアは、ミス・アンソンとは一度別れ、アルバート卿とミスター・グレイストーンと一緒に応接間に通された。
デヴァルー子爵夫人は、聞いていた通り、凛とした面倒見の良さそうなレディで、赤みがかった茶色のティーガウンを着て、応接間の中央の長椅子に座っていた。
彼女の応接間は薄いグリーンの壁とややくすんだピンク色の布張りの椅子を中心にやわらかく明るい色でまとめられていた。
一通り挨拶が済むと、子爵夫人はアメリアとアルバート卿に彼女の向かいの椅子に座るように勧めた。
ミスター・グレイストーンは、彼らのテーブルから少し離れた椅子を選んだ。
全員が落ち着くと彼女は穏やかに言った。
「お二人とも妹のために色々としてくださってありがとう。アルバート卿はヘンリー卿の弟さんなのに真面目そうな方で驚いたわ」
その言葉にアルバート卿は礼儀正しくも困ったような笑みを浮かべた。
デヴァルー子爵夫人はヘンリー卿の長年の詩作仲間だという。
確かにあのヘンリー卿を先に知っていたら、彼の弟がこんなに真面目だとは思わないだろう。
「それにしても、妹は本当に気の毒ですよ。夫の先代シルヴァリー卿があんなことになって……そもそも、実家の准男爵家だって父の代を最後に……」
デヴァルー子爵夫人は長いため息をつき、部屋の隅の一世代前の時代の夫婦と思われる小さな肖像画――明るいブラウンの髪の男性と赤毛の女性が描かれている――に一瞬目を遣った気がした。
ちょうどそのとき執事が紅茶を運んできて各人のティーカップに紅茶を注いでくれた。
「早速で申し訳ないのですが、お二人に事件当日のことを伺いたいのです。順を追ってお話しいただけないでしょうか」
アメリアが早々にはっきりとした口調で切り出すと、隣のアルバート卿が彼女に視線を向けた気配がした。
最初から遠慮のない質問を投げかけるやり方が彼女らしくなかったのかもしれない。
アメリアは自分に残された時間が僅かであることを意識していた。
デヴァルー子爵夫人とミスター・グレイストーンは目線を交わし、子爵夫人から話すということで無言の内に合意したようだった。
子爵夫人は手元のティーカップを見ながら切り出した。
「そうですわね……あの日は特に暑い日でした。シルヴァリー卿は病気のせいもありますから、当初から水ばかり飲んでいらしたのをよく覚えています」
そう言うと子爵夫人は、改めて一度ミスター・グレイストーンに視線を向けてから小さく息を吐いて続けた。
「お茶会が始まって暫くしたところで、私とテディはティーカップを持ったまま窓際に移動しました。応接間の窓から見える庭のダリアについて話したかったのです。残りの皆さんは私たちとは別のテーブルについていて、テニスンについて話していらっしゃいました。その後、訪問者があったので妹が執事に呼ばれて席を立ったところで、シルヴァリー卿が何か気弱なことをおっしゃったから、私は振り返って彼を見たの――ええ、確かそうだったわ」
アメリアは軽く頷きながら彼らに確認すべき点を考えた。
ヘンリー卿とレディ・シルヴァリーは語らなかった一方で、ミスター・レジナルドが証言したシルヴァリー卿の水差しの件だ。
しかし、レディ・シルヴァリーが水差しに触れたかを直接聞けば彼女の実の姉である子爵夫人に警戒されてしまうだろうと思ったので、アメリアは遠回しに尋ねることにした。
「そのとき、レディ・シルヴァリーが席を立った時点で、シルヴァリー卿の水差しにはまだ水がありましたか?」
子爵夫人は記憶を確かめるように考え込んで少し沈黙するが、首を振った。
「全く覚えていないわ。あなたは覚えてる?テディ?」
話を振られたミスター・グレイストーンはやや視線を落とし、唇の下に指を当てながら、記憶を辿るように話し始めた。
「そうですね……執事がレディ・シルヴァリーの側にやってきたとき……そのとき彼女は水差しでシルヴァリー卿のグラスに水を注いでいましたね……最後の一滴まで……」
ミスター・グレイストーンはそう呟いて、最後に自分が見たものを再確認するように一度目を閉じてから頷いた。
そして、明快な口調で断言した。
「ええ、レディ・シルヴァリーが席を立った時点で水差しは空でしたよ。間違いありません」
アメリアは内心で感心した。
ミスター・グレイストーンは視覚的な記憶に優れているのかもしれない。
そして、やはりヘンリー卿とレディ・シルヴァリーは彼女が水差しに触れたことを意図的に隠していたのではないだろうか。
「この子は本当に賢いでしょう?さすがケンブリッジでラングラーなだけあるわね」
と子爵夫人が誇らしげに言うと、ミスター・グレイストーンは礼儀正しく微笑んだ。
ミスター・レジナルドが言っていたこと――子爵夫妻には子供がいないため、子爵夫人は優秀な名付け子のミスター・グレイストーンに財産を譲ろうとしているというのはやはり本当なのかもしれないとアメリアは思った。
「でも、そそっかしいところもあってね。あの日もシルヴァリー卿が気弱なことを言ったすぐ後にテディが紅茶をこぼしてしまって大騒ぎになったわ」
「急に数学の証明問題についてのアイデアが思い浮かんだので、手元が疎かになったのですよ」
ミスター・グレイストーンは少し恥ずかしそうに笑った。
アルバート卿は少しの間彼を見たが、すぐにデヴァルー子爵夫人に視線を戻した。
アメリアは子爵夫人に向かって優しく頷いて話の続きを促した。
「それで……テディが紅茶をこぼした後、最初はシルヴァリー卿が執事を呼びに行こうとしていたところをヘンリー卿が代わって、応接間の入口から廊下の執事を呼んでくださったわ。執事はちょうど妹のレモネードを運んできていたから、一度レモネードを置いてからまた出ていったわ」
「おや?レディ・デヴァルー、それは少し違いますよ」
ミスター・グレイストーンは穏やかに子爵夫人の話を訂正した。
「執事はテーブルの近くまで来ましたが、ミスター・レジナルド・シルヴァリーが立ち上がってレモネードを受け取ったのです。『早く布巾を』と言いながらね。ちなみに、そのときあなたは私のジャケットを拭いてくださっていて、ヘンリー卿は席に戻ろうとするシルヴァリー卿に手を貸していました」
「あら、やっぱりさすがね。テディ」
「ええ、皆さんのご協力のお蔭ですぐに執事が布巾を持ってきてくれて、アイボリー色のジャケットに染みを作らずに済んだのでよく覚えているのですよ」
ミスター・グレイストーンは控えめに謙遜して紅茶を一口飲んだ。
アメリアはやはり彼の記憶は頼りになりそうだと思った。
しかし、名付け親と名付け子の力関係なのか、彼はこの場では脇役に徹することにしているようだった。
「ええと、それで――騒ぎが落ち着いた後ですが、私はシルヴァリー卿を気を強く持つように励ましました。彼は『“ユリシーズ”のように強く生きたい』と言っていましたわ。直前までテニスンの話をしていましたから」
子爵夫人の言葉にミスター・グレイストーンも今度は頷いている。
「それから暫くして、テディが庭にコーギーが入り込んでいるのに気が付きました。ミスター・レジナルドは犬好きなので、彼はすぐに窓のところにやってきました。ヘンリー卿も来たと思います。私たちは暫くコーギーを眺めていて、その内に妹も応接間に帰ってきて来たので、彼女もそのまま窓際に来たところで、急に……」
子爵夫人は弱々しく首を振って黙り込んでしまった。
そこで、ミスター・グレイストーンが彼女の言葉を引き継いだ。
「急にシルヴァリー卿がお倒れになった。そうでしたね?」
子爵夫人はミスター・グレイストーンを見て頷くと、「私が覚えているのはそれだけです」と重々しい口調で言った。
「ありがとうございます、お二人とも」
そう言ってから、アメリアは一旦思考の海に沈んでいった。
2人の証言により、伯爵未亡人が席を立っていた間の出来事のより細かい点が明らかになったように思われる。
アメリアは頭の中で、紅茶をこぼしたミスター・グレイストーンとそれを何とかしようとする一同の姿を思い浮かべた。
戸惑うミスター・グレイストーン、ジャケットを拭く子爵夫人、執事を呼びに行こうとしたシルヴァリー卿、その役目を代わったヘンリー卿、執事に布巾を取ってくるよう指示したミスター・レジナルド、不在だった伯爵未亡人――。
アメリアは一度思考を止めると、記憶が細かく正確であると思われるミスター・グレイストーンに話を促すことにした。
「ミスター・グレイストーンから訂正や補足はありますか?」
「そうですね……」
そう言いながらミスター・グレイストーンは一瞬子爵夫人の表情を伺ったように見えた。
それを受けた子爵夫人が彼に視線を送ると、ミスター・グレイストーンは軽く頷いてから話し始めた。
「私からは……ここまでの話については特にないのですが、シルヴァリー卿がお倒れになった後のことを。倒れたシルヴァリー卿は『君だったんだ』とレディ・シルヴァリーに向かっておっしゃったんです」
「ああ、そうだったわね。あれは一体どういう意味だったのでしょうね……」
子爵夫人は思案するように少し首を傾け、ミスター・グレイストーンも唇の下に指を当てて考え込んでいる。
「その前にご夫妻の間に何か会話があったのでしょうか?」
アルバート卿が2人が記憶を呼び起こすのを助けるように尋ねたところ、ミスター・グレイストーンは首を振った。
「いえ、そうは見えませんでした。シルヴァリー卿が倒れた後、すぐにレディ・シルヴァリーが駆け寄って……ちょうどお代わりの水差しを運んできていた執事に向かって『お医者様を』と言ったのを覚えています。しかし、ご夫妻同士の会話はありませんでした。シルヴァリー卿が一方的に話しかけていて、レディ・シルヴァリーも意味が分からず困惑されているようでした」
続いてアメリアも尋ねる。
「どのような意味だったと思われますか?」
「……全くわかりません」
ミスター・グレイストーンがそう言い切って肩を竦めると子爵夫人も自分も同様だという風に首を振った。
そして、ミスター・グレイストーンが呟くように言った。
「そもそも、私にはその言葉がレディ・シルヴァリーに向けられたものだったのか、まだお腹にいたオーギーに向けられたものだったのか……もしくは両方に向けられたものだったのかも判然としないのです……」
アメリアは彼の証言を踏まえて再度伯爵の言葉の意味を解釈しようとしたが、まだ何かが足りない気がした。
デヴァルー子爵夫人は、聞いていた通り、凛とした面倒見の良さそうなレディで、赤みがかった茶色のティーガウンを着て、応接間の中央の長椅子に座っていた。
彼女の応接間は薄いグリーンの壁とややくすんだピンク色の布張りの椅子を中心にやわらかく明るい色でまとめられていた。
一通り挨拶が済むと、子爵夫人はアメリアとアルバート卿に彼女の向かいの椅子に座るように勧めた。
ミスター・グレイストーンは、彼らのテーブルから少し離れた椅子を選んだ。
全員が落ち着くと彼女は穏やかに言った。
「お二人とも妹のために色々としてくださってありがとう。アルバート卿はヘンリー卿の弟さんなのに真面目そうな方で驚いたわ」
その言葉にアルバート卿は礼儀正しくも困ったような笑みを浮かべた。
デヴァルー子爵夫人はヘンリー卿の長年の詩作仲間だという。
確かにあのヘンリー卿を先に知っていたら、彼の弟がこんなに真面目だとは思わないだろう。
「それにしても、妹は本当に気の毒ですよ。夫の先代シルヴァリー卿があんなことになって……そもそも、実家の准男爵家だって父の代を最後に……」
デヴァルー子爵夫人は長いため息をつき、部屋の隅の一世代前の時代の夫婦と思われる小さな肖像画――明るいブラウンの髪の男性と赤毛の女性が描かれている――に一瞬目を遣った気がした。
ちょうどそのとき執事が紅茶を運んできて各人のティーカップに紅茶を注いでくれた。
「早速で申し訳ないのですが、お二人に事件当日のことを伺いたいのです。順を追ってお話しいただけないでしょうか」
アメリアが早々にはっきりとした口調で切り出すと、隣のアルバート卿が彼女に視線を向けた気配がした。
最初から遠慮のない質問を投げかけるやり方が彼女らしくなかったのかもしれない。
アメリアは自分に残された時間が僅かであることを意識していた。
デヴァルー子爵夫人とミスター・グレイストーンは目線を交わし、子爵夫人から話すということで無言の内に合意したようだった。
子爵夫人は手元のティーカップを見ながら切り出した。
「そうですわね……あの日は特に暑い日でした。シルヴァリー卿は病気のせいもありますから、当初から水ばかり飲んでいらしたのをよく覚えています」
そう言うと子爵夫人は、改めて一度ミスター・グレイストーンに視線を向けてから小さく息を吐いて続けた。
「お茶会が始まって暫くしたところで、私とテディはティーカップを持ったまま窓際に移動しました。応接間の窓から見える庭のダリアについて話したかったのです。残りの皆さんは私たちとは別のテーブルについていて、テニスンについて話していらっしゃいました。その後、訪問者があったので妹が執事に呼ばれて席を立ったところで、シルヴァリー卿が何か気弱なことをおっしゃったから、私は振り返って彼を見たの――ええ、確かそうだったわ」
アメリアは軽く頷きながら彼らに確認すべき点を考えた。
ヘンリー卿とレディ・シルヴァリーは語らなかった一方で、ミスター・レジナルドが証言したシルヴァリー卿の水差しの件だ。
しかし、レディ・シルヴァリーが水差しに触れたかを直接聞けば彼女の実の姉である子爵夫人に警戒されてしまうだろうと思ったので、アメリアは遠回しに尋ねることにした。
「そのとき、レディ・シルヴァリーが席を立った時点で、シルヴァリー卿の水差しにはまだ水がありましたか?」
子爵夫人は記憶を確かめるように考え込んで少し沈黙するが、首を振った。
「全く覚えていないわ。あなたは覚えてる?テディ?」
話を振られたミスター・グレイストーンはやや視線を落とし、唇の下に指を当てながら、記憶を辿るように話し始めた。
「そうですね……執事がレディ・シルヴァリーの側にやってきたとき……そのとき彼女は水差しでシルヴァリー卿のグラスに水を注いでいましたね……最後の一滴まで……」
ミスター・グレイストーンはそう呟いて、最後に自分が見たものを再確認するように一度目を閉じてから頷いた。
そして、明快な口調で断言した。
「ええ、レディ・シルヴァリーが席を立った時点で水差しは空でしたよ。間違いありません」
アメリアは内心で感心した。
ミスター・グレイストーンは視覚的な記憶に優れているのかもしれない。
そして、やはりヘンリー卿とレディ・シルヴァリーは彼女が水差しに触れたことを意図的に隠していたのではないだろうか。
「この子は本当に賢いでしょう?さすがケンブリッジでラングラーなだけあるわね」
と子爵夫人が誇らしげに言うと、ミスター・グレイストーンは礼儀正しく微笑んだ。
ミスター・レジナルドが言っていたこと――子爵夫妻には子供がいないため、子爵夫人は優秀な名付け子のミスター・グレイストーンに財産を譲ろうとしているというのはやはり本当なのかもしれないとアメリアは思った。
「でも、そそっかしいところもあってね。あの日もシルヴァリー卿が気弱なことを言ったすぐ後にテディが紅茶をこぼしてしまって大騒ぎになったわ」
「急に数学の証明問題についてのアイデアが思い浮かんだので、手元が疎かになったのですよ」
ミスター・グレイストーンは少し恥ずかしそうに笑った。
アルバート卿は少しの間彼を見たが、すぐにデヴァルー子爵夫人に視線を戻した。
アメリアは子爵夫人に向かって優しく頷いて話の続きを促した。
「それで……テディが紅茶をこぼした後、最初はシルヴァリー卿が執事を呼びに行こうとしていたところをヘンリー卿が代わって、応接間の入口から廊下の執事を呼んでくださったわ。執事はちょうど妹のレモネードを運んできていたから、一度レモネードを置いてからまた出ていったわ」
「おや?レディ・デヴァルー、それは少し違いますよ」
ミスター・グレイストーンは穏やかに子爵夫人の話を訂正した。
「執事はテーブルの近くまで来ましたが、ミスター・レジナルド・シルヴァリーが立ち上がってレモネードを受け取ったのです。『早く布巾を』と言いながらね。ちなみに、そのときあなたは私のジャケットを拭いてくださっていて、ヘンリー卿は席に戻ろうとするシルヴァリー卿に手を貸していました」
「あら、やっぱりさすがね。テディ」
「ええ、皆さんのご協力のお蔭ですぐに執事が布巾を持ってきてくれて、アイボリー色のジャケットに染みを作らずに済んだのでよく覚えているのですよ」
ミスター・グレイストーンは控えめに謙遜して紅茶を一口飲んだ。
アメリアはやはり彼の記憶は頼りになりそうだと思った。
しかし、名付け親と名付け子の力関係なのか、彼はこの場では脇役に徹することにしているようだった。
「ええと、それで――騒ぎが落ち着いた後ですが、私はシルヴァリー卿を気を強く持つように励ましました。彼は『“ユリシーズ”のように強く生きたい』と言っていましたわ。直前までテニスンの話をしていましたから」
子爵夫人の言葉にミスター・グレイストーンも今度は頷いている。
「それから暫くして、テディが庭にコーギーが入り込んでいるのに気が付きました。ミスター・レジナルドは犬好きなので、彼はすぐに窓のところにやってきました。ヘンリー卿も来たと思います。私たちは暫くコーギーを眺めていて、その内に妹も応接間に帰ってきて来たので、彼女もそのまま窓際に来たところで、急に……」
子爵夫人は弱々しく首を振って黙り込んでしまった。
そこで、ミスター・グレイストーンが彼女の言葉を引き継いだ。
「急にシルヴァリー卿がお倒れになった。そうでしたね?」
子爵夫人はミスター・グレイストーンを見て頷くと、「私が覚えているのはそれだけです」と重々しい口調で言った。
「ありがとうございます、お二人とも」
そう言ってから、アメリアは一旦思考の海に沈んでいった。
2人の証言により、伯爵未亡人が席を立っていた間の出来事のより細かい点が明らかになったように思われる。
アメリアは頭の中で、紅茶をこぼしたミスター・グレイストーンとそれを何とかしようとする一同の姿を思い浮かべた。
戸惑うミスター・グレイストーン、ジャケットを拭く子爵夫人、執事を呼びに行こうとしたシルヴァリー卿、その役目を代わったヘンリー卿、執事に布巾を取ってくるよう指示したミスター・レジナルド、不在だった伯爵未亡人――。
アメリアは一度思考を止めると、記憶が細かく正確であると思われるミスター・グレイストーンに話を促すことにした。
「ミスター・グレイストーンから訂正や補足はありますか?」
「そうですね……」
そう言いながらミスター・グレイストーンは一瞬子爵夫人の表情を伺ったように見えた。
それを受けた子爵夫人が彼に視線を送ると、ミスター・グレイストーンは軽く頷いてから話し始めた。
「私からは……ここまでの話については特にないのですが、シルヴァリー卿がお倒れになった後のことを。倒れたシルヴァリー卿は『君だったんだ』とレディ・シルヴァリーに向かっておっしゃったんです」
「ああ、そうだったわね。あれは一体どういう意味だったのでしょうね……」
子爵夫人は思案するように少し首を傾け、ミスター・グレイストーンも唇の下に指を当てて考え込んでいる。
「その前にご夫妻の間に何か会話があったのでしょうか?」
アルバート卿が2人が記憶を呼び起こすのを助けるように尋ねたところ、ミスター・グレイストーンは首を振った。
「いえ、そうは見えませんでした。シルヴァリー卿が倒れた後、すぐにレディ・シルヴァリーが駆け寄って……ちょうどお代わりの水差しを運んできていた執事に向かって『お医者様を』と言ったのを覚えています。しかし、ご夫妻同士の会話はありませんでした。シルヴァリー卿が一方的に話しかけていて、レディ・シルヴァリーも意味が分からず困惑されているようでした」
続いてアメリアも尋ねる。
「どのような意味だったと思われますか?」
「……全くわかりません」
ミスター・グレイストーンがそう言い切って肩を竦めると子爵夫人も自分も同様だという風に首を振った。
そして、ミスター・グレイストーンが呟くように言った。
「そもそも、私にはその言葉がレディ・シルヴァリーに向けられたものだったのか、まだお腹にいたオーギーに向けられたものだったのか……もしくは両方に向けられたものだったのかも判然としないのです……」
アメリアは彼の証言を踏まえて再度伯爵の言葉の意味を解釈しようとしたが、まだ何かが足りない気がした。
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