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“オネェ”伯爵令息の十年
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うまくいかない。
どうして世の中はこんなにうまくいかないのだ。
フランツは考えた。
いいじゃないか、跡取り同士結婚したって。
木の上に登って落ちそうになった彼女を、必死に支えたことがある。
泥だらけになって笑い合ったこともある。
夕暮れ時、勇気をふり絞って言った。
「ティア、大好きだ。将来、俺と結婚しよう!」
その瞬間、ふわりと笑った彼女の横顔を、俺は今も忘れられない。
こちとら一目惚れしてからずっとセレスティア一筋なのは、天明の理だろうが。
家同士の繋がりは強固になるし、領地経営に文官家系の知識はもってこい。
俺がいうのもなんだけど、腹黒妹に跡を譲って、ティアがうちに来ても絶対家政は回る。
あ、別にティアもできる子なのは知ってるよ。
なのに、あの日の俺の本気を誰もまともに取り合っちゃくれなかった。
大人たちは笑って一蹴した。
伯爵家嫡男としてなんだかんだスムーズだった俺は、人生で初めてうまくいかなかった。
だが挫折は諦めと同義じゃない。
むしろ俺はその日から、余計にティアを諦められなくなったのだ。
どれだけ笑われても、邪魔されても、俺は“うまくいかせる”方向へ転ぶしかない。
そして十六の頃。
本格的に縁談話が舞い込むようになった時期だった。
政略結婚の候補が列をなし、父母は「相応しい相手を選べ」と口を酸っぱくして言ってきた。
だが俺にとっては無意味だ。
本命はひとり。ティアしかいない。
正面から「セレスティアと結婚したい」と言ったところで、大人たちは戯言だと笑ってまた一蹴するだろう。
幼い告白の再演でしかないと。
あのときと同じように。
クソが。
ならば、真正面からぶつかっても勝てないのなら、別の方法を取るしかない。
そこで俺は決めた。
「普通の“嫡男”」を演じるのをやめよう、と。
無駄に男らしい競争心を見せるよりも、軽妙で掴みどころのない女言葉で世間を煙に巻けば、縁談を本気で押し付けられる機会は減る。
奇異の目は集めるが、その分、伯爵家嫡男としての“適齢婚”の場からは外されるのだ。
本命はひとり。
余計な相手は不要。
わざと茶化すように振る舞いながら、心の底では誰よりも真剣に――。
それが俺の戦略的撤退であり、決意表明だった。
そして昨晩。
十年以上の執念の果てに、ついにティアを連れ帰った。
夜中、ティアを連れ帰ってきた報告するために訪れた執務室には、なぜか青筋を立てた母親と頭を抱えた父親。
そして床に正座させられた俺。
両親の視線が痛い。
「フランツ」
「嫌だわ、お父様。フランと呼んで♡……痛っ」
母親の扇子が飛んできた。
容赦なく額に命中する。これだからうちの母は恐ろしい。
「フランツ、とうとうやったわね…」
「あら、なんのことかしら?」
母は大きくため息をついた。
「小さい頃から一目惚れした相手を、ずっと思い続けて……他の娘との縁談は全部ごまかして逃げる。その執着、呆れるを通り越して感心するわ」
「さすがお母様、御名答!」
「気持ち悪い呼び方をやめてちょうだい。この数年で何人の縁談を蹴ってきたと思っているの?しかもその言葉遣いで断るなんて、『オネェ伯爵令息』なんて不名誉な渾名…伯爵家の名に傷がつくと叱ったでしょう」
「あら!だって“結婚なんてまだですの♡”って言った方が、相手も引き下がりやすいじゃない」
ギリギリと歯を食いしばる母の隣で、父が頭を抱える。
「貴様な……伯爵家の跡取りが“まだですの♡”で縁談を潰してどうする」
「私本命にしか心は捧げられませんの」
すまし顔で伝えた瞬間、もう一本の扇子が飛んできた。
どうせ笑われるなら、徹底的に笑わせてやればいい。
茶化して、誤魔化して、その裏で全部計算してやる。
俺は“うまくいかない”人生なんて、ごめんだ。
ティアとなら、笑われても構わない――最後に笑うのは、俺だ。
そして、その結果がこれである。
規則正しく上下する肩、乱れた金色の髪。
昨夜は泥酔して泣いて、愚痴をこぼして……。
そのまま寝顔を見せてくれるなんて、どれほどの信頼だろうか。
「…ティア…」
目が覚めたとき、すぐ隣にティアがいる。
その事実だけで、世界はこんなにもまぶしい。
十年以上、どうしてもうまくいかなかった想いが今、ようやく結実している。
執念の勝ち。
覚悟しろよ、ティア。
人生とは、うまくいくものなのだ。
どうして世の中はこんなにうまくいかないのだ。
フランツは考えた。
いいじゃないか、跡取り同士結婚したって。
木の上に登って落ちそうになった彼女を、必死に支えたことがある。
泥だらけになって笑い合ったこともある。
夕暮れ時、勇気をふり絞って言った。
「ティア、大好きだ。将来、俺と結婚しよう!」
その瞬間、ふわりと笑った彼女の横顔を、俺は今も忘れられない。
こちとら一目惚れしてからずっとセレスティア一筋なのは、天明の理だろうが。
家同士の繋がりは強固になるし、領地経営に文官家系の知識はもってこい。
俺がいうのもなんだけど、腹黒妹に跡を譲って、ティアがうちに来ても絶対家政は回る。
あ、別にティアもできる子なのは知ってるよ。
なのに、あの日の俺の本気を誰もまともに取り合っちゃくれなかった。
大人たちは笑って一蹴した。
伯爵家嫡男としてなんだかんだスムーズだった俺は、人生で初めてうまくいかなかった。
だが挫折は諦めと同義じゃない。
むしろ俺はその日から、余計にティアを諦められなくなったのだ。
どれだけ笑われても、邪魔されても、俺は“うまくいかせる”方向へ転ぶしかない。
そして十六の頃。
本格的に縁談話が舞い込むようになった時期だった。
政略結婚の候補が列をなし、父母は「相応しい相手を選べ」と口を酸っぱくして言ってきた。
だが俺にとっては無意味だ。
本命はひとり。ティアしかいない。
正面から「セレスティアと結婚したい」と言ったところで、大人たちは戯言だと笑ってまた一蹴するだろう。
幼い告白の再演でしかないと。
あのときと同じように。
クソが。
ならば、真正面からぶつかっても勝てないのなら、別の方法を取るしかない。
そこで俺は決めた。
「普通の“嫡男”」を演じるのをやめよう、と。
無駄に男らしい競争心を見せるよりも、軽妙で掴みどころのない女言葉で世間を煙に巻けば、縁談を本気で押し付けられる機会は減る。
奇異の目は集めるが、その分、伯爵家嫡男としての“適齢婚”の場からは外されるのだ。
本命はひとり。
余計な相手は不要。
わざと茶化すように振る舞いながら、心の底では誰よりも真剣に――。
それが俺の戦略的撤退であり、決意表明だった。
そして昨晩。
十年以上の執念の果てに、ついにティアを連れ帰った。
夜中、ティアを連れ帰ってきた報告するために訪れた執務室には、なぜか青筋を立てた母親と頭を抱えた父親。
そして床に正座させられた俺。
両親の視線が痛い。
「フランツ」
「嫌だわ、お父様。フランと呼んで♡……痛っ」
母親の扇子が飛んできた。
容赦なく額に命中する。これだからうちの母は恐ろしい。
「フランツ、とうとうやったわね…」
「あら、なんのことかしら?」
母は大きくため息をついた。
「小さい頃から一目惚れした相手を、ずっと思い続けて……他の娘との縁談は全部ごまかして逃げる。その執着、呆れるを通り越して感心するわ」
「さすがお母様、御名答!」
「気持ち悪い呼び方をやめてちょうだい。この数年で何人の縁談を蹴ってきたと思っているの?しかもその言葉遣いで断るなんて、『オネェ伯爵令息』なんて不名誉な渾名…伯爵家の名に傷がつくと叱ったでしょう」
「あら!だって“結婚なんてまだですの♡”って言った方が、相手も引き下がりやすいじゃない」
ギリギリと歯を食いしばる母の隣で、父が頭を抱える。
「貴様な……伯爵家の跡取りが“まだですの♡”で縁談を潰してどうする」
「私本命にしか心は捧げられませんの」
すまし顔で伝えた瞬間、もう一本の扇子が飛んできた。
どうせ笑われるなら、徹底的に笑わせてやればいい。
茶化して、誤魔化して、その裏で全部計算してやる。
俺は“うまくいかない”人生なんて、ごめんだ。
ティアとなら、笑われても構わない――最後に笑うのは、俺だ。
そして、その結果がこれである。
規則正しく上下する肩、乱れた金色の髪。
昨夜は泥酔して泣いて、愚痴をこぼして……。
そのまま寝顔を見せてくれるなんて、どれほどの信頼だろうか。
「…ティア…」
目が覚めたとき、すぐ隣にティアがいる。
その事実だけで、世界はこんなにもまぶしい。
十年以上、どうしてもうまくいかなかった想いが今、ようやく結実している。
執念の勝ち。
覚悟しろよ、ティア。
人生とは、うまくいくものなのだ。
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