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二、開花

二、開花 ⑯

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高級車に僕は毛布で身体を包み、手には栄養ドリンク。
竜仁さんはサングラスに、こんなときでもスーツ。翡翠色の瞳には、日の光が眩しいようだ。
無言だった僕に何も話しかける様子もなく、BGMに携帯から音楽を再生させた。

「そういえば、SNSで拡散するとか言っていなかったっけ」
「……祖母の形見を全て回収したら、あるアルファに監禁レイプされたって言ってやりますよ」
「面白そうだね。分家がその発言をどう握りつぶそうと動き回るだろうか」

 本家ではなく分家が動き回るのか。本家へのご機嫌取りなのかな。金持ちは金持ちの悩みがあるのかな。
 車は高速に入り、山の中を走って行く。
「うちは財産価値もない山を山ほど所有していて、あ、ギャグみたいですね。で、その山がほぼ高速道路が建設されるときに高く売れちゃったり、栄えて土地の価値が上がったり。運だけでのし上がってきた成金なんです。だから本家とか分家みたいに、本来は上も下もなにもないんです」
 綺麗ごとだと思う。僕みたいな底辺のオメガから言えば、夢物語だ。彼みたいに権力も地位も行動力もある人間が言うから説得力が生まれるのだと思う。
 高速を降りて目指す場所は、有栖川家が所有する海岸らしい。山だけじゃなく海も持っているなら、次は空ですか、と聞いたら面白いと微笑む。
 僕に理不尽なことをしているくせに、綺麗に笑う人だな。
「僕は、自分の相手の悪いところばかり探っちゃう性格が嫌いなんですが、竜仁さんの理想は綺麗過ぎて好きですね」
「お、ちょっと失礼」
 ……今、ちょっとだけ褒めようと思ったのにこれだ。結局自分本位なだけじゃないのか。車を道路の端に寄せると、手押し車で花を売る老婆の姿があった。僕は車から降りずに様子だけ窓から見ていると、溢れんばかりの花束を両手で持って窓をノックする。

「昨晩の詫びです。食べられない花は嫌い?」
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