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一章 飛空島
17 本当に贈りたいのは
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(ヴォルカー視点)
学園の新年度が始まり、半月程か。
入学式前後は、この平和な飛空島で起こった衝撃的な事件で、随分と騒がれた。
お陰で、平穏に過ごしたい、というあの方の願いが早くも断たれてしまいそうで、どうにかならないか、と気を揉んでいると、アールベルも手を尽くそうと学園側に掛け合ってくれたらしく、徐々に噂も落ち着いてきた。
レガーノ様との確執が囁かれたものの、ティルエリー様本人が相手にしていないのは、正直痛快で頼もしかった。
そして、内密にとのことだったが、赤のクライン次期当主は、彼ではなくなる可能性も。
そんな中、灰と化したティルエリー様の寮部屋の代わりに、ギーヴ君の部屋を間借りしているそうだ。
「………狭いでしょうに。」
私の教員寮なら、多少は広く使えたのですけど、保健医という立場では、彼に協力もしづからった。
アールベルの計らいで、燃えてしまった魔道具作りの道具や、設計台などの代わりに、タワーの一室をあの方の工房として貸し出すことになったという。
そのお披露目として、私も招待していただいた。
中の様子はとても…丁寧に作られていた。
あのジョシュア=クライン様の王宮にある工房に似せている、ということらしいが、それにしては随分と可愛らしい印象を受ける。
工房主が可愛らしいからか。
嬉しそうに説明をするティルエリー様を、そっと見守るようにしていると、アールベルが王宮のお父上の工房に、この度の騒動について報告をしたと伝えた。
すると、彼は…父は、自分からの手紙を読まないから、研究所からならば、目を通す可能性がある、と喜ばれたのだ。
ちょっと、待て。
父親が、息子からの手紙を読まない?
そんな理不尽なこと、あるか?
アールベルも、同じことを思ったらしく、苦い顔をしていた。
少しして、マルローズ男爵令嬢が、ティルエリー様に魔道具を作るところを見せてほしいとリクエストしたのだ。
正直なところ、私も見てみたかった。彼女の遠慮ない依頼に不躾にも便乗し、私も見たい、と願ってみた。
すると彼は美しく微笑まれ、紙とペンを用意され、まるでダンスを踊るかのように、軽やかにペンを走らせたのだ。
令嬢が、まるで絵画のようだと感動し、私もその比喩に納得した。
そして、クラインの高貴なる魔力で、ただの黒い魔石が、命を与えられたかのように鮮やかに、透明に、生まれ変わる。
その瞬間をこの目で見てみたかったのだ。
あぁ…。
なんて美しいのだ。
保健室で、それは大きな設計図を描かれたと聞いた。
膨大な青い魔力を、魔石に注ぎ込み命を吹き込む。さぞ素晴らしかったことでしょう。
ティルエリー様の手には、アクアマリンのような魔核があった。
思わず触れる。
……彼の、指先に。
(この白く小さな手から…奇跡が生まれるのですね。)
ティルエリー様は、この魔核と同じものを複数作り、皆で遠くからでも会話ができるという、画期的な魔道具を作り、私達にくださるとお約束して、その日はお開きになった。
◆◇
それ以来、学園の仕事も忙しくしていて、気がつけば週末を迎えていた。
仕事漬けだったのもあり、少し気分転換に街へと足を向けた。
そういえば、よく読んでいた小説の新巻が出ていたか。
気晴らしついでに、読書に更けるのも良い。学生街の本屋にふらりと立ち寄ると、ふわふわとしたミルクティー色の頭を見つけ、目を見開く。
(ティルエリー様…。何の本を……。)
ティルエリー様のご覧になっている棚は、研究所職員たちが使う、かなり難易度の高い部類の本だった。
(流石ですね。知識レベルが既に学生の域を超えている)
学年首席で、クラインとしての才能もあり、前向きで、決して傲らず、そして休日にもこうして知識を広げる努力をされて。
…そんな姿を、好ましく思わない人間がいるのだろうか。
私は出会えたことが嬉しくて、思わずその肩に触れてしまった。
「わっ!」
小さく飛び跳ね、私に気づくと、ティルエリー様は喜ばしくも、笑顔を向けてくださるのだった。
それから、私はティルエリー様を公園にお誘いした。
天気の良い日には最適な場所だ。
ティルエリー様と軽い食べ物を買ってベンチに腰掛けると、彼の手には、いつしかのベリー炭酸。
「ふふっ。」
本当に、好きなんだなと思うとつい笑みがこぼれてしまう。
そして、果物だけの甘みが好きなことや、果物自体がお好きなのだということも知ることができた。
貴方を、もっと知りたい。
私のことも…知って頂けたら、どんなにか幸せでしょう。
こうして、私のような大人と時間を共にして少しは意識してくれていれば僥倖…などと浅ましい考えを蔓延らせていると、彼は公園の枯れた噴水に興味を示した。
十年前頃から徐々に水量が減っていき、ついに五年前。
その噴水の水は枯れてしまった。
どの国の修理工たちを呼んできても、故障の原因は不明らしい。
そんな話をしたのだが、学生にはこのような話、つまらないだろうと考えていたら、
「……興味ある…。」
と呟き、噴水の周りを調べだしてしまったのだ。
興味がある、のか。
私は、そのような貴方にとても興味が湧いている。
クラインという特殊な血族でありながら、レガーノ様とは正反対の性格で、朗らかに笑う彼を見るたびに、私の心は乱れてしまう。
そして、本来なら店の場所だけをお教えしてお別れをするのが良いのでしょう。
しかし、私はもう少しだけ、この二人で居る空間を味わいたかった。
気づけば、次の目的地まで、お供してしまっていた。
学生街から離れて、少し落ち着いた雰囲気の街並みを歩く。
分不相応と感じたのか、少し気恥ずかしそうなティルエリー様が可愛らしく感じる。
だが、宝飾品店に入るなり、その目を輝かせて一目散に向かったのは、綺羅びやかなアクセサリーや高価なジュエリーなどではなく、宝石になる前の原石や黄金、純銀そのものの塊らが並ぶ、所謂職人向けの一角。
間違えても学生が憧れで入店しても足を向ける場所ではない。
そんな場所に迷わず駆け寄り、喜々として価値の無い原石に魅入っているなど。
(かわいいな………。)
ゆっくり彼の姿を眺めるのも良いが、せっかく来たのだから私も何か見てみるとしよう。
そこで目についたのは、紫丁香花の花を模した髪留めだった。
小さな花が集まった、可愛らしいそれは……。
(きっと貴方に似合うでしょう。)
品物をあれこれ見て回る度に、ふわふわと柔らかそうな髪が揺れる。その髪を飾るに相応しいと思った。
(……あからさま過ぎますかね……。)
思い直し、私はその横にあるエルフィネルの葉を模したピンブローチを手に取った。
(エルフィネルの花言葉は……幸福。そうですね。今の私には…貴方の幸せを願うくらいが、丁度いいのかもしれません。)
いつか、私のこの思いを貴方に贈ることができるでしょうか。
学園の新年度が始まり、半月程か。
入学式前後は、この平和な飛空島で起こった衝撃的な事件で、随分と騒がれた。
お陰で、平穏に過ごしたい、というあの方の願いが早くも断たれてしまいそうで、どうにかならないか、と気を揉んでいると、アールベルも手を尽くそうと学園側に掛け合ってくれたらしく、徐々に噂も落ち着いてきた。
レガーノ様との確執が囁かれたものの、ティルエリー様本人が相手にしていないのは、正直痛快で頼もしかった。
そして、内密にとのことだったが、赤のクライン次期当主は、彼ではなくなる可能性も。
そんな中、灰と化したティルエリー様の寮部屋の代わりに、ギーヴ君の部屋を間借りしているそうだ。
「………狭いでしょうに。」
私の教員寮なら、多少は広く使えたのですけど、保健医という立場では、彼に協力もしづからった。
アールベルの計らいで、燃えてしまった魔道具作りの道具や、設計台などの代わりに、タワーの一室をあの方の工房として貸し出すことになったという。
そのお披露目として、私も招待していただいた。
中の様子はとても…丁寧に作られていた。
あのジョシュア=クライン様の王宮にある工房に似せている、ということらしいが、それにしては随分と可愛らしい印象を受ける。
工房主が可愛らしいからか。
嬉しそうに説明をするティルエリー様を、そっと見守るようにしていると、アールベルが王宮のお父上の工房に、この度の騒動について報告をしたと伝えた。
すると、彼は…父は、自分からの手紙を読まないから、研究所からならば、目を通す可能性がある、と喜ばれたのだ。
ちょっと、待て。
父親が、息子からの手紙を読まない?
そんな理不尽なこと、あるか?
アールベルも、同じことを思ったらしく、苦い顔をしていた。
少しして、マルローズ男爵令嬢が、ティルエリー様に魔道具を作るところを見せてほしいとリクエストしたのだ。
正直なところ、私も見てみたかった。彼女の遠慮ない依頼に不躾にも便乗し、私も見たい、と願ってみた。
すると彼は美しく微笑まれ、紙とペンを用意され、まるでダンスを踊るかのように、軽やかにペンを走らせたのだ。
令嬢が、まるで絵画のようだと感動し、私もその比喩に納得した。
そして、クラインの高貴なる魔力で、ただの黒い魔石が、命を与えられたかのように鮮やかに、透明に、生まれ変わる。
その瞬間をこの目で見てみたかったのだ。
あぁ…。
なんて美しいのだ。
保健室で、それは大きな設計図を描かれたと聞いた。
膨大な青い魔力を、魔石に注ぎ込み命を吹き込む。さぞ素晴らしかったことでしょう。
ティルエリー様の手には、アクアマリンのような魔核があった。
思わず触れる。
……彼の、指先に。
(この白く小さな手から…奇跡が生まれるのですね。)
ティルエリー様は、この魔核と同じものを複数作り、皆で遠くからでも会話ができるという、画期的な魔道具を作り、私達にくださるとお約束して、その日はお開きになった。
◆◇
それ以来、学園の仕事も忙しくしていて、気がつけば週末を迎えていた。
仕事漬けだったのもあり、少し気分転換に街へと足を向けた。
そういえば、よく読んでいた小説の新巻が出ていたか。
気晴らしついでに、読書に更けるのも良い。学生街の本屋にふらりと立ち寄ると、ふわふわとしたミルクティー色の頭を見つけ、目を見開く。
(ティルエリー様…。何の本を……。)
ティルエリー様のご覧になっている棚は、研究所職員たちが使う、かなり難易度の高い部類の本だった。
(流石ですね。知識レベルが既に学生の域を超えている)
学年首席で、クラインとしての才能もあり、前向きで、決して傲らず、そして休日にもこうして知識を広げる努力をされて。
…そんな姿を、好ましく思わない人間がいるのだろうか。
私は出会えたことが嬉しくて、思わずその肩に触れてしまった。
「わっ!」
小さく飛び跳ね、私に気づくと、ティルエリー様は喜ばしくも、笑顔を向けてくださるのだった。
それから、私はティルエリー様を公園にお誘いした。
天気の良い日には最適な場所だ。
ティルエリー様と軽い食べ物を買ってベンチに腰掛けると、彼の手には、いつしかのベリー炭酸。
「ふふっ。」
本当に、好きなんだなと思うとつい笑みがこぼれてしまう。
そして、果物だけの甘みが好きなことや、果物自体がお好きなのだということも知ることができた。
貴方を、もっと知りたい。
私のことも…知って頂けたら、どんなにか幸せでしょう。
こうして、私のような大人と時間を共にして少しは意識してくれていれば僥倖…などと浅ましい考えを蔓延らせていると、彼は公園の枯れた噴水に興味を示した。
十年前頃から徐々に水量が減っていき、ついに五年前。
その噴水の水は枯れてしまった。
どの国の修理工たちを呼んできても、故障の原因は不明らしい。
そんな話をしたのだが、学生にはこのような話、つまらないだろうと考えていたら、
「……興味ある…。」
と呟き、噴水の周りを調べだしてしまったのだ。
興味がある、のか。
私は、そのような貴方にとても興味が湧いている。
クラインという特殊な血族でありながら、レガーノ様とは正反対の性格で、朗らかに笑う彼を見るたびに、私の心は乱れてしまう。
そして、本来なら店の場所だけをお教えしてお別れをするのが良いのでしょう。
しかし、私はもう少しだけ、この二人で居る空間を味わいたかった。
気づけば、次の目的地まで、お供してしまっていた。
学生街から離れて、少し落ち着いた雰囲気の街並みを歩く。
分不相応と感じたのか、少し気恥ずかしそうなティルエリー様が可愛らしく感じる。
だが、宝飾品店に入るなり、その目を輝かせて一目散に向かったのは、綺羅びやかなアクセサリーや高価なジュエリーなどではなく、宝石になる前の原石や黄金、純銀そのものの塊らが並ぶ、所謂職人向けの一角。
間違えても学生が憧れで入店しても足を向ける場所ではない。
そんな場所に迷わず駆け寄り、喜々として価値の無い原石に魅入っているなど。
(かわいいな………。)
ゆっくり彼の姿を眺めるのも良いが、せっかく来たのだから私も何か見てみるとしよう。
そこで目についたのは、紫丁香花の花を模した髪留めだった。
小さな花が集まった、可愛らしいそれは……。
(きっと貴方に似合うでしょう。)
品物をあれこれ見て回る度に、ふわふわと柔らかそうな髪が揺れる。その髪を飾るに相応しいと思った。
(……あからさま過ぎますかね……。)
思い直し、私はその横にあるエルフィネルの葉を模したピンブローチを手に取った。
(エルフィネルの花言葉は……幸福。そうですね。今の私には…貴方の幸せを願うくらいが、丁度いいのかもしれません。)
いつか、私のこの思いを貴方に贈ることができるでしょうか。
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