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第1章.嘘つき預言者の目覚め
32 意図と違う道 ②
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外は小雨が降っていた。
軍の隊列と陣を確認してから、ニキアスは重くなる足と頭を抱えて、また少し雨足の強くなる中テントへ戻った。
「…ふっ…」
ニキアスは微かに自虐的に笑った。
『皇帝陛下の義弟公の立場』か。
(笑わせる…何一つ自分の自由にならないというのに)
真面目に修行していたドゥーガ神の神殿から呼び戻されニキアス自身が心血注いでつくり上げた部隊『イェラキ』からも離されてしまった。
世間的には成功と呼ばれた戦歴をあげたとしても(俺は独りなのだ)という気持ちばかりが強くなる。
天幕をバサッと開けて、奥の寝室になる所へ足を運ぼうとすると先ほどマヤの世話を頼んだ少女奴隷がヒョイと出てきた。
(...ナラと言ったか)
「お帰りなさいませ。マヤ様は先程まで起きておられたのですが、ウトウトし始めてしまったので、ニキアス様の寝台の方にお連れしています」
「そうか。彼女も疲れているのだろう」
ニキアスは頷いてとナラへ頼んだ。
「湯あみの準備を頼む」
「分かりました」
ナラが湯あみの準備をする為そこを離れると、ニキアスは寝台のある方へそっと近づいた。
細長い光が寝室用テント部屋の寝台を照らすと、その光に気づいたマヤは少し身じろぎをした。
彼女は目を薄っすら開けて、ニキアスの姿を見ると僅かに上体を起こした。
「あ...ニキアス様すみません。わたくしつい眠ってしまって...」
「いや、そのままでいい」
ニキアスは寝台の近くの簡易椅子にどさりと座った。
マヤは完全に起きてしまったようだ。
そのまま寝台にちょこんと腰掛けている。
マヤはやわらかな声でニキアスへ訊いた。
「決議はどうなりましたか?皆様ルー湿原を通る決断をされたのでしょうか?」
「いや…」
とニキアスは指を組んだ。
「君が言ったルートを辿るのは、やはりヴェガ神の祟りを受けそうで怖がっている。ハルケ山がダメなら街道を通るしかなかろうという結論になった」
マヤは軽く目を見開いて頷いた。
「...そうですか。…それは仕方が無いですね」
あっさりとマヤは言った。
「街道を通るなら両脇の森のある辺りを警戒しないとダメですね。ハルケにも近い森ですが…」
と言って考えこんだ。
「でも皆様随分なビビり...いえ、慎重な御仁ばかりですのね。『たかがヒルだ』とわたくしは思っていましたけれど...」
「...ビビり?…たかが?...」
少し呆れたように言うマヤの口調に、ニキアスは思わず彼女の顔を見つめてしまった。
「あっ...ごめんなさい、言い過ぎました。でも...その方が余計に戦わなくて済むし、なにより早くアウロニアに戻れるのになと思いまして...。わたくしでしたらほんの少し我慢しても行きますけれども...」
マヤのあっけらかんとした言い方にニキアスは思わず、小さく吹き出してしまった。
「ふふっ...全くもってそうだな。…王女ですら行くと言ってるのに。…本当に臆病者の集団だ」
途端にニキアスは、思い通りに指揮ができない事にこだわっていた自分を馬鹿馬鹿しく感じた。
(...そうだ。本当の姿は腰抜け達ばかりなのだ)
それはゼピウス国内で戦いの指揮を執っている時にも常に感じていた。
決して勇猛果敢ではない。
息子のユリウスには悪いが、ダラス副将軍を始め常に自身の打算や安全ばかりを考えている連中の寄せ集めの軍隊だ。
この軍の指揮に自分の仕事の意義を求めても仕方が無いのかもしれない。
--アウロニアに戻ったらガウディに上申しよう。
(勇猛果敢で自分を慕う者の多くいる『イェラキ』隊に戻してもらおう)
と考えるとニキアスの気持ちは少しずつ楽になり落ち着いてきた。
ふと顔を上げると、いつの間にかマヤがニキアスの側に来ていた。膝をついてニキアスを見上げている。
「大丈夫ですか?…会議にも出てお疲れではありませんか?」
と言うと彼女はそっとニキアスの組んだ手を両手で包んだ。
「...何かわたくしに出来る事はありますか?」
寝台の近くの蝋燭の炎が揺らめきマヤの豊かな蜂蜜色の髪と瞳を照らす。
その碧い瞳はまるで夕日が沈む海のように見える。
ニキアスは引き寄せられるようにマヤの瞳を見つめた。
*******
気が付くとわたしは思わずニキアスの前に膝をついて聞いていた。
「...わたくしに何かできる事はありませんか?」
(君に出来る事など無いと一笑されてしまうかもしれない)
とも思ったけれどどさりと椅子に腰を降ろしたニキアスが、とても疲れきって理由は分からなくとも酷く打ちのめされている様にも見えたのだ。
わたしはそれを放っておく事が出来なかった。
しばらく動かないまま無言だったニキアスの整ったセクシーな形の唇が、微かに動いた。
「............い...」
「...?...」
ニキアスが呟いた言葉をハッキリと聞きとる事が出来なくて、わたしはほんの少しだけ近づいてニキアスの唇に耳を寄せた。
「...何でしょう...?」
今度こそニキアスの口から発せられた低い囁き声を聞き取る事ができた。
「...もう一度ピュロスと呼んでくれないか」
軍の隊列と陣を確認してから、ニキアスは重くなる足と頭を抱えて、また少し雨足の強くなる中テントへ戻った。
「…ふっ…」
ニキアスは微かに自虐的に笑った。
『皇帝陛下の義弟公の立場』か。
(笑わせる…何一つ自分の自由にならないというのに)
真面目に修行していたドゥーガ神の神殿から呼び戻されニキアス自身が心血注いでつくり上げた部隊『イェラキ』からも離されてしまった。
世間的には成功と呼ばれた戦歴をあげたとしても(俺は独りなのだ)という気持ちばかりが強くなる。
天幕をバサッと開けて、奥の寝室になる所へ足を運ぼうとすると先ほどマヤの世話を頼んだ少女奴隷がヒョイと出てきた。
(...ナラと言ったか)
「お帰りなさいませ。マヤ様は先程まで起きておられたのですが、ウトウトし始めてしまったので、ニキアス様の寝台の方にお連れしています」
「そうか。彼女も疲れているのだろう」
ニキアスは頷いてとナラへ頼んだ。
「湯あみの準備を頼む」
「分かりました」
ナラが湯あみの準備をする為そこを離れると、ニキアスは寝台のある方へそっと近づいた。
細長い光が寝室用テント部屋の寝台を照らすと、その光に気づいたマヤは少し身じろぎをした。
彼女は目を薄っすら開けて、ニキアスの姿を見ると僅かに上体を起こした。
「あ...ニキアス様すみません。わたくしつい眠ってしまって...」
「いや、そのままでいい」
ニキアスは寝台の近くの簡易椅子にどさりと座った。
マヤは完全に起きてしまったようだ。
そのまま寝台にちょこんと腰掛けている。
マヤはやわらかな声でニキアスへ訊いた。
「決議はどうなりましたか?皆様ルー湿原を通る決断をされたのでしょうか?」
「いや…」
とニキアスは指を組んだ。
「君が言ったルートを辿るのは、やはりヴェガ神の祟りを受けそうで怖がっている。ハルケ山がダメなら街道を通るしかなかろうという結論になった」
マヤは軽く目を見開いて頷いた。
「...そうですか。…それは仕方が無いですね」
あっさりとマヤは言った。
「街道を通るなら両脇の森のある辺りを警戒しないとダメですね。ハルケにも近い森ですが…」
と言って考えこんだ。
「でも皆様随分なビビり...いえ、慎重な御仁ばかりですのね。『たかがヒルだ』とわたくしは思っていましたけれど...」
「...ビビり?…たかが?...」
少し呆れたように言うマヤの口調に、ニキアスは思わず彼女の顔を見つめてしまった。
「あっ...ごめんなさい、言い過ぎました。でも...その方が余計に戦わなくて済むし、なにより早くアウロニアに戻れるのになと思いまして...。わたくしでしたらほんの少し我慢しても行きますけれども...」
マヤのあっけらかんとした言い方にニキアスは思わず、小さく吹き出してしまった。
「ふふっ...全くもってそうだな。…王女ですら行くと言ってるのに。…本当に臆病者の集団だ」
途端にニキアスは、思い通りに指揮ができない事にこだわっていた自分を馬鹿馬鹿しく感じた。
(...そうだ。本当の姿は腰抜け達ばかりなのだ)
それはゼピウス国内で戦いの指揮を執っている時にも常に感じていた。
決して勇猛果敢ではない。
息子のユリウスには悪いが、ダラス副将軍を始め常に自身の打算や安全ばかりを考えている連中の寄せ集めの軍隊だ。
この軍の指揮に自分の仕事の意義を求めても仕方が無いのかもしれない。
--アウロニアに戻ったらガウディに上申しよう。
(勇猛果敢で自分を慕う者の多くいる『イェラキ』隊に戻してもらおう)
と考えるとニキアスの気持ちは少しずつ楽になり落ち着いてきた。
ふと顔を上げると、いつの間にかマヤがニキアスの側に来ていた。膝をついてニキアスを見上げている。
「大丈夫ですか?…会議にも出てお疲れではありませんか?」
と言うと彼女はそっとニキアスの組んだ手を両手で包んだ。
「...何かわたくしに出来る事はありますか?」
寝台の近くの蝋燭の炎が揺らめきマヤの豊かな蜂蜜色の髪と瞳を照らす。
その碧い瞳はまるで夕日が沈む海のように見える。
ニキアスは引き寄せられるようにマヤの瞳を見つめた。
*******
気が付くとわたしは思わずニキアスの前に膝をついて聞いていた。
「...わたくしに何かできる事はありませんか?」
(君に出来る事など無いと一笑されてしまうかもしれない)
とも思ったけれどどさりと椅子に腰を降ろしたニキアスが、とても疲れきって理由は分からなくとも酷く打ちのめされている様にも見えたのだ。
わたしはそれを放っておく事が出来なかった。
しばらく動かないまま無言だったニキアスの整ったセクシーな形の唇が、微かに動いた。
「............い...」
「...?...」
ニキアスが呟いた言葉をハッキリと聞きとる事が出来なくて、わたしはほんの少しだけ近づいてニキアスの唇に耳を寄せた。
「...何でしょう...?」
今度こそニキアスの口から発せられた低い囁き声を聞き取る事ができた。
「...もう一度ピュロスと呼んでくれないか」
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