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第3話 婚約者ができました?
ep.33
しおりを挟むその日、わたしはユーグと王宮の侍女たちによってもみくちゃにされた。
夜会に参加するために、日が高いうちからお風呂に入り、なんだかよくわからない美容にいい液体を身体中に塗りたくられ、マッサージをされる。
夜会に出るだけなのに、こんなの必要?
そう、聞きたかったのだけど、ユーグ率いる侍女集団の圧がすごくて、とても聞けなかった……。
こんなに気合いを入れても、見てくれる人なんていないのに……時間の無駄じゃないのかな。
なんて、悲観的に思ってしまうのはきっと心が弱っている証拠なんだろう。
こんな気持ちのまま、エリクの婚約者として夜会に出ても大丈夫なのか、正直不安だ。
だけど、この夜会に出ることが旅行に連れて行ってもらう条件だったのだから、不安でも心配でもエリクの婚約者らしく振る舞うしかない。
だって、それがエリクとの約束だもの。破るわけにはいかない。
これでもか! というくらいコルセットを締められて、いつもよりも格段に時間をかけて化粧と髪をまとめてもらい、仕上がったのは夜会が始まるほんの少し前だった。
別段わたしはなにもしていないのだけど、なんだかすごく疲れた……着付けだけで二時間くらいかけているのだから、なにもしていなくても疲れて当然だ。
ユーグを初めとする侍女の皆さんはとても清々しい顔をしている。仕事やりきった! っていう雰囲気がすごく出てる。お疲れ様です……。
夜会の時間になってわたしはエリクの元へ向かう。
正装したエリクはやっぱり王子さまそのもので、見た目だけならわたしの理想の王子さまそのものなのになあ、なんて思ってハッとする。
わ、わたし、なに考えているんだろう……⁉︎
エリクが理想の王子さまなわけないのに。どこからそんな考えが出たんだろう。まったくもって謎だ。
そんなことを思ってしまったために、気まずいのがさらに気まずく感じて、気絶したいと心から思った。
まあ、そんなことできないんだけどね! やったらエリクにあとでネチネチ怒られるだろうし!
スーハーと深呼吸をしていると、エリクがわたしに気づく。
そして、わたしを見てふわりと微笑んだ。
「綺麗だね」
そのエリクの笑顔と言葉に、わたしの心臓がバクンバクンと暴れ出した。
慌てて俯いたけれど、きっと顔が赤くなっているのはエリクからは丸見えだろう。
「ユーグたちが頑張ったのがすごくよくわかる」
「……へ?」
顔をあげると、エリクはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。
いつも通りのエリクに、少しだけほっとする。
嬉しくてニヤけそうになるのを堪えて、ぎゅっと眉を寄せて怒るふりをしてみせる。
「わたしも頑張ったのよ!」
「へえ。なにを頑張ったわけ?」
ユーグたちにされるがままになっていただけでしょ、とエリクの目が語る。
そんなエリクにフン! っと顔を反らす。
「支度してもらうのだって大変なのよ。まあ、男の人には一生わからないのでしょうけれど」
本当の本当に大変だったんだから!
夜会のたびにあんなの繰り返さないといけないんだから、貴族令嬢たちの忍耐力は素晴らしい。
わたしはいつもあそこまでやらないから、もう少し楽なのだけど。
「へえ、そういうものなの?」
「そういうものなの!」
怒ったふりをするのも大変だ。少し気を緩めると顔がニヤけちゃうのだもの。
エリクとまた以前のように話せるのが嬉しい。
でも、ちょっとだけ胸がずきんとする。
あの時のことなんてなかったかのように振る舞うエリクに、ほんの少しだけモヤっとしてしまう。
わたしは自分の気持ちがわからなくて困っているというのに、その原因を作った本人は普段とまったく変わらないなんて。
わたしの我儘なんだとは、わかっている。
けれど、これが正直なわたしの気持ち。
わたしはいったい、エリクにどうしてほしいのだろう。それがわからない。わからないから、困っている。
「……そろそろ行こうか」
「え、あ……う、うん」
ぎこちなく返事をすると、エリクが不思議そうな顔をする。
「もしかして……緊張している?」
「な、なんのこと?」
惚けてみせようとも、十年の付き合いになるエリクには通用しない。
こういうとき、幼なじみってすごく厄介だと思う。
「大丈夫、リディはいつも通りにしていれば。僕がずっと傍にいるから」
ね、と笑うエリクに、胸がドキドキと高鳴る。
なんでこんなにドキドキしているんだろう。相手はあのエリクなのに。本当に、自分で自分がよくわからない。
「今夜はきみが僕のお姫さまなんだから、ちゃんと守ってあげる」
行こう、と手を引いたエリクに続いて歩く。
……僕のお姫さま。
今夜限りのものだとしても、そう言われると胸がときめいてしまう。
きっと、これは魔法なんだ。夜会にかけられた、今夜だけの魔法。
だからわたしはこんなにドキドキしているし、エリクがいつもよりもキラキラして見える。そう考えれば納得だ。
──この魔法が一生解けなければいいのに。
そう思ったのも、きっと魔法のせいなんだろう。
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