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第一章
隣国からの留学生
しおりを挟む──そんな日々の中、転機が訪れた。
隣国からの留学生を迎えるための式典。壇上に現れたのは、明るく人懐こい笑顔を浮かべた青年だった。
「ライゼルト王国第二王子、アレク=ライゼルトだ!これからしばらく世話になる。よろしくな!」
場の空気などお構いなしに、元気に手を振る。教師たちが眉をひそめる中、同じ壇上に控える理知的な青年が小さくため息をついた。
「……アレク殿下、もう少しお静かに」
「いいだろ?どうせこれから友達になるんだから!」
その奔放さに、生徒たちはざわめいた。私も思わず口元をほころばせてしまう。
その瞬間、第二王子がこちらを見てぴたりと動きを止めた。
その瞳に射抜かれるように見つめられ、私は胸がどきりとする。
(……え?今、何を……)
気づかぬうちに、彼の視線は私を捉えて離さなかった。
昼休みの中庭。
大理石の噴水の周りには生徒たちが集まり、それぞれ思い思いに昼食を楽しんでいた。
私はレオナルト様と向かい合って座っていた。昼食もタイミングが合えば共に食事をとっている。
銀の器に盛られた軽食を手にしているけれど、漂うのはどこか形式ばった空気。まるで儀式のように、言葉を交わす。
「殿下、本日の政務学の授業はいかがでしたか?」
「そうだね。想定問答は悪くなかった。教授の視点は独特だが、参考にはなる」
「……ええ、そうですわね」
会話は確かに成立している。ただ報告書を読み合わせているようで……胸の奥が少し寂しくなる。
そのとき、場の空気を一気に変える声が響いた。
「おーい!二人とも、こんな固い顔して飯食ってて楽しいのか?」
アレク殿下が手にはパンを二つも抱え、にこにことこちらへ近づいてくる。控えていた生徒たちが慌てて頭を下げるのに、彼は気にする様子もない。
「俺も一緒にいいか?」
「……好きにしろ」
レオナルト様がわずかに眉を寄せた次の瞬間、アレク殿下はもう隣に腰を下ろしていた。
その様子を横目で見て、レオナルト様は大きく息をついて私と向き合う。
「ライゼルト王国の第二王子のアレク殿だ。私の昔馴染みでもある。しばらく文化交流のため、我が国に在留される。父からは、私とリシェルで学園の案内をしてほしいと任されている。頼まれてくれるか。」
「さようでございますか。改めまして、ベルトラム公爵家が長女、リシェルと申します。」
「私の婚約者だ」
レオナルト様が婚約者として頼ってくれている。湧き上がる気持ちに心乱されぬように、笑顔を貼り付ける。
「こんな可愛い子が婚約者なんて羨ましいなー!リシェルって呼んでいいか?」
「…レオナルト様…」
婚約者が他の異性に呼び捨てされるのだ。よい気分ではないだろう。
レオナルト様の返答に期待しないようにしながらも、目線を下げて言葉を待つ。
「問題なかろう。ここでは、同じ学園生となる。呼び捨てで構うまい。」
落胆。そして、つい笑いをこぼしてしまった。
そうだ。レオナルト様はいつでもどんなときも、熱量は変わらないのだ。知っていた。知っていてやっぱり心の底では期待していたのだ。
改めて微笑みが崩れないように淑女の仮面を貼り付ける。
そして、アレク殿下はその空気を感じていないかのように、嬉々として当然のように私へと話しかけてくる。
「なあ、リシェル。君のノート、めちゃくちゃ綺麗だって聞いたんだけど、本当か?」
「え?あ、ええ……まとめてはいますけれど」
「やっぱり!ちょっと見せてもらえない?いやー、俺、授業聞いててもすぐ退屈しちまうんだよな」
あまりに屈託のない笑顔に、戸惑いながらも私はノートを差し出した。
アレク殿下はページを開くなり、子どものように目を輝かせる。
「すげぇ!見やすいし、まとめ方がうまい!お前、あったまいいなー!」
「……そう、かしら」
「絶対そうだって。なあ、レオナルト?」
突然話を振られ、レオナルト様は一拍置いてから穏やかに答えられた。
「……彼女の努力は、常に感心している」
その微笑みは整っていた。けれど、やはり熱は感じられない。以前にも伝えてくれた心の伴わない賞賛。
私はその冷たさに触れ、胸の奥で小さく息を呑んだ。
一方のアレク殿下は、一瞬きょとんとした顔をした後、にやりと笑ってパンを齧った。
「まあいいや。とにかく、俺はすっげー助かるから今後お世話になるわ!」
あまりに素直で、飾り気のない言葉。
気づけば私は思わず笑っていた。……こんなふうにまっすぐ褒められることなんて、ほとんどなかったから。
アレク殿下の小気味良い話が次から次へと出てくる中で、昼休みが慌ただしく切り上げられたのは、侍従が急ぎ足で要件を伝えに来た時だった。
「殿下、至急御耳に入れたいことが…」
次期王太子教育の一環で、レオナルト様に急ぎの呼び出しがかかったのだ。
「悪い。政務の件で宰相に呼ばれている。リシェル、席を外す。おそらく今日はもうここには来ないだろう。アレク、申し訳ないがこのままリシェルと楽しんでくれ」
「承知いたしました」
「王太子様は大変だなー。頑張れよー!」
そう言い残して、殿下は護衛を伴い、足早に去っていかれた。
残されたのは──私と、アレク殿下、そしてその側近のカイル様。
「よっしゃ!堅物の殿下がいなくなったし、これで気楽にできるな!」
アレク殿下は机に広げられた菓子を両手に掴み、豪快に頬張りながら笑った。
「……アレク殿下。もう少し周囲の目をお気になさってください」
カイル様が深いため息をつく。
「いいじゃねえか、カイル。リシェルも笑ってるし」
「リシェル様は困ってらっしゃいます…」
突然名前を出されて、私は思わず小さく吹き出してしまった。
「ごめんなさい。なんだか……少し新鮮で」
「だろ?俺、そういう堅苦しいの大嫌いなんだよな!」
「殿下、堂々と嫌いと仰らないでください」
カイル様の眉間に皺が寄るけれど、その声音はどこか慣れている。いつものやりとりなのだろう。
私はふとカイル様に向き直った。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。私は、ベルトラム公爵家が長女、リシェ」
「あー、そんな堅苦しい挨拶はいい!カイル、リシェルだ!」
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「なんだよ、悪童って!もう子どもじゃねーわ!」
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「……まあ、否定はできませんね」
「ははっ!こいつは俺の面倒を見るのが生きがいだからな!」
「そんな生きがいは持った覚えがありません!」
きっぱり言い切るカイル様に、私はつい笑ってしまった。
──ああ、笑っている。私が。
そのことに、自分が一番驚いていたのかもしれない。
けれど、アレク殿下の方はもっと真剣な目で私を見ていた。
「なあ、リシェル。君さ、もっと笑ってた方がいいぞ」
「……え?」
「いや、なんか……肩に力入ってるように見えるから。もっと気楽でいいんじゃねえの?」
いつも通りの屈託のない調子なのに、その瞳だけは妙に真摯で……心の奥にすっと入り込んでくる。
私は返事をせず、ただ紅茶を一口すする。胸の奥に、ちりりと温かいものが広がっていた。
「……もっと笑ってもいいのかしら…?」
気づけば、小さな声で問い返していた。
「そうそう!笑ってる顔の方が、ずっと君らしいって思う。」
アレク殿下はパンを片手に、まるで当たり前のことを言うように笑った。
その無邪気さに、私は思わず視線を逸らす。
(……らしい、なんて。私のことを、そんなふうに言ってくれる人がいたかしら)
戸惑う私の様子を見て、アレク殿下は少し首を傾げた。
「ん?なんだ、違ったか?」
「い、いえ……ただ……」
言葉に詰まり、視線を落とす。どう答えればいいのか分からなかった。
「ま、いいや。これから俺がいっぱい笑わせてやるよ」
「……え?」
「その方が、俺も楽しいしな!」
いたずらっぽい笑顔と明るい声に、また胸の奥がふっと緩んでしまう。
隣でカイル殿下が呆れたようにため息をついた。
「殿下……貴方はそうやって、また余計なことを……」
「余計じゃねえだろ?大事なことだ!笑顔は世界を救う!じゃあ、友達になった記念ということで、俺のことはアレクと呼んでくれ!」
アレク様は全く気にせず、子どものように笑い飛ばした。
──どうしてだろう。
この人といると、いつもより息がしやすい。
気づけば、再び笑みを浮かべていた。
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