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第二章
学舎にて①
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学園に通う朝、部屋の鏡の前で私は制服の袖をそっと整えていた。
――制服。
母国にはその概念がなかった。貴族の子女は家の紋を織り込んだ衣を纏い、庶民は質素な服を着る。身分の差は衣装に刻まれ、同じ場に立っていても明確に線が引かれていた。
けれどこの学園では、身分を問わず全員が同じ制服を着る。初めて袖を通した瞬間、胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
「……不思議。これを着ると、みんなと同じ“仲間”になれる気がする」
胸元のリボンを軽く結び直し、裾を撫でる。上質だが派手さはなく、動きやすい仕立て。鏡に映る自分は、見慣れたドレス姿とは違い、少し大人びて見えた。
そのとき、扉をノックする音がする。
「リシェル、準備できたか?」
声の主はアレク様。返事をして扉を開けた瞬間、彼の目が見開かれた。
「……っ!」
普段は落ち着いた彼が、珍しく言葉を失っている。頬がほんのり赤く染まり、私を頭の先からつま先まで遠慮なく眺めてくる。
「……似合いすぎて、反則だろ」
ぼそりとこぼした言葉に、私の頬が一気に熱くなる。
「そ、そんなにじろじろ見ないでくださいませ!」
慌てて裾を押さえると、アレク様は耳まで赤くしながらも笑みをこぼした。
「いや、本当に。制服ってここまで可愛く見えるものなのか。……毎朝これが見られるなら、学園に行く甲斐がある」
「アレク様!」
抗議の声を上げると、彼は肩をすくめつつも目だけは真剣で。胸がどきりと跳ねる。
そこへ、廊下からのんびりした声が響いた。
「朝っぱらからイチャつくのは勘弁してください」
顔を出したのはカイル様だった。同じ制服をかっちりと着こなし、半分笑いながらこちらを見る。
「リシェル様、おはようございます。制服がお似合ですよ。ま、殿下がデレデレするのも無理もないですね」
「カイル……!」
アレク様が苦い顔をする横で、私は小さく会釈を返す。カイル様は笑顔で手を振り、「行こう」と合図した。
学園は王城から程近く、石畳の道を馬車がゆっくりと走る。朝日が差し込み、制服のリボンが光を受けて揺れた。母国では想像もできなかった光景に、胸が高鳴る。
学園の校舎に入ると、石造りの壁がひんやりとした空気をまとい、廊下には生徒たちの笑い声が響いていた。
「こっちだ」
アレク様に案内されて教室に入ると、ざわめきが一瞬で止まった。視線が一斉に私へ注がれる。
――わあ……。
思わず息を呑む。けれど制服を着ているせいか、恐怖はなかった。ここでは皆が同じ机に座る「学生」。そう思うと緊張よりもわくわくが勝った。
「よーみんな、久しぶりだな!今日からこの学園に通う、グランツフェルト国から来たベルトラム公爵家のリシェル嬢だ。我が国の文化を学びにきてくれている。みんなも仲良くしてくれると嬉しい。ちなまに俺も今日から復帰だ!」
アレク様の言葉に、ぱちぱちと拍手が湧く。
「ようこそ!」
「一緒に勉強しような!」
「リシェルさん、よろしく!」
笑顔の声に胸がじんと熱くなる。
「は、はい……!こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お辞儀をすると、女子生徒たちが「可愛い~!」と小声で囁き、男子たちが照れくさそうに目を逸らした。その様子にクラスがどっと和む。
するとアレク様が一歩前に出て、わざとらしく咳払いをした。
「あー…このクラスの全員に宣言する!彼女の隣の席は俺だから、そこは譲らないぞ!」
「うわ、独占欲~」
「やっぱりなー」
教室が笑いに包まれ、私は思わず顔を赤くする。
「……余計なことを言わないでくださいませ」
小声で抗議すると、アレク様はにやりと笑って耳打ちしてきた。
「だって、誰かに取られたくないんだ」
心臓が大きく跳ね上がる。――強引だけど、嬉しい。
「やれやれ。朝から砂糖吐きそうです」
カイル様が苦笑混じりに呟き、また教室の笑いが弾ける。緊張がすっかり和らぎ、私の口元にも自然と笑みが浮かんだ。
窓の外では初夏の風が木々を揺らしている。制服の袖口をぎゅっと握りながら、私は胸の中でそっと呟いた。
――この学園での生活は、自分らしく生きる第一歩にしよう。
最初の授業は歴史だった。歴史は、この国の成り立ちや文化を知る良い学びになりそうだ。
歴史の教師は白髪交じりの壮年の男性だった。落ち着いた声が教室に響く。
「さて、今日の題材は三百年前の飢饉についてだ。当時、王都ではどのような政策が取られたか、そして民衆はどう行動したか――これを考えてもらう」
私は瞬きをした。母国の歴史教育では「王がどんな命令を下したか」「どのように秩序を保ったか」という支配者側の視点しか学ばなかった。だが、今耳にした問いは「民衆がどう行動したか」だ。
(そんなこと、考えたこともなかった……)
教師は一人の男子生徒を指名する。平民らしい素朴な制服姿の少年が立ち上がり、堂々と答えた。
「えっと、当時の農民は自分たちで保存食を作ったり、都市に向かって交渉に行ったりしたと記録にあります。王都に頼るだけじゃなくて、自分たちで動いたんです」
「うむ、よく調べているな」
教師が頷くと、教室が小さな拍手で包まれた。その自然さにまた驚く。母国では、生徒が意見を言えばただ正誤を判定されるだけだった。拍手など、とても考えられない。
「では、リシェル嬢。君の国では、こうした飢饉のとき、人々はどうしていただろうか?」
突然名を呼ばれ、心臓が跳ねた。けれど、不思議と怖さはなかった。むしろ、期待されているような心地がした。
「……はい。私の国では、そのようなとき、基本的に国王や領主の采配がすべてでした。人々は声を上げても、それが政策に反映されることは少なく……。ですが、こうして民衆の行動に目を向けることで、本当に歴史を理解できるのだと気づきました」
言葉が自然に口をついた。クラス中の視線が集まり、一瞬息が詰まる。だがすぐに、誰かが「なるほど」と頷き、それが伝染するように他の生徒たちも微笑んでくれた。
「素敵な視点ですね」
「やっぱり、公女様ってすごい」
小さな囁きが聞こえる。その温かさに、胸の奥がじんわり熱くなった。
隣のアレク様は、机の下で握った拳を小さく震わせている。興奮を抑えきれない顔でこちらを見つめていた。
「リシェル、すげえな!」
「も、もう……!授業中です!」
慌てて小声でたしなめるが、頬が緩んでしまうのを止められなかった。
「殿下、お静かに…」
斜め後ろから低い声が響く。カイル様だ。彼は控えめに座っていたが、呆れたような目でアレク様を見ている。アレク様はどこ吹く風のようだ。
「それにしても見事なお答えでした、リシェル様。殿下の一言が余計でしたね。」
純粋な褒め言葉をかけられ、私は頬が熱を帯びる。
しかしその隣で、アレク様が不満げに眉をひそめた。
「おい、カイル。お前、リシェルにだけ甘くないか?」
「事実を申し上げただけです」
きっぱりと返すカイル様に、クラスのあちこちからクスクスと笑い声が広がる。
自然と場の空気が和み、私も小さく息をついた。
(……不思議。こんなに緊張していたのに、皆のおかげで温かくなるなんて)
教師が再び黒板に向き直り、授業は続いていく。問いが投げかけられ、生徒たちが互いに意見を交わす。身分の差を超えて学び合う場――そこに私は心から感動していた。
(学びが「務め」ではなく、「共有」になるのだわ……)
――制服。
母国にはその概念がなかった。貴族の子女は家の紋を織り込んだ衣を纏い、庶民は質素な服を着る。身分の差は衣装に刻まれ、同じ場に立っていても明確に線が引かれていた。
けれどこの学園では、身分を問わず全員が同じ制服を着る。初めて袖を通した瞬間、胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
「……不思議。これを着ると、みんなと同じ“仲間”になれる気がする」
胸元のリボンを軽く結び直し、裾を撫でる。上質だが派手さはなく、動きやすい仕立て。鏡に映る自分は、見慣れたドレス姿とは違い、少し大人びて見えた。
そのとき、扉をノックする音がする。
「リシェル、準備できたか?」
声の主はアレク様。返事をして扉を開けた瞬間、彼の目が見開かれた。
「……っ!」
普段は落ち着いた彼が、珍しく言葉を失っている。頬がほんのり赤く染まり、私を頭の先からつま先まで遠慮なく眺めてくる。
「……似合いすぎて、反則だろ」
ぼそりとこぼした言葉に、私の頬が一気に熱くなる。
「そ、そんなにじろじろ見ないでくださいませ!」
慌てて裾を押さえると、アレク様は耳まで赤くしながらも笑みをこぼした。
「いや、本当に。制服ってここまで可愛く見えるものなのか。……毎朝これが見られるなら、学園に行く甲斐がある」
「アレク様!」
抗議の声を上げると、彼は肩をすくめつつも目だけは真剣で。胸がどきりと跳ねる。
そこへ、廊下からのんびりした声が響いた。
「朝っぱらからイチャつくのは勘弁してください」
顔を出したのはカイル様だった。同じ制服をかっちりと着こなし、半分笑いながらこちらを見る。
「リシェル様、おはようございます。制服がお似合ですよ。ま、殿下がデレデレするのも無理もないですね」
「カイル……!」
アレク様が苦い顔をする横で、私は小さく会釈を返す。カイル様は笑顔で手を振り、「行こう」と合図した。
学園は王城から程近く、石畳の道を馬車がゆっくりと走る。朝日が差し込み、制服のリボンが光を受けて揺れた。母国では想像もできなかった光景に、胸が高鳴る。
学園の校舎に入ると、石造りの壁がひんやりとした空気をまとい、廊下には生徒たちの笑い声が響いていた。
「こっちだ」
アレク様に案内されて教室に入ると、ざわめきが一瞬で止まった。視線が一斉に私へ注がれる。
――わあ……。
思わず息を呑む。けれど制服を着ているせいか、恐怖はなかった。ここでは皆が同じ机に座る「学生」。そう思うと緊張よりもわくわくが勝った。
「よーみんな、久しぶりだな!今日からこの学園に通う、グランツフェルト国から来たベルトラム公爵家のリシェル嬢だ。我が国の文化を学びにきてくれている。みんなも仲良くしてくれると嬉しい。ちなまに俺も今日から復帰だ!」
アレク様の言葉に、ぱちぱちと拍手が湧く。
「ようこそ!」
「一緒に勉強しような!」
「リシェルさん、よろしく!」
笑顔の声に胸がじんと熱くなる。
「は、はい……!こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お辞儀をすると、女子生徒たちが「可愛い~!」と小声で囁き、男子たちが照れくさそうに目を逸らした。その様子にクラスがどっと和む。
するとアレク様が一歩前に出て、わざとらしく咳払いをした。
「あー…このクラスの全員に宣言する!彼女の隣の席は俺だから、そこは譲らないぞ!」
「うわ、独占欲~」
「やっぱりなー」
教室が笑いに包まれ、私は思わず顔を赤くする。
「……余計なことを言わないでくださいませ」
小声で抗議すると、アレク様はにやりと笑って耳打ちしてきた。
「だって、誰かに取られたくないんだ」
心臓が大きく跳ね上がる。――強引だけど、嬉しい。
「やれやれ。朝から砂糖吐きそうです」
カイル様が苦笑混じりに呟き、また教室の笑いが弾ける。緊張がすっかり和らぎ、私の口元にも自然と笑みが浮かんだ。
窓の外では初夏の風が木々を揺らしている。制服の袖口をぎゅっと握りながら、私は胸の中でそっと呟いた。
――この学園での生活は、自分らしく生きる第一歩にしよう。
最初の授業は歴史だった。歴史は、この国の成り立ちや文化を知る良い学びになりそうだ。
歴史の教師は白髪交じりの壮年の男性だった。落ち着いた声が教室に響く。
「さて、今日の題材は三百年前の飢饉についてだ。当時、王都ではどのような政策が取られたか、そして民衆はどう行動したか――これを考えてもらう」
私は瞬きをした。母国の歴史教育では「王がどんな命令を下したか」「どのように秩序を保ったか」という支配者側の視点しか学ばなかった。だが、今耳にした問いは「民衆がどう行動したか」だ。
(そんなこと、考えたこともなかった……)
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「えっと、当時の農民は自分たちで保存食を作ったり、都市に向かって交渉に行ったりしたと記録にあります。王都に頼るだけじゃなくて、自分たちで動いたんです」
「うむ、よく調べているな」
教師が頷くと、教室が小さな拍手で包まれた。その自然さにまた驚く。母国では、生徒が意見を言えばただ正誤を判定されるだけだった。拍手など、とても考えられない。
「では、リシェル嬢。君の国では、こうした飢饉のとき、人々はどうしていただろうか?」
突然名を呼ばれ、心臓が跳ねた。けれど、不思議と怖さはなかった。むしろ、期待されているような心地がした。
「……はい。私の国では、そのようなとき、基本的に国王や領主の采配がすべてでした。人々は声を上げても、それが政策に反映されることは少なく……。ですが、こうして民衆の行動に目を向けることで、本当に歴史を理解できるのだと気づきました」
言葉が自然に口をついた。クラス中の視線が集まり、一瞬息が詰まる。だがすぐに、誰かが「なるほど」と頷き、それが伝染するように他の生徒たちも微笑んでくれた。
「素敵な視点ですね」
「やっぱり、公女様ってすごい」
小さな囁きが聞こえる。その温かさに、胸の奥がじんわり熱くなった。
隣のアレク様は、机の下で握った拳を小さく震わせている。興奮を抑えきれない顔でこちらを見つめていた。
「リシェル、すげえな!」
「も、もう……!授業中です!」
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斜め後ろから低い声が響く。カイル様だ。彼は控えめに座っていたが、呆れたような目でアレク様を見ている。アレク様はどこ吹く風のようだ。
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純粋な褒め言葉をかけられ、私は頬が熱を帯びる。
しかしその隣で、アレク様が不満げに眉をひそめた。
「おい、カイル。お前、リシェルにだけ甘くないか?」
「事実を申し上げただけです」
きっぱりと返すカイル様に、クラスのあちこちからクスクスと笑い声が広がる。
自然と場の空気が和み、私も小さく息をついた。
(……不思議。こんなに緊張していたのに、皆のおかげで温かくなるなんて)
教師が再び黒板に向き直り、授業は続いていく。問いが投げかけられ、生徒たちが互いに意見を交わす。身分の差を超えて学び合う場――そこに私は心から感動していた。
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