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 翌朝、ライラは目が覚めて、すっかりと習慣となってしまったリアムの元へ向かう。
 いつもなら躊躇せずにリアムの家に入るのに、今日はそのドアを握るのを躊躇ってしまう。
 そうしていると、ドアが開き、リアムが顔を出す。

「表に人の気配がすると思ったら……やっぱりあんたか」
「う、うん。おはよう、リアム」

 ぎこちなく笑って挨拶をするライラをリアムはじっと見つめ、そして「……入れよ」と中に促す。それにライラは目を丸くする。
 いつもは勝手に入って来るなと怒るのに、どういう風の吹き回しだろう。

 そう疑問に思いつつも、ライラは家の中に入ると、リアムはいつも通りに細工場に行き、剣を打つ準備をし出す。
 それをライラは邪魔にならないように、じっと見つめた。

「……なあ、勇者になったら、魔法も教えてもらえるのか?」

 突然リアムから話かけられ、ライラはビクリとする。いつもはライラが話しかけなければ喋らないのに。
 戸惑いながらも、ライラはその質問に答える。

「リアムが望めば教えてもらえるよ。わたしも教えられるし、ヴァージルも半分は教えてくれると思う」
「……あんたとジルに教わるのは嫌だな……」

 ぽつりと呟いたリアムに、ライラは目を丸くする。

「えっ、なんで?」
「……なんとなく。でもまあ、あんたたちに頼んないとならないんだろうな」

 なんとなくというだけで嫌がれて、ライラは悲しくなった。もっともらしい理由があれば……とも思ったが、それはそれでまた悲しい気もする。

「俺は今打っている剣を完成させたら、あんたらについていくよ」
「あ……前から造っていた?」
「ああ。これは親父からの最終試験でな。これで認めてもらえたら、俺の目標に一歩近づけるんだ」
「リアムの目標……?」

 こんなふうにリアムが自分のことを話してくれるのは初めてだった。嬉しい気持ちをぐっと堪えながら、問うとリアムは少しだけ恥ずかしそうにして答えた。

「……まあ、その……昔、約束をしたんだよ。俺が杖を作ってやるって」
「え? 杖?」

 杖を作るためには、彫金師が魔法石に特殊な刻印を刻む必要がある。しかし、それは剣鍛冶であるリアムの家とは扱う技術が違う。

「ガキの頃の話だから……武器ならなんでも家で造れると思っていたんだ。それで容易に約束しちまって……親父にそれを話したら、呆れられたよ。その時に親父と約束したんだ。親父の納得する剣を打つことができたら、知り合いの彫金師を紹介してくれるってな」
「そう、なんだ……」

 つまり、今リアムが打っている剣が完成して、モーガンを納得させることができたら、本来ならリアムは彫金師を紹介してもらえたということだ。

 しかし、リアムは勇者になることを決めた。だから、それは叶わなくなる、ということだ。

(それで……本当にいいの? リアムの目標を諦めてもいいのかな……?)

「その人は王都にいるらしいから、勇者するついでに教えてもらおうと……おい、聞いてるのか?」
「え……? あ、ごめんね。なんだっけ」

 うっかり考え込んでしまい、リアムの話を聞いていなかった。
 聞き返すと、リアムは呆れた顔をしたあと、じっとライラの顔を見る。

「なあ、あんた、もしかして──」
「ね、ねえ! モーガンさんはリアムの瞳のこと知っているの?」

 リアムと同時に話し出してしまい、ライラはしまったと思った。しかし、リアムの方は気にした様子はなく、普通に答えた。

「親父も知っていて黙ってくれていたんだ。俺の決心が固まるまではってな。……もしかして、それってなんかの罪になったりするのか?」

「どうかな……わたし、そういうの詳しくないから……ヴァージルなら知っていそうだけど」

「親父に迷惑をかけるのはな……」

 顔を顰めるリアムに、ライラはにこりと笑う。

「大丈夫だよ、きっと! モーガンさんに迷惑かからないようにわたしも神官長に言うし、アレックスにも頼むから!」

「……アレックス? もしかして、アレックス王子のことか?」

「うん、そう。アレックスはなにかとよくしてくれるの。きっとリアムとも仲良くなれるよ」

「へえ……」

 心なしかリアムの声音が低くなった気がして、ライラは首を傾げた。
 しかし、リアムはいつもと変わらない調子で剣を打ち出し、淡々とライラに言う。

「剣は明後日には完成する。そしたら、あんたと一緒に王都に行くから」
「……うん、わかった」

 へにゃりと笑ってライラは頷く。
 そして、剣を打ち出したリアムの邪魔にならないよう、少し離れたところからリアムの様子を眺める。
 カーン、カーンと金属を打つ音を聞きながら、ライラは本当にこれでいいのかと、何度も自分に問いかけた。


 
   ◆ ◆ ◆


   
「できた……!」

 リアムのその一言で、ぼんやりとしていたライラはハッとし、リアムに駆け寄る。
 リアムはできたばかりの剣を手にし、嬉しそうに笑っていた。

「これならきっと親父も……」
「これがリアムの造っていた剣? すごい、綺麗……!」

 群青色の剣身は清浄な雰囲気のあり、淡く光っているように見えた。それがとても綺麗で、まるで聖剣のようだとライラは思った。

「すごいね、リアム!」

 興奮してリアムを見あげると、リアムはあどけない表情をして、どこか誇らしげに笑う。その笑顔に、ライラの胸がどきんと大きく高鳴った。

「これで心置きなくあんたについていけるよ」

 清々しい笑顔を浮かべながら言ったリアムの言葉に、ライラの表情が強ばる。
 それにリアムが不審そうな顔をし、ライラは慌てて笑顔を浮かべた。

「そうだね! ちゃんと町の皆さんにお別れしないとね」
「あ、ああ……そうだな」
「そういえば今日の夜、ケイトさんの家でお別れ会を開いてくれるんだって。楽しみだね」
「ああ……」

 ニコニコとして言ったライラをリアムは戸惑った顔をして見つめる。そんなリアムに対し、ライラは笑顔を浮かべたまま、「そうだ!」と言う。

「ねえ、リアム。その剣、貸して?」
「……なにする気だ?」

 疑わしそうにするリアムに、ライラは心外だといわんばかりに顔を顰める。

「剣を壊したりなんてしないから、貸して!」
「……まあ、いいけど」

 疑わしそうな顔のまま、リアムはライラにできたばかりの剣を差し出す。
 それをライラは片手で受け取ろうとし、想定外の重さに剣を落としそうになって、慌てて両手で柄を持つ。

「おもっ……!」
「そりゃあ、金属でできてるからな」

 なんでもないことのように言うリアムにライラは少しだけ恨みがましい目を向けたあと、しっかりと両手で持って、目を瞑る。

(大丈夫。できる……リアムのためだもん。絶対できる!)

 そう自分に言い聞かせて、ライラは小さく呟く。
 それは歌だった。聖属性魔法は歌を使って発動する魔法。歌いながら、精密な魔力操作をして、魔法を編む。

 聖女は勇者に恋をする。それは定められたことで、その恋心が聖属性魔法の源であると数代前の聖女は断言した。そしてそのことを知るのは聖女だけ。それは聖女になった者だけの秘密だ。

 リアムが無事でいられますように──そんな願いを込めて歌い、剣に魔法をかける。
 ライラは魔力の制御が苦手だ。だけど、リアムのためならその苦手ですら克服できる気がした。

 歌い終わると、剣がうっすらと発光し、聖属性魔法が上手くいったことを示す。
 ほっとしてリアムに剣を返そうとすると、ぐらりと視界が歪んだ。

 杖を使わなかった反動だ。聖属性魔法は通常の魔法よりも多くの魔力が必要になる。そのため、数代前の聖女が聖属性魔法を完成させるまでは、聖女の命と引き換えに発動させていたのだという。
 倒れる、と思った時、逞しい腕に支えられた。

「あっぶな……! 急にどうしたんだよ?」

 顔をあげると、リアムの整った顔がすぐ近くにあり、ライラは驚いて、慌てて顔を下に向ける。

「ちょ、ちょっと目眩がしただけだから、大丈夫」
「……なんか顔が赤いけど、熱があるんじゃないか」

 そう言ってライラの額にリアムの大きな手が触れる。それにライラはさらに顔を赤くした。

「熱はないみたいだな」
「だっ、だから大丈夫って言ったでしょ?」

 ライラは慌ててリアムから離れて、剣を渡す。

「はいっ、これ。聖女の加護? みたいなのかけたから、魔物倒す時はこれを使ってね」
「は……? そんなことしていいのかよ?」
「いいの! リアムはわたしの……」

 勇者なんだから、という言葉をライラは呑み込んだ。
 そんなライラをリアムは不審そうに見つめる。

「おい……? なんか今日変だぞ?」
「気のせいだって。その剣、モーガンさんに認めてもらえるといいね」

 ライラはにこっと笑うと、「じゃあわたし、家に戻るから」とリアムに背を向けて駆け出す。
 そんなライラをリアムは引き留めようとしたが、その手をライラはすり抜けた。

「あいつ……本当にどうしたんだ?」

 戸惑ったリアムだけが、その場に残った。
 
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