わたしの理想の王子さま~婚約破棄騒動から始まる災難の日々~

増田みりん(旧みりんこ)

文字の大きさ
33 / 41
第3話 婚約者ができました?

ep.32

しおりを挟む

 あのあと、少ししてエリクは帰ってきて、何事もなかった顔をして、いつものように本を読み出した。
 そんなエリクに反し、わたしはやたらとそわそわしてしまって、意味もなく手を弄り、チラチラとエリクの様子を窺ってしまう。

 聞けばいいんだ。さっきの言葉の意味はなに? って。そんなこと、わかっている。
 でも、それを聞いてしまったら、今のような気安い関係ではいられなくなる気がする。

 なにかが決定的に変わってしまうような──そんな予感がして。そして、その変化をわたしは恐いと思ってしまっている。

 おかしいな……わたし、こんなに臆病じゃないはずなのに。どうしてエリクとの関係の変化を恐れているのだろう。それがわからない限り、きっとあの台詞の意味を聞くことはできないのだと思う。

 ……というか、わたしにあんなことしておいて、どうしてエリクはいつも通りなの。もっと挙動不審になって、わたしの様子を窺うくらいの可愛さを持ってほしい。あんなことしたくせに……!

 ああ……思い出すだけで顔から火が出そう。
 唇のほんのすぐ横に、未だにエリクの唇の感触が残っている気がする。

 そもそも、なんでわたしだけこんなに意識しているの。悪いことなんてしていないはずなのに。やった本人はまったく気にしていなくて、やられた側がこんなに精神的に追い詰められるなんて、理不尽だ!

 段々と腹が立ってきたわたしがエリクを睨んでいると、黒装束のユーグがどこからともなく現れた。

「はあー、疲れたー……」

 ユーグはドカッとわたしの隣にお行儀悪く座る。

「どこ行っていたの?」
「んー……ちょっとね」

 ヘラッと笑ってユーグは言葉を濁す。
 ふーん……そう。わたしに言えないようなところに行っていたのか、もしくは言えないようなことをしていたのかのどちらなのだろう。

 別にいいけど。知ったらなんか後悔しそうだし。
 でもちょっとモヤッとはする。きっとエリクには話をするんだろうし。

 ということは……わたしはお邪魔ってこと?
 なんか、それはそれで腹立つな。

 ちょっとムカムカしてきたのと、二人の邪魔にならないように気を遣ってあげよう思い、立ち上がる。

「わたし、ちょっと向こうの部屋にいるね」
「……へ? なんで?」

 きょとんとした顔をするユーグに、わたしはにっこりとする。

「ちょっと一人になりたいから」

 そう言って、ユーグに残りのお菓子を食べてと言い残して、ベッドのある部屋に行く。
 エリクはわたしを引き止めるわけでもなく、いつもと同じように本を読んでいた。

 ……別にいいんだけど。引き止めてほしいわけではないし。だけど……なんだろう。少しだけモヤっとしてしまう。

 隣の寝室に入って、ベッドに腰かける。
 ぼんやりとレースのカーテン越しに空を見あげると、ため息が溢れた。

 ……最近のわたしは、本当に変。
 どうしてこんなに心乱されるのだろう。相手はあのエリクなのに。家族みたいな、あのエリクなのに。

 ──ぼくはリディのことを家族だとは思えないけど、大切な女の子だとは思っている。

 その台詞はまるで──エリクがわたしのことを好きみたいに思える。
 そんなこと、ある? あのエリクが、わたしを?

「ないない。それは、ない」

 声に出すと少しだけ気が晴れた。
 だけど、すぐに心の声が聞こえる。

 ──本当に? じゃあ、どうしてキスされそうになったの?

 知らない。そんなの、わたしがわかるわけがない。だってわたしはエリクじゃないもの。理由なんて、わかるわけがない。

 ──本当にわからないの? 誤魔化していない?

 ……誤魔化す? なにから?
 なにを誤魔化しているというの。

 ──いつか後悔しても知らないからね。

 なにを後悔すると言うんだろう。
 というか、わかっているなら教えてくれればいいのに。自分の心の声ながら、本当に意地悪だわ!

「……ディ……リディ、そろそろ起きなよ」

 体を揺さぶられて目を開けると、メイド服に身を包んだユーグが呆れた顔をしてわたしを見下ろしていた。

「もうすぐ夕飯だよ? ほら、シャキッとして」
「ユーグ……? あれ。わたし……」
「一人になりたいってこの部屋に入って、いつまで経っても出てこないから様子を見に来たら、キミが眠りこけていたんだよ。覚えてる?」
「……覚えているわ」

 むくりと起き上がると、ユーグはため息を溢す。

「……ねえ、王子サマとなにかあったわけ?」
「……え? どうして?」

 どきりとしながら答えると、ユーグは怪しむようにわたしをじっと見つめた。

「ボクの勘。……あと、なんか二人の様子がおかしいし。ボクさ、キミと王子サマのやりとり、結構気に入っているんだよね。見ていて楽しいし。なにがあったのかは知らないけどさ、仲直りするなら早めにした方が楽だよ」
「……ご忠告、どうもありがとう。でも、別にエリクと喧嘩したわけではないから、ユーグの気にしすぎよ」

 本当のことだ。エリクとは喧嘩なんてしていない。ちょっと気まずいだけ。
 エリクはいつも通りだし、寝るつもりはなかったけれど、いつの間にか眠っていたから、もういつものわたしだ。モヤっとしたことは寝たら忘れるのがわたしなんだから。結果オーライというやつだ。

「ふーん……なら、いいんだけど」

 ユーグはそう言ったものの、まだ疑っているようだった。
 ここはいつも通りであることを示さなくては!

 部屋を出て、いつも通りにエリクに話しかけようと、意気込んで部屋を出た。
 なのに……エリクの顔を見た途端、ぶわっと顔が熱くなって、わたしは慌てて俯いた。

 な、なんなの……なんでわたし、こんな顔が熱くなって……相手はエリクなのに。緊張なんて、する必要はないのに……。

 斜め後ろから疑わしげな視線を感じ、ハッとする。
 いけない。ユーグにいつも通りであることを示すんだった。

「ご、ごめんなさい。わたし、うっかり寝ちゃったみたいで!」
「……そう」

 笑顔で話しかけたのに、エリクは本から視線をあげずに素っ気ない返事をする。
 いつもならムッとするところだけど、今はすごくありがたい。

 ユーグとはちゃんと話せるのに、エリクとはまともに目を合わすこともできない。
 それについてエリクがなにも触れてこないのをいいことに、わたしはその日、エリクの顔をまともに見ることも、会話らしい会話をすることなくベッドに潜った。

 少し体を動かせばエリクと触れられる距離にいるのに、いつになくエリクと離れている気がした。
 物理的な距離は、旅行に出る前よりもずっとちかいのに、エリクがすごく遠くに感じる。

 そして、わたしは旅行に来て、初めて「寂しい」と感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...