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第4.5章 次期龍神は魔剣を手にする

爽やか王子の淡い恋心

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 グレンズス魔法公国のランテット宰相邸から出立して20日目、馬車は未だにグレンズス魔法公国特有の砂漠の上を走っていた。



 私、クリスティド・スフレ・アド・シースクウェアはちらり、と馬車の中を見る。本を読むラフェエルの向かいですやすやと眠る____次期龍神・アルティア様のお姿があった。




 …………寝顔まで愛らしい御方だ。
 ふ、と笑みが零れてしまう。


 私は___アルティア様を、お慕いしている。

 最初からなんて美しい人だ、とは思っていたが、それだけじゃない。とてもお強く、気高く、それでいて配下の者にはお優しい。



 龍神様というのはそもそも尊い生き物だというのは十二分に理解していたつもりだが、彼女を知り、よりその偉大さを強く感じている。


 でも、ふとした時_今の寝顔などもそうだが_少女らしい振る舞いをして、それが胸を締め付ける。触れたい、話したいと思ってしまう。




 不敬な気持ちである。彼女は龍神様であらせられるのに。




 勿論、想いを告げることは無い。
 龍神様は神様だ。人間と関係を持つなどとしないであろうし、……………仮にあったとしても、私では不釣り合いだ。




 しかし。




 私はラフェエルを再び見た。アルティア様に目もくれず只管本を読んでいる。



 ____ラフェエル・リヴ・レドルド・サクリファイス。必ず死ぬと言われ続けた第1皇太子でありながらも勉学も鍛錬も社交も全て手を抜かず生を全うしようとしていた男。



 私は彼を人間としてとても尊敬している。

 必ず死ぬと分かっているのに彼は1度も泣きごとを言わなかった。何事にも冷静な判断を下すことの出来る完璧皇子だ。




 _____彼は、彼女のことをどう思っているのだろう?




 仮初ではあるものの、婚約者である。それで契約者でもある。彼女が龍神となるまで唯一叱れる存在であり、また、近づくことを許された人間だ。



 ずっと顔を合わせていたら好きになる、とまでは言わない。けれど、愛着ぐらいは持つだろう。然し彼は容赦なく罰を与える。好きならばそんなことはしない。





 ……………いや、相手は私ではなくラフェエルだ。変に捻くれているから愛情表現なのかもしれない。そうなると、やはり龍神様を好きでいるのだろうか…………………それとなく聞いてみよう。




 「なあ、ラフェエル」



 「従者が気軽に口を聞くな」



 「……………………」



 ピシャリとそう言われ、黙る。
 昔からこういう所は変わらない。
 これ、と決めたらこれを全うする。 



 ラフェエルは私を堅物だと言うけれど、ラフェエルには負ける。……………全てにおいて、劣っているのだが。






 「元気がないな、少年」



 「!」



 不意に後ろから呼ばれた。
 見ると____ふわふわと浮いているダーインスレイヴ様だ。これは魔法ではないらしい。幽霊であり、アルティア様の剣だ。




 不可思議ではあるが、先日その力を見てしまって安易に否定出来なくなった。ダーインスレイヴ様_最初はダーインと呼んでいたが本人が"ダサい"と嫌がった為レイヴ様とお呼びしている_がけたけたと笑った。



 「恋の悩みか?若いねぇ」



 「なっ…………!適当なことを言わないでいただけますか!」



 「そんなことを言うならばお前の心を全て読み上げるぞ?」


 「………………ッ!」



 顔に熱が集中していく。この人?は本当にやる。読心術という人智を超えた力を持つのはやはりずるいと思う。




 「ずるくはないさ。500年も生きれば身につく。3000年経てばそれが五月蝿く感じるぞ」


 「人間はそんなに生きられません!」


 「………………………それも、そうか。

 まあなんにせよ、恋する相手が悪い。王子なのだろう?美しい娘などごまんといるさ」


 「や、やめてください…………私は、お慕いしていたいのです」




 本心だ。こうして遠目から見ているのが丁度いい。雲の上の存在である彼女に召し抱えられるだけでもありがたいのだから。




 レイヴ様はふむ、と言ってから近づいてきた。



 「健気な心だ。お前の治める国は安泰だな。…………………………その純粋な心で、これから先知るであろう"隠された真実"を受け止めろよ。


 それはきっと、"何かを変える"力になるだろう」




 「……………それは、どういう___「ピザァ!!」……!」



 話の途中、大声が馬車からした。急いで覗くと時すでに遅し。アルティア様は黒焦げになっていた。勿論ラフェエルの横顔___右目には契約印が光っている。




 「…………ラフェエル殿下、やりすぎかと」


 「この女にやりすぎる位が丁度いい」



 ____本当に、この2人は……………
 呆れたような、笑いたくなるような気持ちを押さえつつ、私は頭を抱える仕草をしてみせた。










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