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10 路地裏の危機
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(チャンスは今しか無い――!)
わたしはすっくと椅子から立ち上がり、さり気無く聞こえる様に云った。
何なら少し棒読み気味ではあったが。
「で、ではわたくし、侯爵様をお迎えに行きたいわー!寂しくてとても一人で(メルとメロもいたけれど)待ってはいられませんものー!」
そう言って、バタンと馬車の扉を開けると、メロとメルがあっけにとられている間に、どすどすと自らタラップを降りた。
そしてドレスをたくし上げたまま、商店街の方へ向かって猛ダッシュした。
「キャ、キャロル様、お待ちください…!いくら商店街とは言え、このお時間のお一人歩きは危険ですわ。わたし達もご一緒に…」
後ろでわたしを引き留めるメルとメロの大声が響いたけれど、無視する様な形で、必死に全力疾走する。
そして、わたしはそのまま『マダム・オランジュ』の店へ行く道とは違う細い路地に入って、物陰にさっと隠れた。
息切れがひどく、胸がどきどきと苦しい。
「はあ…はあ…」
わたしはじっと息を潜めて、物陰で動かなかった。
「キャロル様ー!どこですか?」
「キャロル様、お待ちください…危険ですから…」
わたしの姿を捜す侍女二人の声が徐々に小さく遠ざかって消えたのを確認して
「はあ…」
と、わたしは大きくため息を付いた。
実家への迷惑は、すでにもうどうでも良い位の心持にはなっているが、こんな風に逃げて、もし少年侯爵閣下が『わたしがいなくなった』と知ったら、どう思うだろう。
(侯爵様は…お怒りになってしまうかしら)
それとも…思い上がっていると、分かってはいるけれど
(少しは…がっがりして下さるかしら)
そう考えると、何故か先程のマダムの店での事を思い出してしまった。
走った後の動悸とは違う意味のドキドキで、また胸が苦しくなる。
幾ら好みの少年『ラインハルト』に似ているからと云って――。
(わたしったら、まだ侯爵様に生気を吸われてもいないのに、既に『従属』の魔法に掛けらそうになっているんじゃないの?)
「マズい…これはいけないわ」
わたしは独り言ちた。
(一刻も早く侯爵様から離れなければ)
空はすっかり暗くなり、星が微かに瞬いている。
わたしは物陰からそっと身体を起して、ドレスをはたいて立ち上がった。
「わたしは『餌』だし。公爵様は『ラインハルト』じゃ無いの。わたしは『餌』だし...」
呪文の様にそれを何度も繰り返して、わたしは人通りの途絶えた商店街道路を歩き出した。
+++++
『何処か泊まらせてくれる所はないかしら…?』
泊まれる処を捜して、わたしはあてども無く彷徨い歩いた。
(協会とかあればいいんだけれど…)
今更ながら何も考えず飛び出して来た事を、わたしは少し後悔していた。
きょろきょろしながら歩いていると、薄暗い路地裏に大柄な男性二人の姿が見えた。
(ああ、助かったわ…!あの二人に聞いてみよう)
わたしは彼らにそっと近づいて
「あ、あの、すみません…」
と声を掛けてから、ぎょっとして言葉を飲み込んだ。
彼等は明らかに、人間の顔では無かったのだ。
ガタイの良い身体の上に乗っているのは――狼の様な顔と、もう一人はワニの様な頭をしている。
二人は共に強烈なアルコール臭を放っていた。
(う…嘘…!?)
『まさか魔獣混じりの…ホンモノに会ってしまうなんて…!』
見た事の無い彼等の姿にわたしは恐怖で身体が固まった。
おまけに声も出せなくなっていた。
「あんだ?ねーちゃん…ん?あんた、人間か?」
「こんなところに夜フラフラと来るなんて、あぶねーな。よしよし、俺等で保護してやろうぜ?」
狼男とワニ男は呆然と彼等を見つめるわたしそっちのけで、少し酔った口調のまま話を始めた。
「うーん、そうだな…割と恰幅は良いが、お前はいいのか?」
「…俺は乳がデカけりゃ、それでいい」
「まあ、そうか。暗闇で脱がせりゃみんな同じか」
そこで、ぎゃははと下品な声を上げた彼らを見て初めて『いけない、逃げなきゃ!』とわたしは思った。
急いで引き返して大通りの方へ走ろうとしたけれど、時は既に遅し――男の一人に、わたしのドレスの後ろの裾を思いっきり踏まれた。
ガクンとわたしの身体が傾いで、狼男に腕をグイと掴まれる。
「そんな逃げなくてもいいじゃねえか。折角だから俺達の家でゆっくりしていけよ」
「い、いえっ、結構ですっ!…は、放して下さい!」
思いっきり自分の腕を引っ張って抵抗するわたしに、狼男は余裕の表情でニヤッと笑うと
「…いいぜ?」
と云って、いきなり手をぱっと離した。
「きゃ…きゃあっ!」
わたしはそのままの勢いで、すってんと派手に尻もちをついてしまった。
「はは、手を放してっていうから放したんだけど」
意地悪そうに笑ってから、また屈んでわたしの腕をグイと上に引っ張った。
「ニブいね、あんた…ほらほら、俺達と来なよ。きっと楽しい夜になるぜ?」
恐怖に震えるわたしを、狼男とワニ男が見下ろしていた。
わたしはすっくと椅子から立ち上がり、さり気無く聞こえる様に云った。
何なら少し棒読み気味ではあったが。
「で、ではわたくし、侯爵様をお迎えに行きたいわー!寂しくてとても一人で(メルとメロもいたけれど)待ってはいられませんものー!」
そう言って、バタンと馬車の扉を開けると、メロとメルがあっけにとられている間に、どすどすと自らタラップを降りた。
そしてドレスをたくし上げたまま、商店街の方へ向かって猛ダッシュした。
「キャ、キャロル様、お待ちください…!いくら商店街とは言え、このお時間のお一人歩きは危険ですわ。わたし達もご一緒に…」
後ろでわたしを引き留めるメルとメロの大声が響いたけれど、無視する様な形で、必死に全力疾走する。
そして、わたしはそのまま『マダム・オランジュ』の店へ行く道とは違う細い路地に入って、物陰にさっと隠れた。
息切れがひどく、胸がどきどきと苦しい。
「はあ…はあ…」
わたしはじっと息を潜めて、物陰で動かなかった。
「キャロル様ー!どこですか?」
「キャロル様、お待ちください…危険ですから…」
わたしの姿を捜す侍女二人の声が徐々に小さく遠ざかって消えたのを確認して
「はあ…」
と、わたしは大きくため息を付いた。
実家への迷惑は、すでにもうどうでも良い位の心持にはなっているが、こんな風に逃げて、もし少年侯爵閣下が『わたしがいなくなった』と知ったら、どう思うだろう。
(侯爵様は…お怒りになってしまうかしら)
それとも…思い上がっていると、分かってはいるけれど
(少しは…がっがりして下さるかしら)
そう考えると、何故か先程のマダムの店での事を思い出してしまった。
走った後の動悸とは違う意味のドキドキで、また胸が苦しくなる。
幾ら好みの少年『ラインハルト』に似ているからと云って――。
(わたしったら、まだ侯爵様に生気を吸われてもいないのに、既に『従属』の魔法に掛けらそうになっているんじゃないの?)
「マズい…これはいけないわ」
わたしは独り言ちた。
(一刻も早く侯爵様から離れなければ)
空はすっかり暗くなり、星が微かに瞬いている。
わたしは物陰からそっと身体を起して、ドレスをはたいて立ち上がった。
「わたしは『餌』だし。公爵様は『ラインハルト』じゃ無いの。わたしは『餌』だし...」
呪文の様にそれを何度も繰り返して、わたしは人通りの途絶えた商店街道路を歩き出した。
+++++
『何処か泊まらせてくれる所はないかしら…?』
泊まれる処を捜して、わたしはあてども無く彷徨い歩いた。
(協会とかあればいいんだけれど…)
今更ながら何も考えず飛び出して来た事を、わたしは少し後悔していた。
きょろきょろしながら歩いていると、薄暗い路地裏に大柄な男性二人の姿が見えた。
(ああ、助かったわ…!あの二人に聞いてみよう)
わたしは彼らにそっと近づいて
「あ、あの、すみません…」
と声を掛けてから、ぎょっとして言葉を飲み込んだ。
彼等は明らかに、人間の顔では無かったのだ。
ガタイの良い身体の上に乗っているのは――狼の様な顔と、もう一人はワニの様な頭をしている。
二人は共に強烈なアルコール臭を放っていた。
(う…嘘…!?)
『まさか魔獣混じりの…ホンモノに会ってしまうなんて…!』
見た事の無い彼等の姿にわたしは恐怖で身体が固まった。
おまけに声も出せなくなっていた。
「あんだ?ねーちゃん…ん?あんた、人間か?」
「こんなところに夜フラフラと来るなんて、あぶねーな。よしよし、俺等で保護してやろうぜ?」
狼男とワニ男は呆然と彼等を見つめるわたしそっちのけで、少し酔った口調のまま話を始めた。
「うーん、そうだな…割と恰幅は良いが、お前はいいのか?」
「…俺は乳がデカけりゃ、それでいい」
「まあ、そうか。暗闇で脱がせりゃみんな同じか」
そこで、ぎゃははと下品な声を上げた彼らを見て初めて『いけない、逃げなきゃ!』とわたしは思った。
急いで引き返して大通りの方へ走ろうとしたけれど、時は既に遅し――男の一人に、わたしのドレスの後ろの裾を思いっきり踏まれた。
ガクンとわたしの身体が傾いで、狼男に腕をグイと掴まれる。
「そんな逃げなくてもいいじゃねえか。折角だから俺達の家でゆっくりしていけよ」
「い、いえっ、結構ですっ!…は、放して下さい!」
思いっきり自分の腕を引っ張って抵抗するわたしに、狼男は余裕の表情でニヤッと笑うと
「…いいぜ?」
と云って、いきなり手をぱっと離した。
「きゃ…きゃあっ!」
わたしはそのままの勢いで、すってんと派手に尻もちをついてしまった。
「はは、手を放してっていうから放したんだけど」
意地悪そうに笑ってから、また屈んでわたしの腕をグイと上に引っ張った。
「ニブいね、あんた…ほらほら、俺達と来なよ。きっと楽しい夜になるぜ?」
恐怖に震えるわたしを、狼男とワニ男が見下ろしていた。
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