Oh, my God!! ~間違えた~

うたた寝

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Oh, my God!! ~間違えた~


 趣味何ですか? という質問、地味に困らないだろうか?
 趣味を持っている人はいい。堂々と熱くその趣味について語ればいい。だが、語れるほどの趣味を持っていない場合、この質問はただただ気まずいものと化す。
 昨今はオタクの趣味にも寛容だ。アニメでもアイドルでも推し活をしているならそれを語ればいいだろう。その趣味を語ることを恥ずかしいと思わせる風潮は大分緩和されているだろう。
 しかし、彼女に推し活、なんて趣味は無い。ファンが聞いたらブチギレるだろうが、アイドルの顔など見分けも付かないし、グループ名の判別などもできやしない。
 たまに本くらい読むし、映画も観るが、あくまで『たまに』だ。それを趣味と語っていいのか悩ましい。彼女が毎日やっていることと言えば、お風呂、歯磨き、トイレ、寝る、ってことくらいだろうか? トイレが趣味です、なんて言おうものなら何か恐ろしい誤解を招きそうなものである。
 その話題探しのため、というわけでもないのだが、最近ちょっと趣味らしいものがようやくできたかもしれない。
 それがさっき一例にも上げたお風呂。もっと言うと銭湯、である。まぁまだ趣味というには歴が浅く、たった一回、仕事帰りに寄っただけだが、これが中々良かったのである。何がいいって、趣味のためにわざわざ時間を設けることなく、日常生活の延長でできることである。
 ハッキリ言って、休みの日にわざわざ電車などに乗って銭湯まで行くほどのモチベーションは無い。だが、会社帰りの帰路の途中、家でお風呂湧かす代わりに銭湯に寄る、くらいであれば、行ってもいいか、という気にもなる。
 風呂キャンセル界隈などというものもあるらしいが、彼女はお風呂は嫌いではない。しずかちゃんのような頻度でお風呂に入るかと言われれば入らないが、基本的には毎日入る。お湯を張った湯船でその日の仕事のストレスを怨嗟のように大声で吐き出すというちょっとしたストレス解消もある。
 ただ、一人暮らしの自宅のお風呂。お世辞にも大きいとは言えない。彼女の身長は女性の平均くらいであるが、それでも湯船で足を伸ばしきることは難しい。
 足を伸ばせる解放感と外でお風呂に入るというもう一つの解放感。公共の場のため怨嗟の声を湯船に溶かすことはできないが、それを差し引いても解放感の方がちょっと勝つ。入湯料はかかるが、さっきも言ったように特に趣味があるわけでもない。たまにこれくらいの出費をするくらいは安月給のOLのお財布としても許容範囲である。
 前回は仕事帰りに寄ったが、今回は休日に寄ってみた。前回は夜の露天風呂を堪能したので、今回は昼の露天風呂を堪能しよう、という魂胆である。
 銭湯に入ると靴を脱ぎ、番台へと向かい、入湯料を払う。入湯料は前回来た時に把握しているので、細かいお金を用意しようと思ったのだが、なにぶん普段キャッシュレスの生活を送っている。お札を崩す機会も無かったため、千円で、と言ってお札を出す。
 お釣りを受け取り、外していたイヤホンを耳にはめる。ふと見ると、店員さんが何かをしゃべっていたが、イヤホンを付けてしまった後なのでよく聞こえない。まぁ恐らく、ごゆっくりどうぞ、などの定型文だろう。会釈だけ返して入浴場へと向かう。
 慣れ親しんだ、と言えるほどの回数ではもちろんないが、それでも直近で一回来ているので勝手は分かっている。スマホを弄りながら彼女は前回同様、通路の突き当りを右へと曲がる。そのまま突き当りまで行けば女湯である。
 スマホを弄りながら歩いていると突き当りに付いたため、暖簾をくぐる。その際にふと、あれ、今日は暖簾の色、青色なんだな、前回は赤色だったような? と若干気にはなったのだが、深くは気にせずそのまま中へと入る。
 脱衣所に入ってみると人の気配が無い。タイミングが良かったようで、現在貸し切り状態のようだ。
 普段であればタオルを体に巻いて入っていくわけだが、貸し切りであれば気にする必要もあるまい。全裸の状態で肩にタオルをかけるという、実に男らしいスタイルでお風呂場へと入っていく。
 え? 貸し切りじゃなくても別にタオルで隠す必要なくないかって? ……やかましいわ! 誰が隠すほどでもない貧乳だっ!! 確かにタオルを胸に巻いても膨らみが強調されるようなことはないが、それはそれ、これはこれっ、
 ……え? あ、そういうことじゃない? ……同性同士なら見られても別に良くないかって? ……ああ、なるほどね、それは一理あるね、うん。
 まぁ確かに、同性なら見られてもいいと言えばいいのだが。実際隠さない人も一定数居るが。何だろうな? やっぱり隠すのが慎ましい女性像というものなのではないだろうか? 何か見られてもいいけど、同性だからって別に見せたくはない、と思って普段タオルで隠しているが。
 露天風呂へと移動し、あ~~……っ!! と。先ほど慎ましいだの何だの言っていたハズの女が慎ましいとは真逆そうなおやじのような声を出して湯船へと入る。両腕は湯船の淵へと置き、両足は伸ばし、股はバーンッ! と開いている。慎ましいとは? という感じである。
 そんな感じで自称・慎ましい女は貸し切り状態と化した露天風呂を堪能していたのだが、ガラガラガラ……、と脱衣所のドアが開いた。そりゃ他の人も入ってくるか、と彼女は流石に姿勢を正す。ようやく、慎ましい、と言えなくもない格好になった彼女だが、
「ぶほぉっ!?」
 と、これまた慎ましいとは言い難い声を上げて咳き込む。
 何故急に咳き込んだか? それは脱衣所の方の景色を見たからである。
 新しい人が入ってくるのは別にいい。貸し切り状態だったとはいえ、貸し切ったわけではない。新しい人くらい入ってくるであろう。
 問題は、だ。入ってきたのが人生の大先輩と思しきおじさま方だったからである。しかも複数人。
 慌ててその場で180度回転して背中を向ける。え? 隠すほどの胸じゃないだろうって? ……やかましいわ! 誰が隠すほどでもない貧乳だっ!! 小さかろうがおっぱいはおっぱいだ! 何で見も知らない男どもにタダで見せなくてはいけない。
 というか、何を我が物顔で堂々と女湯にあのじじぃどもは入ってきてくれているのか。それも一人ならまだしも複数人で。危険だ! 乙女の危機である。
 危機脱出のため、大声を上げようと彼女が大きく息を吸った時、

『あはははは~』という楽しそうな女性陣の声が衝立の向こうから聞こえてきて、その驚きで空気が変な所に入った彼女は慌てて咳き込む。

 向こうの声が聞こえるくらい薄い衝立ってダメじゃね? とか思わんでもなかったが、今はそんな些末なことを気にしている場合ではない。
 問題は、女性陣の声が衝立の向こうから聞こえてきた、という事実である。それってつまり、女風呂って衝立の向こうじゃね? ってことである。それは言い換えるとつまり、今彼女が入っているお風呂って男湯じゃね? ってことである。
 そんなバカな、と乾いた笑みで誤魔化そうとしたが、残酷にも、その笑みを打ち消すかのように、彼女の頭は急に冴え始める。そう。確かに違和感はあったのだ。
 ここに来て、伏線回収かのように今までの違和感の正体に気付き始める。
 店員さんが喋っていた何かの言葉。あれ、ひょっとして、『今日は女湯は左です』と言っていたのではないだろうか? 思い返すと初めて来た際、『今日は右側です』と言われたような記憶がある。
 入浴場に来た際、暖簾の色が青色だった。あれ、よく見なかったがひょっとして、『男湯』と書かれていたのではないだろうか? 前回赤色だったのは、『女湯』の暖簾だから赤かったのではないだろうか?
 我が物顔で入ってきたおじさま方。そりゃ我が物顔でも入ってくるのではないだろうか? ここ、男湯なのだから。
 ピンチ! ピンチ! ピーンチ! と彼女の脳内で盛大にアラートが鳴る。ここが男湯なのであれば、明らかに異質は彼女である。何なら男湯に入ってきた痴女である。下手すれば通報ものである。逆にウェルカム、って殿方たちに受け入れられてもそれはそれで笑えない。
 え? 別に下だけ隠せばバレないだろう、って? 上はそんな女性らしさを主張しているわけではないし。……やかましいわ! 誰が貧乳だっ!! 確かに低学年の時健康診断行ったら上半身見せているのに内科の先生に男子と間違えられたことはあるが。
 というか流石に無理だ。小学生低学年くらいの時ならいざ知らず、いくら小さいと言え男性の胸と主張するのは無理がある。というか、その主張が通ったとして、男性たちの目の前に胸を開けっ広げでいけるほどの強心臓は持っていない。しかし、下はともかく上も隠していると流石に違和感か。いや、男性にも上を隠す人は居るは居るのだろうが、この銭湯内では露骨に浮きそうだ。
 考えろ、考えるんだ。どうやってここを脱出する? 幸い入ってきたのは3人だけ。しかもみんなまずシャワーを浴びている。
 湯船に人が入ってきてしまえばもうアウトだ。同じ湯船に入っている人が立ち上がれば視線くらいそちらに向けるだろう。気付かれるリスクが高すぎる。
 これ以上人が入ってきても難しい。人が増えれば増えるほど気付かれるリスクが上がる。今何食わぬ顔で湯船を出て、おじさま方のシャワーが終わる前に脱衣所へと逃げ込む。これしかない。
 湯船に入った状態で顔だけ出し、男性陣の様子を確認する。シャワーを浴びている最中でまだ湯船に向かってくる様子は無い。彼女はそっと音を立てないように湯船から出る。シャワーで頭や顔を洗っている最中だ。シャワーの水音でこちらが多少物音を立てても気にはされないだろう。
 湯船から出て、だれの視線もこちらには向いていないわけだが、それでもやはり本能的にタオルで体を隠す。バレた瞬間色々終わりだから、変な話、隠す必要も無いと言えば無いのだが、彼女だって欠片くらいの乙女としての羞恥心は持っているのである。
 さて、湯船からは出た。後は脱衣所までの直線を走り抜ければいい。湯船に入る時は気にも留めなかった距離ではあるが、今、脱衣所へ向かうとなると、これほど遠い距離に感じるとは思わなかった。向かっている途中に男性陣の視線がこちらを向いたら、そう思うと中々一歩が踏み出せない。
 本当にリアルに一瞬、ほふく前進で床と一体化しながら出ていく案も考えた。子供の頃お遊びでやった程度の見よう見まねのほふく前進ではあるが、体勢を低くして相手の視線に映らないようにすることの大事さを彼女は銭湯で知った。
 しかし、だ。相手は椅子に座ってシャワーを浴びている人たち。視線がそもそも低めだ。ほふく前進をやっているところをガン見されたら終わりである。逆に、堂々と歩いていった方が、彼らの視線の高さ的に足元しか見えないため安全かもしれない。
 理屈は分かるけどな……、とは思いつつ、精神的に言えば隠れている感が出るほふく前進の方が安全な気はする。
 いや、この怖がって考えている時間がリスクだ。さっきも言ったが、湯船に向かってこられたら詰む。これ以上人が入ってきても詰む。チャンスは今、人が少なく、湯船にも人が来ていないこのタイミングしかない。
『うぉぉぉっっっ!!』と心の中でだけ大声で気合いを入れ、彼女は湯船へと小走りで走る。小走りなのは、本気で走ったら目立ちそうなのと、後純粋に濡れている床で走るのが危ないからである。転んでしまって視線を集めては本末転倒である。ホントを言うと、歩いた方が目立たないのだろうな、とは思いもするが、それはそれ。一刻も早くここから脱出したいという焦りが出ている。
 焦ったせいでそもそもちゃんとタオルを巻けていなかったのか、あるいは小走りのせいでタオルが開けていったのかは分からないが、タオルが足元まで落ちてきてこけそうになる。上半身がさらされ、下半身も露出したことにキモが冷えるが、幸い、タオルが落ちてきたのは脱衣所の一歩手前のところ。ここであれば逃げ切れる。
 足元に落ちてきたタオルを足で蹴飛ばして退け、『勝った……っ!』と脱衣所の扉に手を伸ばした時、

 彼女が扉に触れるより先に、扉が先に開いた。

 自動ドア? と現実逃避しかけたが、この扉はしっかりと手動ドアである。つまり、だ。彼女が開ける前に開いたのであれば、誰かが開いた、ということ。

「「………………」」

 人と目が合ったら挨拶。小学生でもできるようなことだが、そんな余裕は無い。そう。全くもって頭から抜けていたが、脱衣所にだって人が居る可能性はあるのである。
 お互いしばし睨めっこ。相手の視線が一瞬、顔から足先まで動いた気はするが、向こうも向こうで予期しない状態に戸惑っているのだろう。ちなみに、彼女の視線も一瞬、頭から足先まで動いたが、まぁ、それはお互い様、ということにしないだろうか?
 微かにだけ残った意識で脱衣所の方を覗き込むが、目の前の人以外にもやっぱり何人か脱衣所に居そうである。この人だけ躱せばOK、というわけにはいかなそうである。
 ふっ、と彼女は乾いた笑みを浮かべ、
 終わった……、と彼女はどこかの燃え尽きたボクサーのようにその場で真っ白になった。


 ……え? 最近の趣味? ……そうだね。家のお風呂でゆっくりすることかな?
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