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3 何故の理由

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「まず、切っ掛けは何だろう?ソフィア…君はどう思う?」

「きっかけかどうかは分かりませんが、大聖堂の鐘が鳴った時に、今までにない眩暈と…鐘が頭の中でがんがん鳴るような頭痛…でしょうか、それを感じましたわ」
「眩暈と頭痛…成程。だから最初この姿の時に、それに襲われたのだな」

「大聖堂の鐘の前後では――」
 わたしが思い出すと、ナイジェル様はぽつりと言った。

「俺の婚約破棄の提案のあとだな」
「……そう…ですね」

 これは一体どういう事なんだろう。

「君のお父上に相談する必要があるかもな…」

 ナイジェル様の表情は冴えない。

 わたしのお父様ゲイル=ドレスデン侯爵は、騎士団と対になる魔術師団の団長である。

 強い力を持つ魔術師のくせに、ムキムキの『ゴリマッチョ』と言われる珍しい武闘派でもあった。

「ナイジェル様…お父様から鉄拳魔法が飛ぶかもしれません」
「それは…仕方がない。俺も分かっている」

 しん…とした気まずい沈黙が落ちる中、気分を変えようとわたしはナイジェル様に言った。

「…あの、わたくしお茶をお淹れしましょうか?」
「あ…ああ。頼む」

 わたしは立ち上がって扉を開け、その向こうに立つ騎士に声をかけた。
「すみませーん。お茶を淹れたいの。悪いんだけど準備してくださるかしら」

 騎士は暫くわたしの顔を見てから、ゆっくりと近づいてきた。

「あの…閣下が手ずから淹れるんですか?」
「そうよ、勿論。だからティーセット2客とお湯を持って来てくださる?
 あとお茶菓子も忘れずにね」

 すると後ろからバタバタと走って来る音がして
「早く持って来い!俺が淹れるんだっ!」
 わたしの姿をしたナイジェル様が扉の隙間から顔を覗かせて、怒鳴った。

「はっ…はい」
 騎士は慌てて廊下を駆けていった。

 ナイジェル様はわたしを睨み上げて忌々しそうに言った。
「ソフィア…俺の評判をこれ以上、地に落とすのは止めてくれ」

「ひょ…評判を落とすって…」
(大げさな…)と思ったが、
 ナイジェル様はため息をつきながらまたソファに腰掛けた。

 今度はわたしの足を持ち上げて足を組んだが良いが、組んだ後の足回りに違和感を覚えるらしく、ドレスの腰辺りを見てため息をまたついてから、また足を床に戻した。

 するとノックの音がしたので扉を開けると、ワゴンを持ったさっきの騎士が立っていた。

 ワゴンの上には温めた2客のティーセットと保温魔法をかけた湯の入ったポット、茶葉の入った缶、そして小さなオレンジピール入りチョコレートとシガールクッキーの載った小皿が載っている。

「わあ…今日もわたしが好きなお菓子だわ」

 思わず呟くと、騎士は眉を寄せて
「わたしがって…副団長、甘い物苦手って言ってませんでした?
 ソフィア様が来た際には必ずこれを出せとご命令されていたので持って来たんですが…」

 するとまた後ろからバタバタと走る音が聞こえて
「余計な事を言ってないで職務に戻れっ!」

 ナイジェル様|(つまりわたし)が、自分自身でもした事が無い程青筋が立った顔で、またも扉の隙間から騎士を睨みつけた。

「あっ…ハイ。スミマセン…」
 ビシッと背筋を伸ばすと直ぐにそのまま駆け足で定位置に戻った。

 わたしはそれを見て思った。
(今、評判を落とされているのってナイジェル様じゃなくてわたしの方よね…)
 絶対そうよね…。



 わたしはナイジェル様の部下の方が持ってきてくれたセットを使って、お茶を淹れる事にした。

 ややこしいけれどわたしの姿のナイジェル様は、ナイジェル様の姿のわたしがお茶を淹れるのをじいっと見ていた。

「…やっぱりソフィアはお茶を淹れる所作が綺麗だな」

 わたしがびっくりしてして思わずソファの方を見ると、お茶を淹れるのを優しく見つめるわたしナイジェル様の姿があった。

「…何だ?」
「いえ…あの、そんな事をナイジェル様に言って頂いたのは初めてでしたので…」

 するとわたしの姿のナイジェル様は苦笑して頷いた。
「…ああ。以前二度程声を掛けた時、びっくりしたソフィアがお湯のポットやカップを床に落としてしまったじゃないか。
 危なかったから控えるようにしたんだが」
「そう…だったんですね」

「ソフィア…俺は見かけでよく勘違いされるがあまり口が上手じゃない」
 ナイジェル様はわたしを見つめて話し出した。

「部下からも脳筋で情緒を理解しないと良く言われるし、俺が何か言うと緊張させてしまう君のように繊細な女性の扱い方が良く分からな…ソフィア!」

「――気を付けろ。お茶が零れるぞ」
「は、はい…申し訳ありません…」
 ナイジェル様の言葉に、わたしは慌てて前を向いてカップの傾きを直した。

(そう…そうだったのね)

 わたしは自分が緊張してばかりで、ナイジェル様が何を考えているのかまで自分が理解しようとしていなかった事に今更ながら気付いた。

(そう言えば婚約して随分立つのに…わたしったらずっとナイジェル様に会うたびに舞い上がっていて…)
 わたしも『』しか考えていなかったかもしれない。

「今思い返すと君がそんなに緊張しないように…もっと、もっと気遣うべきだったな」
 ソフィアの姿のナイジェル様はぽつんと呟いた。

(そうだった。もう婚約は解消されるおつもりなんだわ)
 と思うとわたしは胸が痛くて仕方がなかった。

 言うべき言葉も見つからないまま、わたしはただナイジェル様の横顔を見つめていた。

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