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二、開花

二、開花 ⑰

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「普通ですよ。アルファに効果がない観賞用の花は。どうでもいいが正解かな」
 花のプレゼントは普通は喜ぶものなのか。
 人からプレゼントというのも初めてだから、複雑だ。
 複雑な感情を感じている相手からの贈り物か。
 ご機嫌取りなら失敗だとは思う。
 嬉しいと思う感情は浮かんでこなかったので。

「普段はフルーツなんだけど、今日は天気も良く花が綺麗だったそうだ」

 フルーツ目当てで車を寄せて、花だったがせっかくだったので花を買ったそうだ。
 その花に苦しめられている僕に、愛でるだけの綺麗な花もあると暗に教えてくれているのかもしれない。
「前が見えない。後ろに置いていいですか」
「少し窓を開けていいよ。ここから有栖川家の土地だ。気兼ねしなくていい」

 窓を開けて窮屈そうだった花束が顔を出すと、風に乗って花びらが散っていく。
 赤。白。紫。黄色。
 様々な色の花びらが道路に落ちていく。それがなんだか勿体なくて、窓を閉めた。
「綺麗なのに、飾る前に散ってしまうのは悲しいかな」
 窮屈を選択したら、手が伸びてきて頭を撫でられた。それは子ども扱いすぎじゃないのかな。

「……目が腫れてるね」
 今更気づいたのか。いや、シーツで顔を隠していたから仕方ないか。
「不細工でしょ。貴方が止めてくれたらここまで腫れなかったけどね」

 厭味ったらしい毒を吐く。
 色とりどりの綺麗な花束が、毒に侵されそうで言った自分も嫌な気持ちになった。
 
 彼を見ると、僕の腫れた目を苦し気に見ている。

「昨夜の僕は、結構本気で懇願したんですけど」
 被害者のように苦し気な表情をするので、許せずに毒を吐く。

 この毒もアルファに効くのか。
 それとも彼だから効くのだろうか。

「でも治療なんだから謝る必要はないよね。あんなに止めてって伝えても止めなかったのに今更良心なんていらないでしょ」
 綺麗な花束。
 そして対照的な自分に嫌気がさした。
 今日は今日で、違う吐き気がする。
「そうだね。謝るのは私のエゴだろうね」
 傷ついたように微笑んだあと、彼は前を向いて運転に専念することにしたらしい。

 僕は青臭い花の匂いを嗅ぎながら、自己嫌悪で窒息しそうだった。


***
 
 潮の香りが近づく。
 海岸へのゲートのパスワードを入力しゲートが開くと、太陽の光に煌めくコバルトブルーの海が広がっていた。
 テトラポットで囲まれた場所では船やカヌーが置かれている。もっと先には何隻も船が並んでいる。
 ここが全て有栖川家の所有地なのだと呆然としていると、ドアを開けられた。そして花束から黄色の花を一輪抜き、耳にかけてきた。

「蜂蜜の匂いを漂わせ、幸せを引き寄せる花だと花売りが言っていました。花言葉は夢叶う。君の未来が幸せで溢れるように」
「気障ですね。貴方に会ってから僕の未来はさらに不安しかないというのに」

 車の窓で自分の顔を見る。花をつけた自分を見て笑ってやるつもりだったが、自分が信じられないぐらい真っ赤になっているのを見て驚いてしまう。
 僕、こんな顔をしていたんだっけ。こんなふうに気持ちが顔に浮かんでしまっているなんて。
「お、貝殻もあります」
 僕の肩を抱きかかえるように歩き出すので、一緒につられて歩く。潮の香りは何年も嗅いだことがないように思えた。
 竜仁さんの大きな手を、広げたぐらいの大きな貝殻。

 こんな貝殻、初めて見た。

「貝殻の中に、波の音が閉じ込められているって知ってますか」
「そんなはすないよ」
 笑い飛ばした僕の耳に、貝殻を当てた。
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