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穏やかな時間
しおりを挟む「えんぶゅぐ、こうこくー」
「惜しいです。エ、ン、ブ、ル、グ、皇国」
「んんっ!え、ん・・・ぶ、る、ぐ!」
「素晴らしいです。」
「では、次。暖かい日差しに花が咲きます。」
「あたたかぃ、ひじゃしにぃ・・」
「ひ、ざ、し。」
「きゅう~っ。ひ、じゃ・・ざ!し、に~。」
ヒースヴェルトが城に来て、一週間が経つ。
ルートニアス公爵の領主の城の一部屋。図書室のようにあらゆる書物が壁を埋め尽くしており、そこにはヒースヴェルトともう一人、白髪の女性がいた。
彼女はヒースヴェルトのために呼ばれた家庭教師で、トリシャ=ノイヤー。
フォレンが幼い頃に教わった家庭教師でもあった。数年前に引退をして、領内でのんびりと過ごしてもらっていたところ、再び教鞭をとるよう、依頼されたのだった。
引退後も、フォレンとの仲も良く、快く受けてもらえた。
まず、顔合わせをしたときにヒースヴェルトの言葉の稚拙さを指摘。
正しい発音を覚えることが大事です、と今は絵本や簡単な単語から繰り返し話すことで覚えていた。
「あたたかい、ひざしに、はなが、さき、ます!」
「とても良いですね!」
ヒースヴェルトの真面目に取り組む態度が、トリシャにも好感を与えていた。おまけに、可愛いし。
そして、薄い絵本だったが、何とか読み終えて。
「トリシャ先生、ありがとうございました!」
ぺこ、とお辞儀をしてお礼を言う。その発音も、かなりしっかりとしてきた。
「お疲れ様でした、中庭で若様・・・フォレン様がお菓子を用意して待っていますよ。私もご一緒いたしますので、行きましょう?」
「お菓子!ジャンニが、作った、ですか?」
「えぇ。ヒースヴェルト様のために焼いたクッキーがあるそうですよ。楽しみですね!」
「楽しみ、です!」
話をするときは、敬語も使えるようになること。日頃の会話も、丁寧に。と、トリシャの教育は授業だけでなく日常にさまざまな形で取り入れられた。
中庭に移動すると、可愛らしいテーブルセットと、明るい色のフルーツカクテルや、焼き菓子が並んでいて、いい匂いのするお茶も用意されていた。
「いいにおーい!」
ヒースヴェルトの席には、彼専用のお菓子や飲み物が並ぶ。
「ヒー様、お勉強お疲れ様でした。トリシャも、ありがとう。どうだい?ヒー様頑張っている?」
「はい。とても真面目に取り組まれて、お話も上手になられましたわ。ね、ヒースヴェルト様?」
「おはなし、たくさんすると、上手になる、ます!」
「ぷっ、そうですね。ぐんと成長なされました。」
「あれぇ?おかしかった?ぼく、間違えた?」
「上手に、なります、ですね。ヒースヴェルト様?」
「ぁぃ・・・。なり、ます~。」
「でも、不思議ですね。何故、ヒースヴェルト様はディーテ様に言語の加護を得られなかったのでしょうか。」
「うーん。そうなんだよなぁ・・・。」
リーナも、出会った頃から不思議には感じていた。ディーテ神は出会ってすぐに我々に言語の加護を与えてくれた。
それなのに、遺跡で出会った彼は、人の言葉すら忘れていて不思議だったのだ。
すると、その疑問にヒースヴェルトはそっと耳元で答えた。
『加護は貰ってたんだよ。
でもね、ぼく、あの日から人の言葉が成長しなかったの。森には誰もいなかったから、自然とママの言葉ばかり使うようになって。
そしたら、使わない言葉は忘れちゃってた。』
そう言われて、腑に落ちた。
他に言葉を知る者が近くにいれば、成長と共に使う言葉が増えるだろうが、彼の場合はそれがなかった。
大魔境には、動物と魔獣、あとは神語を扱う、あの方だけ。
「そうか・・・。それで。」
使う相手がいなければ、使わないのは当たり前で。
「ぼくは、いま楽しいです。皆がぼくに与えてくれるものは、とても暖かい。ママの加護とおんなじ、です。ありがとう。」
ふわり、と微笑む。神の加護と同等だと言い切る。その言葉に震えた。
「勿体無い言葉です、ヒースヴェルト様。」
トリシャも、ある程度のことはフォレンから聞かされた。
言葉を知らない理由や、育った境遇などが特殊であることも。
それら全てを理解し、すぐに順応するところは、やはりプロの教育者なのだろう。
「ヒースヴェルト様、午後からは歴史のお勉強ですよ。私は準備がありますから、先に失礼しますね。ごゆっくり、お休みくださいね。」
トリシャは、自分の紅茶を飲み終えて、ニッコリと微笑んで中庭を後にした。終始機嫌の良いトリシャに、フォレンは苦笑する。
「私が教わっていた頃は、いつも不機嫌そうに淡々とされていたのにな。」
「それはディラン殿下といつも授業をサボっていたからだろう?」
「うぇっ、父上!?」
声がして振り替えると、今日は午前中だけの公務だったのか、すでに皇城から降りてきたレイモンドの姿があった。
「なんだ、その態度は。・・・ヒースヴェルト殿も、毎日励んでおられるようですな。素晴らしいことです。」
「フォレンのおとうさま!ぇぇっと、ぇーと。・・ごきげんよう!」
ぱあ、と笑顔で挨拶をすると、レイモンドはくるっと後ろを向いて空を仰ぐ。
「かわっ・・・ゴホンッ!う、うむ。元気に過ごしなさい。ではな。」
咳き込みながら足早に去っていく姿を見て、
「んぇ?フォレン、ひーたん、間違えたの?おこった?」
不安そうに訪ねる。
「ブッ・・・。い、いえ。照れているだけです。大丈夫ですよ、父も、ヒー様のことをかなり気に入ってくれてます。
その証拠に、ヒー様の為に客室を子供部屋に誂えて、国中の絵本や子供向けの書物を図書室に集めて待ってたじゃないですか。」
あれには吃驚したものだ。ハクライで出会ってから、すぐにあの可愛らしく飾った部屋を手配していたのだから。
「図書しつの、ご本、大好き!まだ、文字はむずかしぃけれどね、夜はリーナが、絵本読んでくれるの!」
「今は、どんな本を?」
「ママの本!お歌の本だよ!」
創造神ディーテの神話を歌にした、《はじまりのうた》。子供に人気の絵本だが、ヒースヴェルトには、別の意味でとても心に響いていたようだった。
「好きなところはね、ママが、4個の宝石を埋めるときにね、小鳥に場所を決めて貰うところ!」
「懐かしいな。とても可愛いエピソードですよね。」
「でしょー?ママはね、小さくて可愛いもの好きなの。だから、おてがみ鳥も可愛いし、ほかの術もね、可愛いものがたくさんあるよ!」
ニコニコと自慢げに話すが、きっとそれらは、ヒースヴェルトを喜ばせようと思って、そういった可愛らしいものを作っているのでは?と、誰もが感じた。
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