3 / 10
第3章
イヌガミ
しおりを挟む
時を巻き戻そう。昨日の夜に。
「た、大変だ!!!おーーーい!みーーーんな!!イヌガミが来たぞ!!」
そう叫んで山の下に走ったのは、ウジャ。
早くして両親を失い、祖父母に引き取られて生きてきた少女。
じいちゃんは三年前に事故で亡くなり、ばあちゃんと二人で暮らしていたが、そのばあちゃん──アイハバこと、アイ婆さまも、もういない。
ウジャは今、山の上の祖父母の家でひとりきりで暮らしている。
じいちゃんは、イノシシなどの獲物の仕留め方、裁き方を教えてくれた。
弓矢を託されたときの、あの誇らしげな顔。
「こいつはな、ウジャだけのもんだ」
今、その弓が彼女の命綱であり、心の支えである。
腰には、近接戦のために鉈も巻き付けてある。
ばあちゃんは、山菜の見分け方や川魚の裁き方、保存の仕方を教えてくれた。
教わったことが、今の命を繋いでいる。
昨日の夜だ。山の上は、異様なざわめきに満ちていた。
風の音も、木々の揺れも、何かが違う。
その刹那。
──山が、吠えた。
木々が揺れるわけでもなく、風が鳴くわけでもない。
けれど、音のしない“何か”が、確かに降りてきていた。
獣……いや、それ以上の、圧力。
ウジャの身体を、冷たい汗が伝う。
背骨に這うような悪寒。
「山に住む者の直感。感性無き者は死す」
じいちゃんの口癖だった。
今、その言葉が、鮮明に蘇る。
(来た……ほんとうに、来た)
ウジャは知っていた。
村人たちは、信じない。
昔からそうだった。
アイ婆さまの言葉すら、「山の婆の戯言」として扱われてきた。
(信じてくれないなら、私が行くしかない)
フッと、一息……
弓を握る手に力を込めた。
じいちゃんの形見──革紐は、汗で冷たく濡れていた。
門を開ける。
“奴”を撃つ準備だ。
見えた。想像外の──生き物だった。
太い木々を爪で割く腕、荒々しい息、赤い目。
身の丈、八尺もあろうか。
白く覆われた体毛。しかも、二足歩行。
それが──二体。
弓を構えて射程を──
飛び込まれた!!!!!
ギリで交わす! 転倒、立て直せ!
もう一体が飛びかかってくる!
ウジャ、よっぴいて──ひゃうど放つ!
片目に刺さった!!
咆哮とともに、仰け反る一体!
もう一体が覆いかぶさって来る!!
腰から鉈を抜く! 右脇腹に刃を入れる!!!
肝臓辺りだ!! 横に引け!! ウジャ!!!
「うぇぁぉおぁおおおおおおお!!!!!」
渾身の力で、鉈を横に引いた。
引かれた一体の動きが止まる。
凄まじい咆哮。
その声に、どこか人の嘆きが混ざっていた。
ハァ……ハァ……
体力的にも、そろそろまずい。
至る所から出血をしている。
もう一体、片目の本体が、自ら矢を抜いて詰め寄る!
ウジャ、懸命な判断!!!
ウジャは、転がるように山を下る!
助けを求めろ! 声を!
喉は渇いても、叫べ!
「た、大変だ!!!おーーーい!ゲホッ!!みーーーんな!!イ、イヌ、ガミが来たぞ!!」
「ゲホッ!!食料無くて、山から降りて来てるだ!! 一体は、な、なんとぉ、か倒した!!」
「と、年寄りと子供は、い、家隠れろ!!大人は加勢してぇけれ!!!」
「た、頼んまっ……む、村さ……護んねぇと……」
「……なんだぁ?……こげな夜中に…イヌガミ?そんななぁ、いねぇだろがよ…」
「だいたい、誰だぁ?気狂いしたよな、声ぇ出して叫んでんのはよぅ……」
「あぁ…あれだぁ、アイ婆さまんとこのウジャとか言ってたかぁ…」
「あの小汚ねぇのが……ナンでもイヌガミ?だと…」
「まぁ、今年はよぉ……変なさ、天気が続いてよぅ、山の下でも不作続きだからよなぁ……」
「とりあえず、戸……しっかり閉めてさぁ、寝んべよぅ……」
「た、大変だ!!!おーーーい!みーーーんな!!イヌガミが来たぞ!!」
そう叫んで山の下に走ったのは、ウジャ。
早くして両親を失い、祖父母に引き取られて生きてきた少女。
じいちゃんは三年前に事故で亡くなり、ばあちゃんと二人で暮らしていたが、そのばあちゃん──アイハバこと、アイ婆さまも、もういない。
ウジャは今、山の上の祖父母の家でひとりきりで暮らしている。
じいちゃんは、イノシシなどの獲物の仕留め方、裁き方を教えてくれた。
弓矢を託されたときの、あの誇らしげな顔。
「こいつはな、ウジャだけのもんだ」
今、その弓が彼女の命綱であり、心の支えである。
腰には、近接戦のために鉈も巻き付けてある。
ばあちゃんは、山菜の見分け方や川魚の裁き方、保存の仕方を教えてくれた。
教わったことが、今の命を繋いでいる。
昨日の夜だ。山の上は、異様なざわめきに満ちていた。
風の音も、木々の揺れも、何かが違う。
その刹那。
──山が、吠えた。
木々が揺れるわけでもなく、風が鳴くわけでもない。
けれど、音のしない“何か”が、確かに降りてきていた。
獣……いや、それ以上の、圧力。
ウジャの身体を、冷たい汗が伝う。
背骨に這うような悪寒。
「山に住む者の直感。感性無き者は死す」
じいちゃんの口癖だった。
今、その言葉が、鮮明に蘇る。
(来た……ほんとうに、来た)
ウジャは知っていた。
村人たちは、信じない。
昔からそうだった。
アイ婆さまの言葉すら、「山の婆の戯言」として扱われてきた。
(信じてくれないなら、私が行くしかない)
フッと、一息……
弓を握る手に力を込めた。
じいちゃんの形見──革紐は、汗で冷たく濡れていた。
門を開ける。
“奴”を撃つ準備だ。
見えた。想像外の──生き物だった。
太い木々を爪で割く腕、荒々しい息、赤い目。
身の丈、八尺もあろうか。
白く覆われた体毛。しかも、二足歩行。
それが──二体。
弓を構えて射程を──
飛び込まれた!!!!!
ギリで交わす! 転倒、立て直せ!
もう一体が飛びかかってくる!
ウジャ、よっぴいて──ひゃうど放つ!
片目に刺さった!!
咆哮とともに、仰け反る一体!
もう一体が覆いかぶさって来る!!
腰から鉈を抜く! 右脇腹に刃を入れる!!!
肝臓辺りだ!! 横に引け!! ウジャ!!!
「うぇぁぉおぁおおおおおおお!!!!!」
渾身の力で、鉈を横に引いた。
引かれた一体の動きが止まる。
凄まじい咆哮。
その声に、どこか人の嘆きが混ざっていた。
ハァ……ハァ……
体力的にも、そろそろまずい。
至る所から出血をしている。
もう一体、片目の本体が、自ら矢を抜いて詰め寄る!
ウジャ、懸命な判断!!!
ウジャは、転がるように山を下る!
助けを求めろ! 声を!
喉は渇いても、叫べ!
「た、大変だ!!!おーーーい!ゲホッ!!みーーーんな!!イ、イヌ、ガミが来たぞ!!」
「ゲホッ!!食料無くて、山から降りて来てるだ!! 一体は、な、なんとぉ、か倒した!!」
「と、年寄りと子供は、い、家隠れろ!!大人は加勢してぇけれ!!!」
「た、頼んまっ……む、村さ……護んねぇと……」
「……なんだぁ?……こげな夜中に…イヌガミ?そんななぁ、いねぇだろがよ…」
「だいたい、誰だぁ?気狂いしたよな、声ぇ出して叫んでんのはよぅ……」
「あぁ…あれだぁ、アイ婆さまんとこのウジャとか言ってたかぁ…」
「あの小汚ねぇのが……ナンでもイヌガミ?だと…」
「まぁ、今年はよぉ……変なさ、天気が続いてよぅ、山の下でも不作続きだからよなぁ……」
「とりあえず、戸……しっかり閉めてさぁ、寝んべよぅ……」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる