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一、蕾

一、蕾 ⑲

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 一日が過ぎた。朝からベットにひたすら眠って、偶に起こされてトイレまで連れて行ってもらったり、食事を食べたりする。
 彼が作ったというピザや、ハンバーグといった素朴なメニューは、今まで家族と食事をしたことがない僕には新鮮だった。
「家族と食事をしたことがないの?」
 幸せな家出育ったアルファには僕の家庭環境は異常だったようだ。そこまで露骨に驚かれるのも不快で、彼の目も見ずに、ハンバーグを眺めた。

「まあ。僕がオメガと分かってから祖母に引き取られて。それまで両親は祖母の貯蓄で生活してたから定職についていなかったし。両親と住んでいた時はコンビニのお弁当とか。祖母と住んでいた時は、栄養剤とか花とか、栄養重視の薬ばかり」
「それは菫さんも?」
「祖母は食事制限されてるとかで、僕よりも食べてなかったかも」
 竜仁さんは祖母を知っているのか名前で呼ぶ。親しいのか聞いたら、数回しか会ったことがないというから矛盾を感じる。
「じゃあ、おしゃべりしながら私と食べてほしい。君に必要なものは、花でも栄養剤でもないんだよ」
 まるで植えられた花みたいな扱いは嫌だなって本当に傷ついた顔で僕を見た。
 それってちょっとおかしいんじゃないかな。僕が傷ついていないんだから、他人の彼が傷つく必要はないのに。
 子ども時代のことは辛いとは思っていないよ。
 それよりも花の力であしらえると思っていたのに、屈服させられているこの今の方が悔しい。
 もっと憎んで、もっと殺したいほど殺伐とすると思っていたのに。
 目の前の彼が、僕のことを聞いてくることにそれほど殺意は湧かない。
 あんなに無理やり番にされたのに、なぜか嫌悪感は余りでない。
 彼の仕草は上品で気品があるし、初めてのセックス以降は乱暴にされることがなかった。
 それにテーブルの上に置かれた宝石箱の中の宝石みたいに、彼は僕を大切に扱う。
 きっとこの花の匂いを纏った僕に、彼は少しだけ酔っていて、運命だってのぼせているだけ。これは恋愛感情じゃないと思うんだ。
 だから花の匂いに操られた彼を少しだけ哀れに思う。気を失うぐらい強く操られた方がきっと楽なのだから。

 彼が僕の花の効力を無効化するよりも、ゆっくりと花の毒に侵されていく方が速いんじゃないかなって思う。
 たった数日セックスしたって、運命の番になったって。
 二十年近く花を食べてきた僕には、効果はないはずだからね。
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