5 / 10
5
しおりを挟むデイミアンの家で少しの間のんびりとし、そのあと、リアムは久しぶりにデイミアンに稽古をつけてもらうことになったので、ライラはそれを見学することにした。ヴァージルもライラの横に座り、眠たそうな顔をしながら眺めている。
「リアムは剣の腕が立つのね」
激しい打ち合いをしている二人を見ながら、独り言のつもりでライラが呟くと、ヴァージルがそれに反応した。
「リアムは一人で魔物退治とかもしているくらいだからねえ。その辺にいる騎士たちよりかは腕が立つんじゃない」
「そうなの?」
通常、魔物と戦う時は何人かでチームを組むことが多い。弱い魔物は群れでいることが多く、一人では太刀打ちできないことが多々あるためだ。
そして強い魔物は群れを嫌い、孤立しているのが特徴だ。だからといって、一人で太刀打ちできるかと聞かれたらそれは難しい。弱い魔物の群れよりも厄介なものが多いのだ。
そのため、魔物退治は複数人ですることが暗黙のルールとなっている。
それなのに、一人で魔物退治をしているリアムは、はっきり言って規格外だ。
「実力から見れば、リアムが勇者だと言われても納得できるんだけど……でも、リアムは勇者が持っているはずの特徴がないから、納得できないんだ」
「……」
ヴァージルの言葉にライラは黙り込む。
確かに、そうなのだ。リアムが優れた存在であることは、誰もが認めている。なのに、リアムが勇者だと言っても信じられないのは、勇者の特徴がないから。
(どうしてリアムには勇者の特徴がないんだろう……特に、瞳の色なんて誤魔化しようがないのに)
何度見ても、リアムの瞳の色は青だ。それがどうしても、ライラには解せない。
どこか楽しそうにデイミアンと打ち合うリアムを眺めながら、ライラはその理由を探した。
◆ ◆ ◆
デイミアンのところから、泊まっている仮住まいであるアパルトメントの部屋に戻り、ベッドの上で寛いでいると、左肩がズキンと痛み出した。
「つっ……! また……」
左肩を押さえて痛みを堪える。普段はローブで隠している左肩には、うっすらと黒い痣のようなものが浮かんでいる。それはなにかの紋様の途中であるかのようだった。
「うっ……まだ……まだ、大丈夫……」
そう自分に言い聞かせていると、痛みがすっと抜けていく。
完全に痛みが引くと、深く息を吐いた。
「……期限が、近いのかな……」
呟いた自分の声の弱々しさに、思わず苦笑する。
これは一部の者しか知らない話だが、聖女には魔王の呪いがかけられている。
数代前の聖女が聖属性魔法を完成させた。その時の魔王との戦いで、魔王は最後の力で聖女に呪いをかけたのだ。
その呪いは『魔物を誘き寄せる』というもの。呪いが発動したら、聖女はいつでもどこでも魔物たちに狙われ、追いかけられる──そういう呪いだ。
聖属性の魔法を使えば、その呪いの効果を弱めることはできるが、完全に打ち消すことはできない。
それでも、呪いの発動を遅らせることは可能だった。本来ならば生まれてすぐに発動するはずの呪いは、聖属性の魔法の効果によって魔王が完全に復活するまでは発動しないように、歴代の聖女たちが魔法をかけているのだ。
しかし、復活する毎に力を強めている魔王はその呪いですらも強化しているらしく、こうして時折呪いの発作のような症状が現れる。
呪いに対抗するように聖属性魔法が発動し、自身に合う杖を持たないライラは上手く聖属性魔法を制御できないため、そのたびに呪いの刻印のある肩に激痛が走る。
呪いが発動するのは魔王が復活する時。そうなれば、ライラはこうして町で暮らすことも叶わなくなる。それまでに勇者を見つけなくてはならない。
そして、発作が起こる間隔が短くなっている。恐らくこれは魔王の復活が近い証なのだろう。
「……そろそろ来るかな」
発作が起こると、ライラの近くに魔物たちが集まってくる。呪いの一端が漏れてしまうのだろう。だから、町に魔物が侵入する前に、魔物たちを殲滅しなくてはならない。
ライラは立ち上がり、ベッドの近くに置いてあった杖用のポシェットを身につける。杖の本数を確かめ、そっと部屋を出て町の外に向かう。
いつもならヴァージルに見つかってしまうのだが、今回は気づかれなかったようだ。それにほっとしながら、町の外に出たライラは、戦闘音が聞こえることに気づく。
魔物の雄叫びや断末魔も相次いで聞こえ、慌ててそこへ向かうと、その光景にライラは目を見開いた。
「え……なに、これ……」
おびただしい数の魔物の死骸が積まれていた。そして、その中心に一人の青年が立っていて、魔物の血を払うように剣を振るう。
そして、ゆっくりとライラの方を振り返り、顔を顰めた。
月明かりしかない薄暗い中で、相手の顔を確認するのは難しい。けれど、ライラにはそれが誰なのかすぐにわかった。
「リアム……なの?」
ライラの発した言葉が疑問形になってしまったのも、無理のないことだった。
なぜなら、リアムの瞳の色は青ではなく──ライラと同じ紫色をしていたのだから。
「……あぁ。戻っているのか」
リアムはライラの言葉に、平坦な声で答えた。そして剣をしまうと、ライラに近づく。
「聖女さまが来てくれるのなら、俺が出張る必要はなかったな」
皮肉げに笑うのは、いつものリアムのままだった。だが、暗闇でもわかるように、紫色の瞳がぼんやりと淡く光っている。
それに、ライラは覚えがある。魔物を退治した時、ライラの瞳も同じようになるのだ。気分が高揚した時も同じようになることがある。
「……その瞳の色は……?」
恐る恐る尋ねたライラに、リアムは眉を寄せた。
「……興奮すると、こうなるんだ」
「どうして隠していたの?」
「俺が生まれた時は青だった。だけど、物心つき始めた頃、癇癪を起こすと紫色になるようになった。俺の母親は弱い人だったから……そんな俺の変化を受け入れられなくて、得意だった光魔法で紫になっても元の青に見えるように周りを錯覚させた。母親が病気で死んでからは、自分で魔法をかけたりもしていたけど」
「……やっぱり、火の魔法以外も使えるんだね」
リアムはライラを見て、「さすがは聖女さまだな」と苦笑した。
「火の魔法以外は碌に使えない。だから、嘘は言ってないぜ? まあ、いずれあんたにはバレるだろうとは思っていたけど、まさかこんなに早くバレるとは、少し想定外だったな」
ため息を溢したリアムに、ライラは俯いた。
リアムはやっぱり勇者だった。それがわかって嬉しいはずなのに、ライラの心はちっとも晴れない。むしろ、知る前よりも曇っている気がする。
苦手な魔法を使ってまで、リアムは自身が勇者であることを隠そうとしていた。嫌がるリアムを無理に勇者にさせるのは、果たして正しいことなのだろうか。
ライラは生まれてすぐに王宮に引き取られた。物心ついた時には自分は聖女で、国を救う存在なのだと言い聞かされていて、それを嫌だと思うことも、疑うこともなかった。
だけど、リアムは違う。
「……まあ、バレちまったもんはしょうがない。あんたの望み通り、勇者になってやるよ」
「え……で、でも、リアムは勇者にはならないって……」
「……正直にいえば、もう少ししたら俺が勇者だと申告するつもりだった。魔王を倒さないと、みんな困るわけだしな。だけど、まだ少しやりたいことがあって、それが終わるまではと思っていただけだ」
「それはもういいの?」
「よくはない。できることなら、俺が勇者だと知らせるのはあと数日だけ待ってくれないか? あと少しで完成するんだ。それができたら、俺は勇者としてあんたについて行く。だから……頼む、あと少しだけ待ってくれ」
そう言って頭を下げたリアムを、ライラはじっと見る。
喜ぶべきだ。これでリアムと一緒にいられるのだから。嬉しいと感じるべきなのに、ライラの胸には、よくわからない罪悪感でいっぱいになった。
それらを必死に呑み込み、ライラはにこりと笑って頷く。
「……わかった。リアムのやりたいことが終わるまで、待ってる」
「……ありがとう」
ほっとしたようにお礼を言ったリアムに、ライラは首を横に振る。
「町に戻るか。……と、その前に」
リアムがパチンと指を鳴らすと同時に、魔物の死骸に火が灯る。それは一瞬で燃え尽き、灰になった。
「すごい……杖がなくて無詠唱なのに……」
「火の魔法だけだけどな、こんなことできるのは」
なんてことのないようにリアムは言うが、一属性だけであっても指を鳴らすだけで魔法を発動させ、対象のものだけを燃やし尽くすのは誰でもできることではない。むしろ、できるのはリアムくらいだろう。
「ほら、戻るぞ」
「あ、うん」
リアムに促されて、ライラは彼のあとに続いた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる