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祈り
しおりを挟むトリアの言った血の臭いは、馬車を少し走らせると、ヒースヴェルトにはその原因が見えた。
『…物取り…じゃなさそう。一般の人はともかく、襲っている方…鎧つけてるね。』
ヒースヴェルトの瞳に、僅かに虹色の光が降りる。神力で周囲の生命を覗く。
『…あの鎧の人は、この辺の…領主さんのところの兵士、みたい。逃げてる、のは、ここの…大地で生まれた…村の人みたい。』
ヒースヴェルトが、その目に映る魂を読み取る。そんなことが出来るのは、神であるヒースヴェルトくらい。
『成る程ね。なら、アルクスとして入国しているアタシたちが事を荒立てては不味いわね。誰も傷つけずに霧散させたほうがいいわ。ヒースヴェルト様、ディーテ様から《祈り》の御業はお教え頂いていますか?』
ロシュリハインの提案に、ヒースヴェルトは小さくうなずいた。
『うん。祈りで嵐を、呼ぶ。お馬さんと馬車はあっちの陰に避難させといて!』
ヒースヴェルトたちは馬車を降り、争っている人たちを物陰から窺った。
しばらくすると、トリアとアシュトが馬車を移動させ、同じ物陰に隠れると。
『じゃあ、少し…荒れます!!』
曇っていた空が、更に暗さを増すと、雷鳴が響き雨が落ちてくる。
「なっ!?何だ…!!急に空が……」
周辺の様子の変りように、兵士らは戸惑う。
そしてどしゃ降りの雨と、凄まじい音と共に、落雷が街道の脇の街路樹を砕いた。
「うわあああぁ!!?あ、嵐だ!」
横殴りの激しい雨に、重い鎧を着込んだ兵士らは動けなくなる。
「い、今のうちに…っ!逃げろ!」
兜を被っていて視界の悪くなった兵士らを見て、村人らは隙を突いて全力で駆け出した。
「逃げろ!関所まで…!!暁の門まで行けば助かる!!!」
(あかつきの、もん?)
聞き慣れない名前に、ヒースヴェルトは首をかしげた。
『ヒー様、あの嵐は…しばらく続くッスか?兵士たちが追えないように、長く続くといいんすけど。』
アシュトがそう言うと、ヒースヴェルトは微笑んで答えた。
『うん。一度呼び寄せたら、しばらくは停滞するよ。祈りはね、ぼくと常に繋がってる神力の構築式じゃなくて、自然現象を起こす技なの。』
『なるほど…。』
風を読むことが得意なアシュトにも、この異質な嵐には驚いた。
そして、ロシュリハインはそんなアシュトを見てにこりと笑う。
『《祈り》の御業を目の当たりにするのは初めてかしら?不自然なほど自然な現象…だったでしょう。』
『………そ、う、スね。違和感しかないのに、納得してしまうっていうか…。その…。ヒー様が…祈るだけでこんなに自然に、災害が起こるんだ…って。』
少しだけ、ほんの少しだけ感じた恐怖を認めたくなくて、アシュトは動揺してしまう。その心を見抜かれているかのように、ロシュリハインは続けた。
『神が世界を管理する、という理を体現しているわよね。…例えばね。神が…世界なんて滅んでしまえ、なんて思った瞬間に、世界は自殺するのよ。』
『…!!?』
『だから、アタシたち翼は、神を守らねばならない。神を絶望させてはならない。神の御心を守らねばならないの。』
翼という存在が、神の手足となり、意思となり世界を廻す。だが、それ以上に大事なことがあって。
『そんなこと…端から分かってるッス。ヒー様を、傷つけさせたりしない。』
大事な、自分の弟のような存在。
そんな愛しい子が、世界の終わりを願うような悲しみに陥ることなど絶対させない。
アシュトは改めて翼に志願する意味を重く受け止めた。
『ロシュさん、この嵐は領主さんのいる方に向かって移動するよ。今のうちにぼくたちも《暁の門》に行ってみよう?お怪我した人、助けないと。』
まだ降り続く雨にうたれながら、ヒースヴェルトたちは隠している馬車を目指して歩き始めた。
『そうですね。行きましょうか。』
暁の門、というものが何なのか、アシュトは分かっていたようで説明を加える。
『赤い土壁で建てられた門です。そこから先は、第一王子レオンハルトの力が及ばない場所だと…つまり、レジスタンスに肩入れしている勢力のある貴族の領地。』
アシュトの調査では、ダスティロスのレオンハルト王子も、勢いとそれなりの強さはあるが、力で従わせてきた過程で一枚岩とはいかない。
どうしても攻め込めない場所もあり、協力関係になれない者もいる。
そのうちの一人が、この赤い壁で覆われた先の大地を守り続けている人だった。
『…行こう!』
嵐を見送り、馬車は村人が走っていった方向に走り出す。
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