奴隷魔族の私に、幸せは訪れない〜救いを求めた少女が、世界の敵になるまで〜

鹿の子

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リリス、参上

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燃えるような渇きだけが、喉の奥から全身を支配している。

鉄の匂い。

濃厚な、生命の匂い。

それが鼻腔をくすぐった瞬間、リリスの体内で何かが弾けた。

生存本能。

種としての業。

砕け散った手首の断面から伸びていた真紅の茨が、主の意思を待たずに蠢き始める。

ずるり、と湿った音を立てて、茨の先端がすぐ傍らに転がる死体へと殺到した。

眼球を失ったオーガの眼窩へ。

心臓を穿たれたアサシンの胸の穴へ。

棘が肉に食い込み、根を張る。

貪欲な植物は、宿主となった死肉の内部へ侵食し、まだ温かい血液と魔力を感知する。

「あ……ぁ……」

リリスの口から、うわ言のような吐息が漏れる。

茨が脈動する。

ドクン、ドクンと、太い管を通して赤い液体が逆流してくる。

オーガの強靭な筋繊維、アサシンの瞬発力を支えた魔力、それら全てが溶かされ、純粋な養分となってリリスの欠損部位へと注ぎ込まれる。

ぐちゅり。

バキリ。

異様な音がホールに響く。

エヴァの目の前で、リリスの肉体が沸騰したように波打つ。

焼け焦げた背中の皮膚が弾け飛び、下から真新しい白い肌が盛り上がる。

粉砕された手首の骨が、見えない力に引っ張られるようにして定位置に戻り、急速に癒着する。

ねじ切れた血管が繋がり、千切れた筋肉が編み直される。

それは治癒魔法のような神聖な光景ではない。

肉が肉を喰らい、形を成す、原初的で冒涜的な生物の再構築である。

オーガとアサシンの死体は、風船が萎むように急速に干からびていく。

骨と皮だけになるまで吸い尽くされ、最後にはボロボロと崩れ去り、灰のような塵となって床に散らばった。

「ひっ……」

誰かが短い悲鳴を上げた。

防衛線を支えていた冒険者の一人が、背後の気配に振り返り、その光景を目撃してしまったのだ。

彼は顔色を失い、槍を取り落とす。

「く、喰ってる……」

「化け物だ……やっぱり、あいつは……!」

恐怖が伝染する。

目の前のオークの群れよりも、背後にいる「味方」の方が遥かにおぞましい存在に見える。

戦線に動揺が走り、盾の列が乱れる。

敵の斧が、その隙を見逃さずに振り下ろされる。

「前を見ろぉぉぉっ!!」

雷のような怒号が、冒険者たちの鼓膜を叩いた。

オーギュストである。

彼はリリスの方を一瞥もしない。

ただ、目の前の敵を両断しながら、背中で語る。

「背後を気にするな! お前たちが守るべきは、その向こうにいる負傷者たちだ!」

「し、しかしマスター! あいつが!」

「黙れ! 力の源泉が何であれ、彼女は今、我々の盾として其処に在る!」

オーギュストは大剣を振るい、三体のオークをまとめて吹き飛ばした。

「彼女が血を啜ろうが肉を喰らおうが、その切っ先が敵に向く限り、彼女は鉄槌と坩堝の同胞だ! 文句があるなら生き残ってから言え!」

その言葉には、有無を言わせぬ圧力と、迷いを断ち切る鋼の意志が込められていた。

冒険者たちは唇を噛み、震える手で武器を握り直す。

恐怖が消えたわけではない。

だが、指揮官の背中が、彼らを現実に繋ぎ止めた。

「お、おおおっ! 殺せぇっ!」

やけっぱちの叫びと共に、彼らは再び魔物の群れへと突撃する。

戦線の喧騒の中で、リリスはゆっくりと身体を起こした。

傷は消えていた。

四肢は元通りに動き、肌は陶器のように白い。

ただ、着ていた作業着はボロボロに裂け、肌のあちこちに他者の返り血がこびりついている。

彼女は自分の手を見つめた。

握り、開く。

力強い感覚が戻っている。

だが、口の中には鉄錆の味と、生肉を嚥下したような重い感触が残っている。

「……ごめんなさい」

彼女は誰にともなく呟いた。

灰になった死体の跡を見つめる。

そして、傍らで青ざめた顔をして座り込むエヴァへと視線を向けた。

「エヴァさん……」

エヴァは恐怖していない。

ただ、悲しげに、けれど慈愛を込めてリリスを見つめ返した。

「大丈夫よ、リリス。貴方は、生きている。それだけでいい」

リリスは杖を拾い上げた。

その瞳から混濁の色は消え、冷徹な戦士の光が宿る。

まだ、終わっていない。

オーギュストが、仲間たちが、血を流している。

リリスは立ち上がり、戦場を見据えた。
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