神様は身バレに気づかない!

みわ

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第一章

1-3

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……ひどく、静かだった。
 光も音も、何もなかった。
 けれど、我が内側には絶えず波があった。
 ──これは、神力というやつじゃな。

 この器(からだ)はまだ未完成でのう。
 五年前に目覚めた時、ほんの一時だけ目を開いたが、すぐに分かった。
 このままでは、我はこの身を壊してしまう。
 ゆえに、ひと眠りして、力を収める時間をとることにした。

 ……なかなか手間のかかるものじゃな、人の身体とは。

 けれど、今。
 我が身の内で、波は穏やかになった。
 力の奔流は、ようやく器に馴染み、留まることを許した。

 目を開けると、見慣れぬ天井があった。
 静かな寝室の気配。ほのかに花の香。
 そして、あたたかく包み込むような気配が、すぐ隣に──

 ……ああ、これは、“家族”のものじゃのう。
 なつかしく、あまやかで、温かい。

 我は、起き上がろうとするでもなく、ただ、口をひらいた。

「……お腹が、すいたのう。」

 それはまるで、朝の挨拶のように自然な言葉だった。
 しかし次の瞬間、布団の外から悲鳴のような叫びが聞こえた。

 「シ、シオン!? シオン、起きたの!?」
 「っ、オリヴィア!シオンが、喋った……!?今、喋ったぞ!!」

 駆け寄る気配。包み込まれるような腕のぬくもり。
 顔を上げれば、濡れた目でこちらを見つめる女と、その隣で震える男の姿。
 そして奥で、声を上げて泣いている……これは、兄じゃな?

 「ほんとうに……ほんとうに……っ、目が覚めたんだね……!」
 「……大げさじゃのう。ほんの一眠りじゃったのに。」

 そう答える我に、三人はまた泣き出すのだった。

この時は、シオンが目覚めた感動で誰も気づかなかった。
五年もの間、眠り続けた赤子が――突然、普通に喋っているという事実に。

いや、本人であるシオン自身が、「赤子が喋るのは普通ではない」という常識を、まるで理解していなかったのだ。
それもそのはず。彼は――神である。人間の常識など、まだ知らない。


 クローヴィスは急ぎ、信頼のおける医者と魔導士を屋敷に呼びつけた。
 目覚めたばかりの息子の容態を、一刻も早く確認してもらうためである。

 しばらくして、医者と魔導士が駆けつけ、シオンが眠っていた部屋の扉が静かに開かれた。

「お初にお目にかかります、シオン様……」

 年配の医師が声をかけながら、丁寧に脈を取り、瞳を覗き込む。
 身体に異常は見られない。どころか、五年間昏睡していたとは思えぬほど、体温も脈も安定していた。

 続いて魔導士が一歩前に出て、静かに手を差し伸べた。

「シオン様、少しだけ、魔力の流れを視てよろしいですか?」

 だがその言葉に、シオンは不思議そうに首を傾げ、こう答えた。

「ふむ……そなたが、ここの術者か?」

 瞬間、空気が張り詰める。

「っ……術者……? あ、はい、わたくしは……魔導士でございます……」

 驚きに、声が裏返る魔導士。
 隣の医者も、表情を強張らせていた。

 目覚めたばかりの幼子が、まるで古から生きる賢者のような口ぶりで、自分たちの職掌を正確に見抜いた。
 しかも、まったく恐れる様子もなく、堂々とした佇まいで――。

 ようやく、クローヴィスは何かがおかしいと気づく。
 だが、息子を見つめるその瞳に迷いはなかった。

「この子は……我が息子だ。それ以外の何者でもない。」
 そう、静かに、けれど揺るぎない声で言った。

 魔導士は、なおも動揺しながらも、シオンの気配をそっと探る。
 直接的な測定などできるはずもない。魔力の有無を視るには、正規の手段――すなわち、教会の儀式を通すしかないのだ。

 それでも、肌で感じる何かがある。

(……これは魔力ではない。だが、似て非なる――もっと根源的な……)

 その瞬間、膝が震えた。

(人が持つには、あまりに純粋すぎる……力だ)


 そんなやりとりを部屋の隅で見守っていた若い使用人は、ふと異変に気づく。
 目覚めた主――シオンの周囲に、いつも浮かんでいた“仮面”の存在が、どこにもいない。

 五年間。
 ずっと傍にいた、名もなき異形の面。
 おかめ、天狗、翁――この世界では誰も知らぬ、異国の神々のような面が宙に浮き、シオンの周りを漂っていた。

 それを初めて目にした時、彼女は悲鳴を上げて逃げ出した。
 あまりに異様な光景。まるで悪魔の使いのような存在に見えたからだ。

 しかし時が経つにつれ、彼女は気づいた。
 仮面たちは決して害を為さぬ。ただ静かに、優しく、眠るシオンの周囲を守っていた。

 その仮面たちが、今は……一つもいない。

 思わず、口を手で押さえながら呟く。

「……いなくなった。目覚めたから……?」

 そして彼女は、ぞくりと背筋を撫でる冷たい気配に気づいた。

 (……この子は、いったい何者なんだろう……)

 だが、それでも。
 誰もが、シオンの周囲に満ちる“あたたかな光”に包まれていた。

 それがどれほど異常で、どれほど畏れ多いものであろうとも――
 フォルシェンド家にとって、シオンは“愛すべき息子”であるという事実に、何の変わりもなかった。
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