【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの

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第二章

新天地での始まり

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 馬車の車輪が石畳を揺らすたび、胸の奥で小さな期待と不安が交錯した。
 窓の外に広がるのは、これまで見たことのない街並み。家々の形も、屋根の色も、街角で売られる食べ物や布地の鮮やかさも――まるで絵本の中に迷い込んだようだ。

「リシェル、目がきらきらしてるな!」

 隣に座るアレク様が、私を覗き込む。

「……え?」

「いや、嬉しい。お前が楽しそうで!」

 彼はふっと笑い、私の手を取った。その自然さに心臓が跳ねる。

 馬車が止まると、目の前には堂々たる王城がそびえていた。白い石造りの壁に陽光が反射し、空に伸びる尖塔は威厳に満ちている。私は思わず息を呑んだ。

「ようこそ、俺の国へ!」

 アレク様は胸を張り、私の手を取ったまま降車を促す。手に導かれるまま、石畳に足を下ろすと、不思議と不安より安心が勝った。



 大広間に通され、ついにアレク様の家族と対面する。王太子に婚約解消された身だが、留学を快く受け入れてくださった感謝を伝えたい。
 玉座の手前で、アレク様は最敬礼し、頭を下げる。それに倣い、カーテシーを行う。

「父上並びに母上、ただいま戻りました。本日よりグランツフェルト国からベルトラム公爵令嬢を文化交流生として招致いたしました。ぜひ私を世話人として拝命仕りたくお願い申し上げます。」

「アレク、堅苦しい挨拶はよそうじゃないか。というよりも、別人のような喋りに影武者かと思ったぞ。…よく帰ってきたな。」

 柔らかい声が降り注ぐ。顔を上げると、国王陛下が穏やかな表情で、わたしたちを見つめていた。
 王妃殿下は優雅に椅子から立ち上がり、私の手を取って微笑んだ。

「あなたがリシェルさんね。こんなに可愛い子連れてきちゃって、アレクも中々やるじゃない。うちの子、口が悪くて傷ついてない?そういえば、アレクがこんなに丁寧に紹介するなんて、初めてよ!いいところ見せたいのかしら?ちゃっかり、世話役まで志願するなんて、どういう風の吹き回し「母上!」、なによアレク。いいじゃない!あ、もしかしてお手紙に書いていた気にな「母上っ!!!」もーなによ、お母様は許しませんよ!こんな可愛い子を独り占めしようだなんて!」

 アレク様が顔を赤くする。
 王妃殿下の言葉に、アレク様のお兄様までもが笑いをこらえながら私を見ていた。温かな家族のやりとりに、アレク様の優しさのルーツに触れられた気がした。

「初めまして。グランツフェルト国ベルトラム公爵家が長女、リシェルと申します。この度は留学を受け入れてくださり感謝申し上げます。アレク殿下に大変お世話になりました。今後は微力ながら、私もお力になれたらと存じます。」

 深く礼をすると、王妃殿下は優しく頷き、アレクのお兄様も「妹が増えたみたいだな」と和やかに受け入れてくれた。胸がじんわりと温まる。国王陛下も深く頷き、改めて話し始めた。

「リシェルさん、留学の間は、王城の客間で暮らすと良い。何か困ったことがあったら「俺がいるから不便なことなんてない!」聞け、この愚息。まあ、何かあればアレクが対応するだろう。深く考えず、バカンスに来たつもりで我が国を楽しんでいってくれ。」

 儀礼的な挨拶が終わるや否や、アレク様は「じゃ、街を案内してくる!」と私の手を取って歩き出した。止めようとした侍従の声も聞かず、ずんずん進む。

「やっぱりいつものアレクだな」

「僕は時間の問題だと思いましたよ、父上」

「行ってらっしゃい!リシェルちゃん」

温かな声を背に受けながら、私は振り返って慌てて頭を下げた。





 街は、活気と香りと笑い声に満ちていた。焼きたてのパンの匂い、香辛料の鮮やかな香り、行き交う人々の言葉は耳慣れない響きだが、不思議と心地よい。私は夢中で見回した。

「ねぇ、アレク様。あの果物は何ですの?」

「食いたいか?いや、食わせたい!」

「いえ、あの、聞いただけで…!」

 彼は迷いなく店に近づき、屋台の少年から果実を二つ買い求めると、一つを私の唇に近づけてきた。

「……ちょ、ちょっと!」

「いいから食え。甘いぞ」

 頬が熱くなる。周囲の人々がくすくす笑っている気配に、余計に顔が火照った。けれど一口かじると、本当に甘酸っぱくて、思わず笑みがこぼれる。

「ほらな、うまいだろ!でも……お前が笑うと、それよりずっと甘いな」

 囁くように言われて、心臓が跳ねる。

 その後も、道端で言葉が分からず困っていると、アレク様が代わりに店主と軽口を交わして支払いを済ませてくれる。人混みで押されそうになれば、さりげなく腕を引き寄せて庇ってくれる。時々乱暴で強引なのに、不思議と嫌ではない。むしろ、こんなふうに誰かに大切にされている実感が胸を満たしていく。

「なぁ、リシェル」

 夕暮れの広場で足を止め、アレク様が私を振り向いた。

「ここからは、もう“王太子の婚約者”じゃなくていい。お前は自由だ。好きに生きろ」

 そこで少し間を置き、彼は不器用そうに頭をかいた。

「……これから言うことで困らせたらごめん。早いこともわかってる。俺、リシェルと一緒にいると楽しいんだ。もっとお前を笑わせたいんだ。もし隣に誰もいないなら、…もしリシェルがいいのであれば、俺に座らせてくれ。俺は、ずっとお前の隣がいい」

 真剣な瞳に射抜かれ、胸が震える。婚約解消は悲劇のはずだった。けれど今、私は――。

「……迷惑ではありません。ただ、まだ私はアレク様の気持ちに返せるだけのものがあるかどうか…」

 小さな声でそう答えると、アレク様は一瞬目を見開き、すぐに嬉しそうに笑った。

「いいんだよ、それは!あーよかった!お前の国の時からずっと言いたかったんだよ!」

「アレク様…」

「なら決まりだ。お前の隣は俺、俺の隣もお前。……覚悟しろよ、リシェル。やっと“友達”からの脱却ができそうだな。俺のこと意識してくれよ!遠慮なしでいくからな!」

 その言葉に、頬が熱くなる。けれど同時に、心の奥で確かな喜びが芽吹いていた。




 夕刻、王城の大広間は黄金色の灯火に照らされていた。長いテーブルの上には、目にも鮮やかな料理が並び、芳醇な香りが漂っている。王家の皆様が整えてくださった、身内だけの歓迎の晩餐会だ。けれど私は少しだけ緊張していた。
 侍女はすべてベルトラム公爵家に置いてきた。こちらの国で新しい侍女を付けてもらえるとは聞いていたけれど、今夜の晩餐には間に合わなかったのだ。

「リシェル、固くなるなよ。俺がいる」

 隣に座るアレク様が、いつもの調子で軽く囁く。
 そう言われても、慣れない環境で一人きり。テーブルマナーに自信がないわけではないが、王族の方々に囲まれての食事となれば話は別だ。背筋が自然と強張ってしまう。

「……ありがとう存じますわ」

 小さく返すと、すぐにアレク様の手が伸び、私の膝の上に置いていたナプキンを広げて整えてくださった。
 それはまるで、幼い子供にするような世話の焼き方で――頬が一気に熱くなる。

「アレク様……!そこまでしていただかなくても……」

「俺がやりたいからやってる。文句ある?」

 悪びれもなく微笑む横顔に、反論の言葉を失う。
 王妃殿下がそれを見て楽しそうに口元を押さえた。

「あらあら、アレクがこんなに甲斐甲斐しいなんて珍しいこと。ねえあなた?」

「ああ。あの愚息が、まるで騎士のように振る舞っているな」

 国王陛下までが苦笑を漏らす。さらにアレク様のお兄様までがからかうように笑った。

「母上、父上。僕も驚いていますよ。アレクが女性のグラスに先に果実水を注ぐなんて、初めて見ました」

 ――そう、気づけばアレク様は私のグラスが空になる前に果実水を注ぎ足していた。
 さらに皿に並ぶ料理も「これ、うまいぞ」と取り分けてくださる。私が遠慮して小声で「自分でできます」と告げても、まるで聞き入れる様子はない。

「俺の隣に座ってる以上、俺がやる!安心して食え!」

 その一言が、太陽のような笑顔が、不思議と胸に温かく響いた。
 かつてレオナルト様として婚約していた時――彼が私にこんな風に気を配ってくれることは一度もなかった。
 どこか冷えた食卓の記憶と比べてしまい、余計に今の時間が夢のように思えた。

「……あの、ありがとうございます」

 絞り出すように礼を告げると、アレク様は満足げに笑い、ご自身は葡萄酒を口にした。
 その横顔はどこか誇らしげで、私が戸惑うほど自然に「隣にいるのが当たり前」という顔をしている。

「リシェルさん、本当に大丈夫?うちの子、調子に乗ってない?」

 王妃殿下がわざとらしく目を細める。

「……いえ、むしろ……とても、安心いたします」

 本心が口をついて出た。すると、王妃殿下は「まぁ」と小さく笑い、国王陛下と視線を交わした。
 その笑みは決して否定的なものではなく、むしろ優しく受け入れてくれるような色を帯びていた。

 やがて晩餐が進み、話題は私の留学生活へと移った。
 国王陛下が「何か困ったことがあれば遠慮なく言うといい」と仰ったのに対し、アレク様は即座に言い放った。

「だから困ったことは全部、俺が解決するっていったじゃねーか。むしろ困らせることはない!」

「今現在、甲斐甲斐しく世話を焼いて困らせてるお前がいうことではないぞ」

 食卓に一瞬、笑いが広がる。
 けれど胸の奥では、じんわりと安心が広がっていった。

 晩餐の後、私が一息つこうと立ち上がると、アレク様が当然のように手を差し伸べてきた。
 指先が触れるだけで心臓が高鳴るのに、その手は当たり前のように私を導き、扉の外まで送ってくださる。

「今日はもう休め。明日は……王都の中心街に連れて行く。約束な」

「……中心街に?」

「歓迎パーティーのドレスを用意する。約束したからな」

 にっと笑う顔に、また心臓が跳ねた。
 強引で、少し子供っぽくて――けれど、誰よりも真っ直ぐに私を見てくれる人。

 そんなアレク様と過ごす明日を思うと、胸の奥が不思議と温かく、心地よい期待で満ちていった。
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