【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの

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第二章

臨時講師

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 文化交流会から数日後。
 学園の朝の空気は、どこか落ち着かないざわめきに包まれていた。

「ねえ、本当なの?臨時で特別講師が来るって」

「うん、他国から来た貴族だって。しかも、すごく格好いいらしいよ」

 女子生徒たちが廊下で弾む声を交わす。教室に入ると、男子生徒までそわそわしていた。

「外交の任務に就いてる人が授業してくれるなんて、めったにないぞ」

「しかもまだ若いって話だ。どんな人なんだろうな」

 私は席につきながら、その会話を耳にしていた。胸がざわめく。――名を聞かずとも、誰のことかは分かっていたから。

 ガラリ、と扉が開く。
 教師に伴われて入ってきたのは、見覚えのある人影だった。

「皆に紹介しよう。本日より一定期間、特別講師として授業を受け持ってくださる。アルトリウム王国のユリウス殿だ」

 静かな紹介の声に、教室が一気に色めき立つ。

「きゃっ……!本当に格好いい!」

「背が高い……」

「雰囲気が大人だな」

 女子生徒たちの瞳がきらきらと輝く。男子生徒も思わず息を呑んでいた。

 ユリウス様は微笑を浮かべ、丁寧に一礼する。

「皆さん、短い間ですが、どうぞよろしく」

 その声音は落ち着いていて、どこか人を安心させる響きを持っていた。
 私は視線を落とした。交流会で差し伸べられた手、囁かれた言葉が思い出され、その時のアレク様を思い出すだけで胸が締め付けられる。

「……リシェル」

 隣のアレク様が小声で私の名を呼んだ。彼の表情は一見、いつも通り穏やかだ。しかし、わずかに瞳が揺れているのが分かる。

「殿下。……外交上彼が学園の講師になることは我が国のメリットにしかなりません。」

 後方からカイル様の冷静な声がする。けれど、その目は一瞬たりともユリウス様から離れない。そこには、ユリウス様への警戒とアレク様への心配が滲んでいた。

 授業が始まると、ユリウス様の話術は見事だった。
 外交の実務で培った知識を、難しい言葉を使わずに語り、生徒たちに問いを投げかける。

「国と国とが対話するとき、何が一番大切だと思いますか?」

 問いかけに、女子生徒が手を挙げる。

「えっと……軍事力、でしょうか」

「それも一つの要素ですね。しかし、それ以上に必要なのは――信頼関係です」

 微笑みながら彼は答える。その柔らかな表情に、また女子生徒たちの頬が赤く染まる。

「では、信頼を築くために我々ができることは何か。一緒に考えていきましょう」

 彼の声は穏やかで、包み込むように響く。生徒たちが次々と意見を口にし、授業は驚くほど活気に満ちていった。

 ――すごい。
 思わず心の中で呟いた。民の声に耳を傾ける学園の授業と同じように、彼の言葉も「共に考える」という姿勢に満ちている。

 だけど。

 ちらりと視線を横に向ける。アレク様は笑顔を崩していなかったが、その瞳は冷たい鋭さを宿してユリウス様を見据えていた。

「……殿下、睨んでおられます」

 カイル様が小声で釘を刺す。

「睨んでなどいない」

 アレク様は低く返す。

「俺は……見ているだけだ」

 その言葉の真意を察し、私は胸がざわめいた。




 チャイムが鳴り、特別講義は幕を閉じた。
 生徒たちの間にはまだ熱気が残っている。

「すごい人だよね、ユリウス先生……!」
「わかりやすいし、何より紳士的!」
「かっこいい、こんな大人になりたい……」

 興奮気味の声があちこちから聞こえてきた。

 私はノートを閉じ、机の中にしまおうとした。その時――影が差す。

「リシェル嬢」

 顔を上げると、そこにはユリウス様が立っていた。
 柔らかな微笑みを浮かべ、まっすぐこちらを見つめている。

「交流会ぶりですね。授業を真剣に聞いてくださって、嬉しかった。あなたの考えは、民衆を大切に思う気持ちが込められていて、あなたの素敵な人柄が表れている。」

「……!あ、ありがとうございます」

 褒められることで、頬が熱を帯びる。教室中の視線が一気に集まったのがわかった。

「異国での学びは不安も多いでしょう。もし困ったことがあれば、遠慮なく私にご相談を。力になれるかもしれません」

 その穏やかな言葉に、周囲の女子生徒たちが一斉にざわめく。

「リシェルさん、何々!知り合いだったの??」
「ユリウス先生から直接…お声をかけられるなんて…!」
「文化交流生、すごいな!さすが特別に選ばれただけある!」

 私は慌てて首を振った。

「い、いえ、そんな……!私は特別などでは……」
「謙虚なのですね」

 ユリウス様は微笑みを深め、少しだけ声を落とした。

「ですが、あなたの瞳を見れば分かります。誠実に学び、真っ直ぐに生きようとする人だ、と」

 ドキリとした。息が詰まり、返す言葉を失う。

 ――その時。

「……随分と一人だけに親切だな」

 低い声が背後から降ってきた。
 振り返ると、アレク様が立っていた。笑顔を浮かべてはいるけれど、その瞳は笑っていない。

「アレク殿下」

 ユリウス様は慣れた様子で一礼する。

「外交官として交流を深めるのは当然のこと。務めを果たしているだけですよ。大切な留学生に失礼があってはいけませんから」

 その言葉は正しい。けれど、アレク様の指先は机の縁を強く握りしめ、白くなっていた。

「……“大切な”、ね」

 その呟きに、私は思わず息を呑んだ。

「殿下」

 小声でカイル様が囁く。

「お気持ちは分かりますが、顔に出ています」

「出してない」

 アレク様は即座に否定するが、その声にはわずかに苛立ちが滲んでいた。

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