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第二章
恋心と後悔と(レオナルト視点)
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茶会がお開きになった後、執務室の扉が勢いよく開く音が響いた。振り返ると、息を切らしたエリナが立っていた。
顔を赤くし、目を潤ませ、手を小さく握りしめている。そのままの勢いで机に向かって歩み寄り、感情の赴くままに話し始めた。
「レオナルト様、聞いてください!あの茶会、最悪でしたわ!誰も私の努力を認めてくれないんですの!名前を間違えることもありますでしょう!食事の作法で失敗することもありますでしょう!……皆、リシェル姉様と比べて笑うんですのよ!どうして、私ばかりが恥をかかなくてはいけないんですの!これだけ練習したのに、こんな仕打ちを受けるなんて、信じられませんわ!」
椅子に寄りかかり、ため息をつく。茶会には、最初の挨拶で中座した。その後は執務の関係で顔を出せず、状況をまったく把握していなかった。
あの茶会は、それこそ厳選された家格の貴族で王家に好意的なものたちを意図的に集めていた。公爵家には伝えてはいないが、エリナの披露にあたっての練習の意図があったからだ。
目の前で全力で愚痴をぶつけるエリナを見て、呆れが胸を満たす。
同時に、婚約者としての仮面をかぶり、義務を果たすべく顔には柔らかさを浮かべる。
「……なるほど、そう感じたのか」
その声に、エリナはさらに勢いを増す。
「私だって頑張ったんですの!刺繍も、舞踏も、食事の作法も、公爵家で一生懸命練習したんですのに!それなのに、皆さんはリシェル姉様ばかりを引き合いに出すんですわ!私の立場は……!私が王太子妃になるはずなのに……!」
言葉は止まらず、高い声は耳に刺さる。
眉間に深い皺を寄せつつも、手を胸の前で組み、冷静を装いながら聞くしかない。ここで遮ったり諭したりすれば、彼女の不満が収まるはずもない。
婚約者としての義務だと心で呟き、じっと耐える。
「……わかった、聞いたよ。落ち着いて」
意図せず声が低くなってしまった。抑えた口調だったが、エリナはその一言を受けてもなお、息を整えずまくしたてる。
「だって、リシェル姉様は何も引き継ぎ文書を残さなかったんですの!全部私が苦労して、練習して……それなのに、皆、私のことを認めないんですわ!」
彼女の目は涙で光り、声には震えが混ざる。
その姿に肩をすくめ、仕方なく微笑みを浮かべて相槌を打つ。表情の奥には呆れと、そして深い後悔が滲んでいた。
「……わかった。君の言うことは全部わかったよ」
エリナはそれだけで満足したようにうなずき、ようやく執務室を後にした。扉が閉まる瞬間、部屋に静寂が戻り、深く息を吐いた。
「殿下、茶を入れますか。」
「…頼む」
机に突っ伏す前に、手で頭を押さえ、心臓の鼓動が耳の奥で響くのを感じた。
数時間後、侍従が茶会の詳細な報告書を持ってきた。それを読むと、茶会でのエリナの振る舞いが如実に記されている。挨拶の失敗、食事マナーのぎこちなさ、貴族たちの微妙な反応。読み進めるうちに、胸の奥にじわりとした後悔が広がった。
――やはり選択を誤ったのか。
リシェルならどうしていただろうか。王族の婚約者として甘い部分もあったが、茶会では他の貴族と自然に交わり、笑顔を絶やさず、視線を受け流すこともできた。
図書室で令嬢を助けた件のように、体を張って信頼を勝ち取ることもできる。実務の邪魔をせず、細やかな気遣いを忘れない。比べれば、エリナの稚拙さが際立つ。
公爵家で教育を受けているとはいえ、この差は一体どういうことだろう。
――リシェルは、こんなにも人からの信頼を得られていたのか。
頭の中でリシェルの笑顔、仕草、立ち居振る舞いの一つひとつが鮮明に蘇る。
小さな失敗にも、周囲を気遣う心遣いが伴い、誰もがその人柄に引き込まれたのだ。
エリナと同じ状況に置かれたとしても、きっと周囲は彼女を非難するよりも心配が勝るだろう。そして、フォローするように動くはずだ。そもそもリシェルがそんなミスを犯すとも思えないが。
きっと今後は、僕もエリナも窮地に立たされるのか。だが今はもう、目の前にいるエリナを押し立てるしかないのだ。
――もう後戻りはできない。
手を頭に回し、椅子に沈み込む。視界の隅で、王家としての責務、婚約者としての義務、社会的な体裁……それらが渦のように絡み合い、頭を重くする。リシェルの存在感と比べるたび、胸の奥にひりつくような痛みが広がる。
――リシェルに寄り添っていれば変わっていたのだろうか。
その想いが静かに、しかし確実に心を締め付ける。義務の仮面を被る自分と、心の奥で後悔に苛まれる自分。ふたつの自分が執務室に沈む私を包み込む。
――リシェルがいてくれたら。
その想いが胸の奥でゆっくり形を変えていく。単なる後悔ではない。暖かく、切なく、少し甘い痛みが混じっていた。彼女の存在は、ただ「適任」だっただけではなく、僕に安心感と居心地の良さを与えてくれていたのだ。
その瞬間、胸の奥に違う感情がざわりと芽生える。頭の中でリシェルの笑顔がぐっと近づき、ふと気づく。図書室での小さな騒動、舞踏会での微笑、貴族たちへの気遣い……それらすべてに、義務以上の感情が隠れていたことを。
「そうか、僕は…」
――好きだったのかもしれない。
深く息をつき、窓の外の光を眺める。リシェルの自然な優雅さと信頼の厚さが、今も胸に燦然と輝き、エリナとの対比が鋭く突き刺さる。今日はもう仕事にならないかもしれない。
「…リシェル…」
この心の後悔は消えることはないだろう。
顔を赤くし、目を潤ませ、手を小さく握りしめている。そのままの勢いで机に向かって歩み寄り、感情の赴くままに話し始めた。
「レオナルト様、聞いてください!あの茶会、最悪でしたわ!誰も私の努力を認めてくれないんですの!名前を間違えることもありますでしょう!食事の作法で失敗することもありますでしょう!……皆、リシェル姉様と比べて笑うんですのよ!どうして、私ばかりが恥をかかなくてはいけないんですの!これだけ練習したのに、こんな仕打ちを受けるなんて、信じられませんわ!」
椅子に寄りかかり、ため息をつく。茶会には、最初の挨拶で中座した。その後は執務の関係で顔を出せず、状況をまったく把握していなかった。
あの茶会は、それこそ厳選された家格の貴族で王家に好意的なものたちを意図的に集めていた。公爵家には伝えてはいないが、エリナの披露にあたっての練習の意図があったからだ。
目の前で全力で愚痴をぶつけるエリナを見て、呆れが胸を満たす。
同時に、婚約者としての仮面をかぶり、義務を果たすべく顔には柔らかさを浮かべる。
「……なるほど、そう感じたのか」
その声に、エリナはさらに勢いを増す。
「私だって頑張ったんですの!刺繍も、舞踏も、食事の作法も、公爵家で一生懸命練習したんですのに!それなのに、皆さんはリシェル姉様ばかりを引き合いに出すんですわ!私の立場は……!私が王太子妃になるはずなのに……!」
言葉は止まらず、高い声は耳に刺さる。
眉間に深い皺を寄せつつも、手を胸の前で組み、冷静を装いながら聞くしかない。ここで遮ったり諭したりすれば、彼女の不満が収まるはずもない。
婚約者としての義務だと心で呟き、じっと耐える。
「……わかった、聞いたよ。落ち着いて」
意図せず声が低くなってしまった。抑えた口調だったが、エリナはその一言を受けてもなお、息を整えずまくしたてる。
「だって、リシェル姉様は何も引き継ぎ文書を残さなかったんですの!全部私が苦労して、練習して……それなのに、皆、私のことを認めないんですわ!」
彼女の目は涙で光り、声には震えが混ざる。
その姿に肩をすくめ、仕方なく微笑みを浮かべて相槌を打つ。表情の奥には呆れと、そして深い後悔が滲んでいた。
「……わかった。君の言うことは全部わかったよ」
エリナはそれだけで満足したようにうなずき、ようやく執務室を後にした。扉が閉まる瞬間、部屋に静寂が戻り、深く息を吐いた。
「殿下、茶を入れますか。」
「…頼む」
机に突っ伏す前に、手で頭を押さえ、心臓の鼓動が耳の奥で響くのを感じた。
数時間後、侍従が茶会の詳細な報告書を持ってきた。それを読むと、茶会でのエリナの振る舞いが如実に記されている。挨拶の失敗、食事マナーのぎこちなさ、貴族たちの微妙な反応。読み進めるうちに、胸の奥にじわりとした後悔が広がった。
――やはり選択を誤ったのか。
リシェルならどうしていただろうか。王族の婚約者として甘い部分もあったが、茶会では他の貴族と自然に交わり、笑顔を絶やさず、視線を受け流すこともできた。
図書室で令嬢を助けた件のように、体を張って信頼を勝ち取ることもできる。実務の邪魔をせず、細やかな気遣いを忘れない。比べれば、エリナの稚拙さが際立つ。
公爵家で教育を受けているとはいえ、この差は一体どういうことだろう。
――リシェルは、こんなにも人からの信頼を得られていたのか。
頭の中でリシェルの笑顔、仕草、立ち居振る舞いの一つひとつが鮮明に蘇る。
小さな失敗にも、周囲を気遣う心遣いが伴い、誰もがその人柄に引き込まれたのだ。
エリナと同じ状況に置かれたとしても、きっと周囲は彼女を非難するよりも心配が勝るだろう。そして、フォローするように動くはずだ。そもそもリシェルがそんなミスを犯すとも思えないが。
きっと今後は、僕もエリナも窮地に立たされるのか。だが今はもう、目の前にいるエリナを押し立てるしかないのだ。
――もう後戻りはできない。
手を頭に回し、椅子に沈み込む。視界の隅で、王家としての責務、婚約者としての義務、社会的な体裁……それらが渦のように絡み合い、頭を重くする。リシェルの存在感と比べるたび、胸の奥にひりつくような痛みが広がる。
――リシェルに寄り添っていれば変わっていたのだろうか。
その想いが静かに、しかし確実に心を締め付ける。義務の仮面を被る自分と、心の奥で後悔に苛まれる自分。ふたつの自分が執務室に沈む私を包み込む。
――リシェルがいてくれたら。
その想いが胸の奥でゆっくり形を変えていく。単なる後悔ではない。暖かく、切なく、少し甘い痛みが混じっていた。彼女の存在は、ただ「適任」だっただけではなく、僕に安心感と居心地の良さを与えてくれていたのだ。
その瞬間、胸の奥に違う感情がざわりと芽生える。頭の中でリシェルの笑顔がぐっと近づき、ふと気づく。図書室での小さな騒動、舞踏会での微笑、貴族たちへの気遣い……それらすべてに、義務以上の感情が隠れていたことを。
「そうか、僕は…」
――好きだったのかもしれない。
深く息をつき、窓の外の光を眺める。リシェルの自然な優雅さと信頼の厚さが、今も胸に燦然と輝き、エリナとの対比が鋭く突き刺さる。今日はもう仕事にならないかもしれない。
「…リシェル…」
この心の後悔は消えることはないだろう。
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