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第一章
自由と未来への一歩③
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翌朝、公爵家を発つ。
そう告げられてからというもの、義母とエリナは慌ただしく王太子の婚約者としての準備に追われ、私に目を向けられることはほとんどなかった。
だからこの夜、家族全員が食卓に揃ったのは、偶然のようでもあり――あるいは「最後だから」と父が無理に整えさせたものかもしれなかった。
長いテーブルの上には、豪奢な料理が並べられていた。けれど、誰の口もあまり動いていない。
義母は形ばかりの笑みを浮かべ、エリナは落ち着かぬ様子でナプキンを弄んでいる。
「……リシェルさん、今までご苦労様。これからは、エリナが殿下のお傍に立つことになります。」
義母が口を開いた。
「家の名を汚さぬよう、皆で支えましょう」
その声には、私は一員として含まれていなかった。
沈黙を破ったのは父だった。
「……リシェル」
その呼びかけに、私は思わず顔を上げた。
父は葡萄酒の入ったグラスを持ったまま、しばし言葉を探すように沈黙する。
やがて、低く絞り出すように言った。
「……すまない」
テーブルの向こうで、義母がわずかに眉をひそめる。エリナも目を丸くした。
父が私に謝るなど、今までなかったからだ。
「…それでも私は家を守らねばならない」
「……お父様」
胸が熱くなる。けれどその目には深い疲れが滲んでいて、今さらの悔恨があるだけだと分かった。
この人もまた、家と王家の板挟みの中で身動きが取れなかったのだ。
義母は冷ややかに言葉を差し挟んだ。
「今さら過去を悔やんでも仕方ありませんわ。旦那様は王家のため、公爵家のため懸命に勤めを果たしてくださっております。大切なのは、これからエリナが王家の一員として恥をかかぬようにすることです」
父がうなり、黙り込む。
義母に言い返さない様子に心に少しだけ灯った火がすぐに消える。父の私への思いは家よりも義母よりも低い。
その瞬間、私ははっきりと悟った。
未練なくこの家から去れる、と。
「……ご馳走さまでした」
私は静かに立ち上がり、深く一礼した。
父が何か言いたげに口を開きかけたが、結局は声にならなかった。エリナは不安そうに私を見送ったが、義母の視線を意識したのか、すぐに前を向いてしまった。
重たい扉を押し開けると、廊下の空気がひやりと心地よかった。
胸の奥に残るのは、悲しみよりも、むしろ静かな決意だった。
そして今日――私はライゼルト王国へと旅立つ。
朝の空気は澄んでいて、どこか肌寒ささえ感じる。
公爵家の正門前に立つと、私の荷を積み込んだ馬車が静かに待っていた。
「……いよいよですわね」
思わず小さく呟いた。
背後には父と義母、そしてエリナが並んでいる。けれど誰一人、言葉をかけてはこなかった。
義母は最後まで唇を結び、エリナは視線を逸らし、父はひどく疲れたような顔をして、ただ遠くを見ている。
けれど、不思議と胸は痛まなかった。
むしろ「ここに私の居場所はない」と、はっきりと知ることができたから。
「おーい!迎えに来てやったぞ!」
陽気な声が響いた。
顔を上げると、手を振るアレク様の姿。
その隣で苦笑するカイル様もいる。
「殿下、声が大きすぎます」
「いいだろ!旅立ちの日くらい派手に行こうぜ!」
そのやりとりに、思わず笑ってしまった。義母の視線も、エリナの不満げな顔も、今はどうでもよかった。
「リシェル」
アレク様が馬車を降り、真っ直ぐこちらに歩み寄ってきた。
「荷物、少なすぎねえか?」
またその話、と微笑むと、アレク様はにっと笑って言った。
「心配すんな。向こうで俺が、なんでも用意してやる。」
「……ありがとうございます」
言葉を返すと、彼は一瞬だけ視線を逸らし、耳の先がほんのり赤く見えた。
「では参りましょう」
カイル様が静かに促す。
御者が鞭を鳴らすと、馬車がゆっくりと動き出した。
窓から見える公爵家の門が遠ざかっていく。
父にも、義母にも、エリナにも、誰も手を振らなかった。
「俺の国はいいぞ。飯もうまいし、人もいい!そして、何よりリシェルは運がいい。なんてったって、俺が一緒だからな!」
けれど――私の隣には、笑いながら未来を語る人たちがいる。
「またそうやって殿下は…」
「リシェルもそうだよな?俺が一緒で嬉しいよな!」
重たい衣装も、飾り立てた宝石も置いてきた。
今、私が抱えているのは、必要な知識と、少しの本、そして……温かな声。
――もう戻らない。
そう決めたこの旅は、私にとって新しい始まり。
「リシェル、着いたらまず何食いたい?」
「……アレク様、そこからですか?」
「当然だろ!飯は人生の基本だ!」
「……ふふっ」
笑い声が、馬車の中に広がっていく。
未来は、きっとここから。
【第1章完】
第一章はここで終了です。
次章はアレクの母国編です。
自由を掴み取ったリシェル。
アレクとの関係が進展していきますが、そこにライバルが現れて。
二人はお互いの笑顔のためにどのような決断をするのでしょうか。
ぜひ楽しんで読んでいただければと思います。
いつも応援ありがとうございます。
いいね、ブクマ、お気に入りが励みになっています。
そう告げられてからというもの、義母とエリナは慌ただしく王太子の婚約者としての準備に追われ、私に目を向けられることはほとんどなかった。
だからこの夜、家族全員が食卓に揃ったのは、偶然のようでもあり――あるいは「最後だから」と父が無理に整えさせたものかもしれなかった。
長いテーブルの上には、豪奢な料理が並べられていた。けれど、誰の口もあまり動いていない。
義母は形ばかりの笑みを浮かべ、エリナは落ち着かぬ様子でナプキンを弄んでいる。
「……リシェルさん、今までご苦労様。これからは、エリナが殿下のお傍に立つことになります。」
義母が口を開いた。
「家の名を汚さぬよう、皆で支えましょう」
その声には、私は一員として含まれていなかった。
沈黙を破ったのは父だった。
「……リシェル」
その呼びかけに、私は思わず顔を上げた。
父は葡萄酒の入ったグラスを持ったまま、しばし言葉を探すように沈黙する。
やがて、低く絞り出すように言った。
「……すまない」
テーブルの向こうで、義母がわずかに眉をひそめる。エリナも目を丸くした。
父が私に謝るなど、今までなかったからだ。
「…それでも私は家を守らねばならない」
「……お父様」
胸が熱くなる。けれどその目には深い疲れが滲んでいて、今さらの悔恨があるだけだと分かった。
この人もまた、家と王家の板挟みの中で身動きが取れなかったのだ。
義母は冷ややかに言葉を差し挟んだ。
「今さら過去を悔やんでも仕方ありませんわ。旦那様は王家のため、公爵家のため懸命に勤めを果たしてくださっております。大切なのは、これからエリナが王家の一員として恥をかかぬようにすることです」
父がうなり、黙り込む。
義母に言い返さない様子に心に少しだけ灯った火がすぐに消える。父の私への思いは家よりも義母よりも低い。
その瞬間、私ははっきりと悟った。
未練なくこの家から去れる、と。
「……ご馳走さまでした」
私は静かに立ち上がり、深く一礼した。
父が何か言いたげに口を開きかけたが、結局は声にならなかった。エリナは不安そうに私を見送ったが、義母の視線を意識したのか、すぐに前を向いてしまった。
重たい扉を押し開けると、廊下の空気がひやりと心地よかった。
胸の奥に残るのは、悲しみよりも、むしろ静かな決意だった。
そして今日――私はライゼルト王国へと旅立つ。
朝の空気は澄んでいて、どこか肌寒ささえ感じる。
公爵家の正門前に立つと、私の荷を積み込んだ馬車が静かに待っていた。
「……いよいよですわね」
思わず小さく呟いた。
背後には父と義母、そしてエリナが並んでいる。けれど誰一人、言葉をかけてはこなかった。
義母は最後まで唇を結び、エリナは視線を逸らし、父はひどく疲れたような顔をして、ただ遠くを見ている。
けれど、不思議と胸は痛まなかった。
むしろ「ここに私の居場所はない」と、はっきりと知ることができたから。
「おーい!迎えに来てやったぞ!」
陽気な声が響いた。
顔を上げると、手を振るアレク様の姿。
その隣で苦笑するカイル様もいる。
「殿下、声が大きすぎます」
「いいだろ!旅立ちの日くらい派手に行こうぜ!」
そのやりとりに、思わず笑ってしまった。義母の視線も、エリナの不満げな顔も、今はどうでもよかった。
「リシェル」
アレク様が馬車を降り、真っ直ぐこちらに歩み寄ってきた。
「荷物、少なすぎねえか?」
またその話、と微笑むと、アレク様はにっと笑って言った。
「心配すんな。向こうで俺が、なんでも用意してやる。」
「……ありがとうございます」
言葉を返すと、彼は一瞬だけ視線を逸らし、耳の先がほんのり赤く見えた。
「では参りましょう」
カイル様が静かに促す。
御者が鞭を鳴らすと、馬車がゆっくりと動き出した。
窓から見える公爵家の門が遠ざかっていく。
父にも、義母にも、エリナにも、誰も手を振らなかった。
「俺の国はいいぞ。飯もうまいし、人もいい!そして、何よりリシェルは運がいい。なんてったって、俺が一緒だからな!」
けれど――私の隣には、笑いながら未来を語る人たちがいる。
「またそうやって殿下は…」
「リシェルもそうだよな?俺が一緒で嬉しいよな!」
重たい衣装も、飾り立てた宝石も置いてきた。
今、私が抱えているのは、必要な知識と、少しの本、そして……温かな声。
――もう戻らない。
そう決めたこの旅は、私にとって新しい始まり。
「リシェル、着いたらまず何食いたい?」
「……アレク様、そこからですか?」
「当然だろ!飯は人生の基本だ!」
「……ふふっ」
笑い声が、馬車の中に広がっていく。
未来は、きっとここから。
【第1章完】
第一章はここで終了です。
次章はアレクの母国編です。
自由を掴み取ったリシェル。
アレクとの関係が進展していきますが、そこにライバルが現れて。
二人はお互いの笑顔のためにどのような決断をするのでしょうか。
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