わたしの理想の王子さま~婚約破棄騒動から始まる災難の日々~

増田みりん(旧みりんこ)

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第2話 幼馴染みが行方不明になりました

ep.9

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 わたしはその後、王宮の客間をお借りすることになった。
 必要な物はあとから父さまたちが持ってきてくれることになっている。

 王宮の客間は当然だけれど、うちのどの部屋よりも立派で、高級そうな物がいっぱいだった。
 だからどこか落ち着かなくて、そわそわしてしまう。
 わたしは部屋の中をぐるぐる周ったあと、部屋の真ん中にある椅子に腰かけた。

 一気にいろんなことが起こりすぎて、わたしにはなにがなんだかさっぱりわからない。
 エリクが行方不明なのも今日初めて知ったことだった。父さまは知っていたみたいだけれど、なんでわたしに教えてくれなかったのかな。

 そんなことよりもエリクだ。
 エリクは無事だよね? 王太子さまが必ず見つけ出してくれるってお約束してくれたから、大丈夫だよね。

 ……正直なところ、エリクが窃盗団に捕まるなんて信じられないでいる。
 エリクはそんなに警戒心が薄い方ではないはずだし、易々と捕まるなんてことないと思う。
 エリクはとても頭が良い。だから、こうなる可能性をきちんと考えていたはずだ。
 そして、どうにかして逃げる算段を立てているはず。

〝はず〟ばっかりなのが情けない。
 結局のところ、わたしにできるのはエリクを信じて待つことだけだ。

 大丈夫。エリクなら、きっと大丈夫。
 わたしを助けてくれたときみたいに、悪いやつらを倒して、なんでもない顔をしてわたしの前に現れる。きっとそうだ、そうに違いない。
 見た目によらず、エリクは強いみたいだし。
 エリクいつの間に鍛えていたのかな。読書ばかりしている姿しか見たことないから、エリクがあんなに強いだなんて思わなかったな。

 あっという間にわたしを助けてくれて。
 あのときのエリクは本当に格好良くて、わたしは心から安心できた。

「……早く帰ってきて、エリク……」

 小さく呟いたわたしの声がとても情けなくて、これではエリクにバカにされる、と小さく苦笑した。

「──ボクが助けてあげようか?」

 突然、部屋の中に知らない声が響いて、わたしは身を強ばらせる。
 この部屋にはわたししかいなかったはず。そして外には警護にあたる騎士がいるはずなのに、どうやって侵入したの?
 あれ……そういえばこの声、どこかで聞いたことがあるような……?

 いや、それよりも、今は助けを呼ぶ方が先!
 わたしは大声をあげようと、口を大きく開く。
 しかし、声を出す前に背後に回られて、その口を手で塞がれ、手足の身動きも封じられる。

「はいはい、騒がないでね、リディアーヌ嬢?」
「ん~! んんん!!」
「いやあ、また捕まるのはちょっとまずいからさ。それに、キミに危害を加える気はボクには一切ないから。ねえ、信じてくれるよね?」
「ん~ん~!!」

 信じられるか! と言いたいけれど、口を塞がれているせいで言葉にならない。

「あ、そっか。ボクの顔が見えないから信用できないんだね? そりゃそうだよね。うんうん、わかった。前に回るよ」

 そう言ってその人物はわたしの口を塞いだまま、器用に前に回り、にっこりと笑う。
 わたしはその顔に見覚えがあり、目をまん丸くした。

「こんにちは。数ヵ月ぶりだね、リディアーヌ嬢? こんな無粋な格好だけど、許してね」

 そう言って笑ったのは──ロズリーヌ改め、黒装束に身を包んだ窃盗団の幹部の少年だった。
 歳はわたしと同じか、それよりも少し下くらい。
 中性的な顔立ちの上に、とても整った顔をしているから、彼の女装に違和感を抱く者がいなかったのだろう。背丈だって、わたしより少し高いくらいだもの。
 だけど、女装をしていなければ少年にしか見えないのが不思議だ。

「ああ、思い出してくれたみたいだね。良かった、忘れられていたらどうしようかと思ったよ」
「……」

 暴れるのをやめ、ただ睨むわたしに、彼はにこにこと語りかける。

「ボクのこと忘れられていたら、キミと取り引きができないからね」

 取り引き? と疑問に思ったのが彼にも伝わったらしく、彼はにやりと笑う。

「そう、取り引きだ。簡単な話さ。ボクがキミの王子さま──エリク王子を助け出してあげる。その代わり、ボクをキミの家で雇ってほしい」

 彼を、わたしの家で雇う?
 窃盗団の幹部である彼を?

 なにをバカな、と一蹴しようにも、未だに口は塞がれたままだからできない。

「悪くない話だと思わない? ボクはエリク王子の居場所を知っている。エリク王子が救い出したあと、彼を再び捕まえないように手配をすることもボクなら可能だ。その代償はキミをボクの家で雇うこと。なに、安心してよ。キミの家で悪さを働くことはしないし、キミの家の物を盗むこともしないさ。キミはただ、ボクを傍に置いてくれるだけでいい」

 ね、悪くない話でしょう?
 と、彼は蠱惑的な笑みを浮かべて言う。

 確かに彼の話は悪くないとは、思う。
 彼の言っていることが本当なら、彼がわたしの家に悪さを働くことはないわけだから、わたしの家に実害が出ることもないだろう。
 だけど、彼がわたしの家に悪さをしないにしても、他の家に悪さをしたら?
 そしたら、きっと彼を雇っているわたしの家に責任が問われる。

 こんな大事なこと、わたしの一存で決められるわけがない。
 わたし一人の問題なら別にいい。けれど、これは家族にも迷惑がかかるかもしれない話だ。

「やっぱり信じられない? 誓ってボクはキミに不利益になるようなことはしない。キミに迷惑は絶対かけない。だから……ボクのこと、傍に置いてよ」

 まるで捨てられた子犬のような目をして言う彼に、わたしの心は揺さぶられる。
 こんなのずるい……! こういう目をしたらわたしが断りにくくなるってわかっているに違いない。確信犯ってやつだ!

 そうわかっているのに断れないわたしは、甘いのだろう。良いカモってわたしのことを言うのかな……。
 ……いいもん。エリクを助けてもらったら、エリクに相談してなんとかするんだから。
 エリク頼みになってしまうのが我ながらなんとも情けないけれど、わたしはあまり頭が良い方じゃないし、この状況では彼に逆らうのは得策ではないはず。
 だから、彼の取り引きに応じるのは仕方のないことなんだ。

 わたしは自分にそう言い聞かせて、こくりと頷いてみせた。
 すると彼はパッと顔を輝かせる。

「良かった! これで手荒な真似はせずに済んだ。ボク、あまりそういうの得意じゃないんだよね」

 にこにこと言つつ、彼がわたしを解放する気配はない。
 というか、断ったら手荒な真似する気だったってこと? わたし、やっぱり判断を間違えたんじゃ……。

 少しだけ後悔していると、「ああ、ごめんごめん。キミを解放するの忘れてた」と可愛らしく笑って彼はわたしから手を離す。
 ほっと安堵したけれど、まだ安心するのは早い。
 彼にはいろいろと聞かないといけないことがあるのだから。

「……あなたに聞きたいことがある」
「うんうん。答えられることなら答えるよ」

 にこにこと笑みを崩さずに彼は言う。
 まずはなにを聞こうか。本当に聞きたいことはいっぱいあるのだけど、やっぱりこれが大事だよね。

「まず聞きたいのは──あなたのお名前は?」
「……は?」

 彼はにこにことしていた顔を崩し、ポカンとした顔をした。
 彼の崩れない笑顔に腹が立っていたからちょっとスッキリしたけれど、そんなに驚くようなこと?
 名前ってすごく大事だと思う。名前がわからないとなんて呼べばいいのかもわからないし。

「……他に聞くべきことがあると思うんだけど」
「それはもちろんそうだけれど、あなたのお名前を知らないとなんて呼べばいいのかわからないじゃない。それとも、ロズリーヌって呼べばいいの?」
「あれは偽名だから……」
「では、あなたのお名前を教えて」

 そう言ったわたしに、彼は渋い顔をした。
 そんなにわたしに名前を教えたくないの? それほど彼にとって名前は言いたくないことなの?
 彼はしばらく黙り込んたのち、わたしが諦めないとわかったのか、観念したような顔をしてボソリと答えた。

「……ボクに名前なんてないよ」
「え……?」
「ボクに名前なんてない。キミが好きなように呼ぶといいさ」

 どこか虚ろな目をして答えた彼に、わたしは戸惑った。
 名前がない……? いったいどういうこと? そもそも、そんな人がいるなんて、まったく考えたことがなかった……。

 彼がどういう生い立ちで、どんな事情を抱えているのかはわたしにはわからない。
 名前がないって言うのも、本当なのか嘘なのか、それすらわたしには判断がつかない。だって、彼とはまだ知り合ったばかりで、なにも知らないんだもの。

 謝った方がいいのか、それとも流した方がいいのかすらわからない。
 だから、わたしができることを精一杯やらなくちゃ。

「……ユーグ」
「は?」
「あなたの名前はこれからユーグよ。心のままに、魂のままにあなたがこれから先歩いていけるように」
「……」

 彼の目をまっすぐ見て言ったわたしに対し、彼は目をまんまるくした。
 そして小さく「……ユーグ……」と呟き、なぜか泣きそうな顔をした。
 しかしその顔はすぐに俯いて見えなくなって、顔をあげると、余裕の笑みを浮かべていた。

「じゃあ、ボクは今日から〝ユーグ〟だ。改めて、よろしくね、リディアーヌ嬢」
「リディでいいわ。本当はよろしくなんてしたくないけれど……エリクのためだもの。エリクを絶対助けてね、ユーグ」
「もちろん。ボクの名前に賭けて、必ずキミの王子さまを助け出してみせる」

 そう言ったユーグの顔はどこか誇らしげで、どうやらわたしが咄嗟に考えた名前を気に入ってくれたらしい。
 わたしは頷き、差し出してきたユーグの手をしっかりと握った。
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