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心の有り様

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 さて、魔王を倒した英雄様である俺だが絶賛迷い中だった。道中魔王を倒した影響か、魔物に出くわすことが激減したので面倒事は少なくてすむのだが。

「クソ……山道を突っ切れば早く着くと思ったんだけどな。というかアイツ返しに来い、と言ったけどどこに居るかちゃんと言っとけよな。一応アイツの国に向かってるけどさ」

 愚痴を言いながらも俺は歩く。早く着くと思って、と先程言ったがそれだけが理由ではない。魔王を倒し、唯一生きているワープ装置で行きと同じルートで帰り、近隣の街で一泊した次の日にはもう俺が魔王を倒したと言うことが広まっていた。また、起きると同時に体のとてつもない弱体を感じた。どうやら俺の悪評をばら撒いてサポートしていた連中が、呪いを活用するために悪事を重ねていたこと、そのおかげで魔王を倒したことを広めているらしい。勇者を排出した国として上にたとうとしていることと、あそこの国が呪いをかけたことは書かれていなかった辺り、ややムカつくが。

そんなわけで宿から一歩出ると、色々悪いことをされた黒い悪魔、でも魔王を倒した勇者、という複雑な目を良く向けられた。中には純粋にお礼を言ってくる奴もチラホラいてなんて返せばいいか分からなくて逃げるように街から出発した。聞こえてくる数々の礼や称賛に背を向けて。

「とりあえず剣を返したらすぐ出よう。それで……どうするかな」
 未だに剣を返したあとの生き方が見つからない。最後に皆に別れの言葉を言って山奥で暮らすか?そんなことを考えているとボルツ国、イーナが居るはずの国が見えてきた。

「人に見つかると面倒くさそうだからな……とりあえず城に忍び込んでイーナを探すか」
 弱体化したとはいえそこらの雑魚連中には負けない動きは楽勝にできる。まだまだ俺を嫌っている奴は多いようだ。城の三階の窓が開いているのを見つけた俺は跳躍して侵入した。

 幸い入った所には誰もいなかった。俺はイーナを探して歩き始めたが何処にいるのかさっぱり分からなかった。アイツは将軍の立場だから行動範囲も広いだろうし。そう思いながら曲がり角を曲がるとバッタリと人に出会ってしまった。

「む! 貴様は……黒い悪魔!」
「どうも。イーナって奴どこにいるか知らないか?」

 開き直って堂々と聞くと男は声を荒げた。
「黒い悪魔がイーナに何のようだ! 彼女を傷つける者は悪魔だろうが勇者だろうが許さん!」
 ん? コイツどっかで……イーナと同じくらいの身長、どっちかと言うとかわいい系の顔、ああ、ルビアの城に来てきたイーナの従者の男か! 確か結構イーナをフォローしようとしてくれていた良い奴だったな。探すの面倒くさいしコイツに頼もう。

「おい、これイーナに返しといてくれ」
「なに? コレはイーナの剣……」

 しばらく剣を見つめている男。何だろう、まあいいか。
「じゃあ頼むわ」
 そう言って体を翻すと、
「待て」
 呼び止められた。何だよ何か文句でもあるのか? そう思い振り返ると男は複雑そうな顔をして、
「こういうものはキチンと手渡しで本人に返すべきだろう。イーナは今任務でここを離れているがもうすぐ帰ってくる。それまで待て」

 そう言って剣を返した男は通りかかったメイドに俺を客間へ案内するように伝え何処かへ歩いていった。何なんだよ一体。とはいえ他に選択肢もなくメイドに付いていく。メイドは俺に怯えながらもしっかりと案内してくれた。途中で何もない所で盛大にコケた以外は。

 案内された客間で寛いでいると先程の男が入ってきた。
「くつろいでいるところ失礼する。王に話しを通し、貴様をここに置いておく許可を貰ってきた」
「どうも」
 俺は感情を込めずにそういった。何となくめんどくさいことになりそうな気配がしてきたからだ。

「そういえば自己紹介がまだだったな。僕の名前はトルスト。イーナの幼馴染にして補佐だ」
 幼馴染、なるほどだから呼び捨てなのか。あの時は公の場だから様付けだったのだろう。そう結論づけて俺も挨拶を返した。
「俺はフユキ、イーナにはフユと呼ばれている。よろしく」
 そう言うとトルストは再び睨んできて、
「イーナとはどういう関係だ?」
 と、聞いてきた。何か前にもそんな事聞かれた気がするな……関係か。

「大した関係じゃない。色々あって剣を貸してもらった、それだけさ」
 まさか犯したとか、泣くための胸を貸してもらった、なんて言えるはずもなくぼかして答える。だがトルストは俺の答えでは納得してくれなかったようだった。むしろ激昂して、
「大した関係じゃない、だと? 貴様、イーナがどれだけ黒い悪魔の話を俺にしているか知っているか!? その話をしている時の彼女の嬉しそうな顔を知っているか!? それを貴様は大した関係じゃない、だと!」

 なんか地雷を踏んだっぽいな、俺。困った顔をしているとトルストは少し落ち着いたようでトーンを下げて、
「良いかフユキ。僕はイーナが好きだ。イーナから貴様の話をされるたび心が張り裂けそうになる。けど、それでいいんだ僕は。僕にだけ話してくれる事がある、それだけで僕は生きていける」
 突然の告白に面食らっているとトルストは追い打ちをかけてきた。
「フユキ、貴様はイーナをどう思っている」
 どう?どう思っているか、だと。好きか好きじゃないかだと間違いなく好きだ。でも俺にそんな権利あるのだろうか、色々酷いことをしてきた俺に。未来のない俺に。

 結局何も返せないでいるとトルストはため息をついて、
「何でこんなやつなんかに……良いか! 今のお前なんかには絶対イーナを渡さない! 死んでも僕のものにしてやる! 覚えておけ!」
 そう言って勢い良く立ち上がり出ていこうとしたところで一度こちらを振り返り、
「……イーナにあれだけの笑顔を与えてくれたこと、魔王を倒してくれたこと、この二つに関しては礼を言っておこう、ありがとう」
 そう頭を下げて出ていった。何というか真っ直ぐで熱い奴だな、アイツ。しかもあの流れで最後に礼を言うか……人間できてんな。

「イーナをどう思っているか、か」
 先程トルストに言われた言葉が頭の中でループする。だが結局俺に未来はない、それが答えだった。最初に呪いをかけられてから三年たった。俺の寿命は早くて後二年……。
「早く帰って来いよイーナ、そしたらスグ帰るからさ」
 そう言ってから、どこにも帰るところなど無い事に思い至り深いため息をついた。
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