【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの

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第二章

王家の判断・王子の決断

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 久しぶりに穏やかな気持ちで過ごせる。リシェルと気持ちを確かめ合い、レティシアとの関係の誤解も晴れた。
 お互いの好意を確認した帰りの馬車が別々であったのは残念だが、仕方がない。どこで辺境の目と耳があるか分からない。
 カイルから散々心配したと場所の中で説教されたが、浮き足立つ俺の胸に響きもしなかった。

 王城に着き、素早く執務も終え、自室に戻る最中。
 普段は落ち着いている侍女頭が慌てて走ってくる。

「カイル様、大変でございます!」

「何かありましたか?」

「……リシェル様が、まだ帰っておられないのです!」

 必死な声が耳に届く。俺の心臓が跳ね上がった。

「それは確かな情報なのか。」

「リシェル様とは学園でご一緒でしたが…」

「リシェル様のためにご用意した馬車が空で戻ってまいりました。御者から話を聞きましたが、学園が閉まるまで待機していたようですが、出てこられなかったため、てっきり殿下の馬車に同乗したと思ったようです」

 すぐ傍らにいたカイルが険しい顔でこちらを振り返り、短く告げる。

「殿下、ただ事ではありません」

 分かってる。分かってるのに、頭の中が真っ白になった。
 俺は迷わず父上のもとへ駆け込んだ。


 ◇


 時計の針が天辺を回った頃、謁見の間に集まったのは、父上と兄上、それに母上。
 場の空気は重く、俺の焦りだけが浮き立っていた。

「リシェルが学園から戻ってきていないんだ!」

 思わず声が上ずる。
 父上は腕を組み、厳しい眼差しで俺を見据えた。

「アレク、落ち着け。リシェル嬢が外泊しているということもあるから、迂闊に判断ができん。軽率に兵を動かせば、国民に…いや、辺境伯に疑念を与える」

「しかし!」

 兄上が口を挟む。

「父上の仰る通りだ。辺境伯の名を冠する家を刺激すれば、事は大事になる。何のために今までレティシア嬢と交流してきたんだ。ましてや、王家の人間が一介の令嬢のために軍を動かしたと知れれば、宮中の者たちがどう受け取るか……想像に難くない」

 堪えきれず、俺は声を荒げた。

「一介の令嬢だと!?あの子は……リシェルは俺にとって大事な人だ!心配にならないわけがないだろう!ましてや、隣国の客人だ!今後の外交に傷が付く!」

 父上の眉が鋭く吊り上がる。

「焦っているのがお前だけだと思うなよ、馬鹿者が」

 その声は玉座の間に響き渡った。

「だが、王家は感情だけで動いてはならぬ!国の威信を背負っているのだ!」

「……っ!」

 反論できない。分かってる。けれど、胸が焼けるように苦しい。

 沈黙を破ったのは、母上だった。

「……あの子はまだ若いのです。何かあったのであれば、どれほど怖い思いをしているか……。どうにか助けてあげられないの?」

 母上の声は震えていて、俺の胸を締め付ける。俺と同じ想いを抱いているのだと伝わってきた。

(助けたい。今すぐにでも……!)

 けれど父上と兄上は政治の理を優先する。
 夜のうちは動けない。
 ――そんな理屈で、俺は待てというのか。
 結局父と兄の判断を覆すことはできず、様子を見ることとなった。




 謁見の間を出ると、カイルが膝をつき頭を下げて待っていた。

「殿下、どうぞお命じください」

「カイル」

 迂闊にも泣きそうになった。
 声を低く落とす。

「お前だけに頼みたい。表立っては動けない。だが、少数でいい。信頼できる者を集めて探してくれ」

 カイルの目が真剣に光った。

「承知しました」

「……必ず見つける。リシェルを…」

 心の中で呟いた誓いは、誰にも聞こえない。けれどそれは、胸を焼き尽くすほど強い衝動だった。




 カイルを送り出したあと、俺は自室に戻った。椅子に腰掛けても、寝台に横たわっても、落ち着くどころか胸は焼けつくばかりだ。

 夜気が窓の隙間から忍び込み、静まり返った廊下からは蝋燭の小さな音しか聞こえない。
 その静けさが、余計にリシェルの不在を際立たせた。

(今……どこにいる。何をされている……?)

 想像するだけで吐き気がした。
 もし冷たい部屋に一人で閉じ込められていたら。もし恐怖で泣いているのだとしたら。
 俺がそばにいれば、そんなことはさせなかった。無理にでも一緒に帰ればよかった。
 後悔ばかりが募る。

「……ちくしょう……!」

 拳を握りしめ、机に叩きつける。
 紙束が散らばり、蝋燭の炎が揺れた。
 だがそんなことはどうでもいい。ただ、無力な自分が許せなかった。

 時間は容赦なく過ぎていく。
 蝋燭は三度取り替えた。外の闇は深まり、やがて夜明けの気配を帯びはじめる。
 刻一刻と東の空が淡い紫から橙へと染まっていった。

 窓際に立ち、拳を握りしめたまま東を見据える。
 光が差し込んでも、心は一片も晴れない。

(リシェル……どうか、無事でいてくれ)


 そのとき、扉を叩く音がした。
 思わず駆け寄り、乱暴に開け放つと――そこに立っていたのはカイルだった。
 疲労に覆われた顔。けれど、その瞳には確かな報告の色が宿っていた。

「殿下……手掛かりを掴みました」
「話せ」

 俺はすぐに机に手をつき、前のめりに促した。

 カイルは深く頷き、低い声で告げる。

「リシェル様を攫ったのは、東区の裏通りを拠点にしている傭兵崩れの一団です。普段はただのならず者ですが……今回の件、背後に指示を出している人物がいます」

 背筋が冷たくなる。

「誰だ」

 数拍の沈黙ののち、カイルは口を開いた。

「名前までは断定できません。しかし……奴らの会話に“辺境”という言葉が幾度も出てきました。『王子に近づく余所者の令嬢を消せば、辺境のお嬢様が王子妃に近づける』と」

「……!」

 胸の奥で血が逆流するような怒りが込み上げた。
 レティシアのことを言っているのは明らかだ。
 つまり――背後にいるのは、辺境伯家。

 だが、まだ決定的な証拠はない。
 カイルもそれを分かっているのか、慎重に言葉を続ける。

「拠点はまだ特定できておりません。ですが、奴らが“東の古い砦”を拠り所にしている可能性が高いと……」

 拳を握りしめる。
 東の砦――もう使われなくなった要塞跡だ。
 隠れるにはうってつけの場所。

「……よくやった、カイル」

 声が震えるのを自覚した。
 安堵と怒りと焦燥、すべてが胸の奥で渦を巻いている。

 窓の外では朝日が昇り、淡い金色の光が差し込んでいた。
 だが、その光は俺の心を少しも照らさない。

(まだ情報が足りない。リシェル……待っていろ。必ず助けるから)
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