奴隷魔族の私に、幸せは訪れない〜救いを求めた少女が、世界の敵になるまで〜

鹿の子

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盗賊団

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光に焼かれた網膜の痛みは、物理的な苦痛を超えて、魂そのものを灼くような屈辱の烙印であった。

ボルコフは、ぬかるんだ森の道を、手探りで、千鳥足で進んでいた。

瞼の裏に焼き付いたあの純白の閃光は、今もなお幻覚のように明滅し、彼の視界を歪んだ万華鏡に変えている。

木々の根に何度もつまずき、泥に膝をつくたびに、口汚い罵りが彼の唇から漏れた。

「くそっ……あの女狐……!」

彼の後ろからは、同じように視力を奪われた手下たちの、呻き声とめくら滅法に枝葉をかき分ける音が続く。

彼らがようやくたどり着いたのは、苔むした石壁と崩れかけた監視塔が残る、古い砦の跡地だった。

そこが、このサラス近郊一帯を縄張りとする盗賊団「鉄牙」の一翼を担う、彼らのアジトであった。

ボルコフが、もつれる足でアジトの中庭に転がり込むと、焚き火を囲んで酒を飲んでいた数人の男たちが、一斉に彼に注目した。

その視線には、労いではなく、好奇と侮蔑の色が混じっていた。

「おいおい、なんだその様は、ボルコフ隊長。昼間っから泥んこ遊びかい?」

焚き火の傍らで剣の手入れをしていた、痩身で鷲鼻の男――ガストンが、にやにやと笑いながら声をかけた。

彼の言葉を皮切りに、他の男たちからも、抑えきれない嘲笑が漏れ始める。

「獲物もなしに、手ぶらでご帰還か?」

「見ろよ、あいつら、揃いも揃って目が真っ赤だぜ。女にでも泣かされたか?」

ガストンの言葉は、一本一本が毒を塗られた針のように、ボルコフの千切れかけたプライドに突き刺さった。

彼は、まだ完全に回復しない視界で、ガストンの歪んだ顔を睨みつけた。

「黙れ……てめえら……」

「黙れ、だと? 聞こえねえな。獲物はどうしたんだって聞いてんだよ。まさか、たかが乗り合い馬車一台、仕留め損なったわけじゃあるまいな?」

ガストンはわざとらしく立ち上がると、ボルコフの前に回り込み、その顔を覗き込んだ。

「ああ? まさか、本当に? あの馬車には、上等な女が二人乗ってたはずだぜ。あの銀髪の小娘なんざ、高く売れただろうによ。それを、手ぶらで、この無様な姿で逃げ帰ってきたってのか?」

ボルコフの顔が、怒りと屈辱で紫色に染まっていく。

「……あの馬車には、司祭がいたんだ。光の魔法を使う、厄介な女が……」

「司祭だと?」

ガストンは、腹を抱えて大笑いした。

他の男たちも、それに同調して下品な笑い声を上げる。

「はっ! 覚醒級のお前らが、五人がかりで、たかが魔導級の女司祭一人に追い払われたってのか! こいつは傑作だ! 鉄牙の名が泣くぜ、ボルコフ!」

その瞬間、ボルコフの中で、理性の最後の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。

「うおおおおおっ!」

獣のような咆哮と共に、ボルコフは背負っていた巨大な戦斧を抜き放ち、ガストンに襲いかかった。

だが、視界はまだ定まらず、その一撃は空を切り、焚き火の脇にあった丸太の椅子を粉々に砕け散らせた。

火の粉と木片が、夜空に舞い上がる。

ガストンは、紙一重でそれを躱すと、嘲笑を浮かべたまま剣の柄に手をかけた。

「ほう、やる気か? 目も見えねえくせに」

アジトの空気は、一瞬にして張り詰めた。

仲間同士の殺し合い。

それは、盗賊団の掟で最も重い罪の一つだ。

だが、今のボルコフに、そんな掟を気にする余裕はなかった。

「てめえ……殺してやる……!」

ボルコフは再び斧を構えようとした。

その肩を、背後から伸びてきた老獪な盗賊の腕が、力強く掴んだ。

「やめとけ、ボルコフ。内輪揉めは高くつくぜ」

ボルコフは、荒い息をつきながら、ガストンを睨み続けた。

その瞳は、もはや人間のそれではなく、深手を負い、追い詰められた獣のそれだった。

彼は、斧を地面に突き立てると、その柄に額を押し当て、唸るように言った。

「……殺す。必ず、殺す」

その言葉は、もはやガストンに向けられたものではなかった。

「あの女司祭と……あの銀髪の小娘……。絶対に、許さねえ……」

ボルコフの全身から、殺意が黒いオーラのように立ち昇っていた。

彼は、ゆっくりと顔を上げると、アジトにいる全ての男たちを見回した。

「いいか、てめえら。これはもう、ただの追い剥ぎじゃねえ。狩りだ」

ガストンは、剣から手を離し、興味深そうに眉を上げた。

「狩り、だと?」

「そうだ。あの二人は、おそらくサラスの冒険者ギルド、鉄槌と坩堝の連中だ。あの服は、そこの治癒師のものだろう。街に帰ったはずだ」

ボルコフの思考は、屈辱を燃料として、異常な速度で回転を始めていた。

「俺たちは、あの二人を、この森に誘い込み、嬲り殺しにする。金や物じゃねえ。俺の、いや、俺たちのプライドの問題だ」

彼は、ガストンの方を向いた。

「てめえの言う通りだ、ガストン。俺は、恥をかいた。だがな、この恥は、あいつらの血でしか、濯げねえ」

その言葉には、もはや短絡的な怒りだけではない、冷たく、計算された復讐の意志が宿っていた。

ボルコフは、突き立てた斧の柄を握りしめ、続けた。

「俺たちは、誇り高き盗賊団鉄牙の一員だ。鉄牙には掟がある。牙を剥かれたら、噛み殺す。受けた侮辱は、百倍にして返す。違うか!」

その言葉に、アジトの空気が変わった。

嘲笑は消え、代わりに、血の匂いに惹きつけられた獣たちの、獰猛な同調が渦巻き始めた。

彼らは、単なる烏合の衆ではない。

共通の掟と、歪んだ誇りで結ばれた、組織だった暴力集団なのだ。

「そうだ! 俺たちに恥をかかせた奴は、生きて森から出しちゃならねえ!」

「あの女、捕まえて、仲間全員で慰み者にしてやろうぜ!」

「あの銀髪のガキは、俺に寄越せ! 高い値がつく前に、じっくりと可愛がってやる!」

下劣な欲望が、復讐という大義名分を得て、正当化されていく。

ガストンは、完全にボルコフの側に立っていた。

彼は、ボルコフの肩を叩き、邪悪な笑みを浮かべた。

「いいぜ、ボルコフ。その狩り、俺も乗った。だが、ギルドを直接襲うのは無謀だ。あのドワーフの女将は、相当な手練れらしいからな」

「分かってる」

ボルコフは、冷静に答えた。

「だから、待つんだ。奴らが、再びギルドの外に出てくるのを。あの女司祭は、治癒師だ。薬草摘みか、配達依頼で、必ずまたこの街道を通る。そこを、確実に仕留める」

彼は、斥候役の若い盗賊に命じた。

「お前は、明日からギルドの門を見張れ。あの女司祭と、銀髪の小娘の動向を、逐一報告しろ。絶対に、見失うんじゃねえぞ」

「へい、親分!」

ボルコフは、再び焚き火に目をやった。

燃え盛る炎の中に、彼は、あの聖なる光とは対極の、地獄の業火を見ていた。

そして、その炎の中で、あの銀髪の少女が、泣き叫び、命乞いをする姿を、幻視していた。

*俺に、痛みと屈辱を与えたな。*

*ならば、お前には、絶望を与えてやる。*

*ゆっくりと、時間をかけて、お前のその綺麗な瞳から、光という光を、根こそぎ奪い去ってやる。*

復讐の炎は、ボルコフの心の中で、夜の闇よりも黒く、そして深く、燃え上がっていた。
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