『不幸体質』の子豚令嬢ですが怪物少年侯爵に美味しくいただかれるのは遠慮させていただきます

花月

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9 『不健康』の正体 ①

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「では採寸室はこちらです。こちらへどうぞ」
「行ってらっしゃい、キャロル。僕は待合室で適当に時間を潰しているよ」

にこやかに手を振る侯爵閣下と侍女二人を後にして、わたしはマダム・オランジュの後を大人しく付いていった。

小さな小部屋の前に前についてふと思った。
(あら?メルとメロは一緒に入らなくていいのかしら)

ドレスを脱いで、コルセットを外したり装着したり、クリノリンを付けるのに他人がいるんじゃないのかしら。
わたしの表情を読んだようなマダムは大きく頷いてからにっこりと笑った。

「大丈夫ですわ。わたくしの採寸は脱がなくて良いのです」

(え?脱がなくていいって…どういう事?)
後にわたしはマダムの言っている意味を知る事になるのだった。

 ++++++

「ではどうぞお入りください、キャロル様」
「は、はい…」

オレンジ色に塗られた漆喰壁の部屋へと入ると、壁にメジャーが掛けてあるけれど、それ以外には何も無かった。

いや――あった。
真っ白いキラキラ光る砂の様な物が、床一面に敷き詰められている。

マダムはその砂の真ん中に立つ様にとわたしへ指示すると、
「じゃあ、リラックスしてくださいね」
と言ってから、わたしに向かって手を伸ばし、呪文を唱え始めた。

足元の砂から、柑橘系の匂いのする白い煙が次々と立ち上って、大きな霧状のカタマリになっていく。

「わっ、ひゃっ…ふぁっ…!?」
とわたしが慌てている内に、その霧は瞬く間にふんわりとわたしを包み込んだ。

一瞬、身体全体が全て包まれたと思ったら、直ぐにその霧がぱっと消えてしまった。

次の瞬間――わたしの直ぐ隣でサラサラという音と共に、砂の人形が形成されていく。
一瞬起こった事に呆然としていたが、次第に出来ていく砂の人形を見て、わたしは気が付いて思わず声を上げた。

「…あっ、これ…!」
「そうです。お店に置いてある人形は全てこれで出来ているのですよ。あそこにある人形は、お客様の受け取り待ちの物です。
この魔法のお陰で面倒な採寸作業は格段に楽だと、皆様に大変好評頂いているのですよ」
マダム・オランジュは得意気に言った。

「そうですわね…いちいち脱ぎ着をしなくて良いのは助かります」
(確かにとっても楽だわ。ドレスやコルセット、クリノリンをいちいち外してつける手間も時間も省かれるんだもの)

白い霧に包まれた身体その物をそのまま形成する砂は、マダム秘蔵の物らしい。
わたしは自分の身体を床に敷き詰めたられたその砂が作り上げていくのを、気恥ずかしさと共に見つめていた。

すると次の瞬間、既に出来ていた足部分の砂が、小さくひと固まり欠ける様に床に落ちた。

 +++++

「あ、あら?」
わたしが声を上げた瞬間――既に出来ていたわたしの形をした砂の人形に細かい亀裂が走った。
マダム・オランジュの顔に緊張が走る。

「――!!」
ドサドサッと云う音と共に、身体を作っていた白い砂が床に一気に落ちた。
オレンジの香りがした室内に何とも言えない臭い…硫黄臭をさらに強くした匂いが部屋の中に立ち込めた。

「な…なんですの?これは一体…」
わたしは自分の脚元と崩れ落ちた砂の跡を呆然と見つめた。

マダム・オランジュは床に落ちた白い砂をじいっと観察する様に見つめている。
わたしとマダムの視線の先にさっきの白い砂が真っ黒な物に変わっていくのが見えた。

マダム・オランジュは、黒く変ってしまった砂を見つめて、小さく呟く様に言った。
「…どうやらこの方法では採寸が出来ない様ですわね。侍女を呼んで直接採寸するしかありませんわ」

 ++++++

そこからがまた大変な作業になったのだった。

違う採寸室(そこは姿見や椅子が置いてある普通の採寸室だった)に連れていかれ、メルとメロを呼んで、ドレスを脱ぎコルセット、クリノリンも外し、シュミーズとドロワーズだけで採寸をした。

コルセットは、わたしがつけている物が昔の物過ぎるからという理由で、新しい物を作る事になった。
わたしの採寸をしながら、マダムは終始にこやかに話しをしていたけれど、時折考え込むような表情をしていた。

やっと無事採寸が終わり、地獄締めのコルセットを巻いて、ドレスの着替えも済んで待合室に行ってみると、侯爵閣下は長椅子に座り、腕を組んでコクコクとうたた寝をしている様だった。

眠っていると、あどけない少年の姿の為か更に幼く見える。

「お時間が掛かってしまったので…申し訳ありませんわ」
マダムは申し訳無さそうに眠っている侯爵閣下を見て言った。

わたしは侯爵閣下の隣に座って、少し身体を揺さぶった。
「公爵様…。申し訳ありません…お待たせしました。侯爵様…」

揺さぶった為か、そのままわたしの肩に、侯爵閣下の頭がかくんと寄りかかってきた。
「公爵様…起きて頂けますか?…こう…」

次の瞬間――わたしの肩に寄りかかった侯爵閣下の瞳が開いた。

透明感のある真っ赤な虹彩に、縦に細長く瞳孔が入った瞳は、一回瞬きをすると、わたしをじっと見上げた。

誘うような真っ赤な瞳にそのまま吸い込まれてしまいそうだ。

侯爵閣下はそのまま顔を上げて、自然な動きでわたしに唇を寄せて来た。

(――ふぁ!?)

ちょっと待って!…もしや、これってんじゃないの…!?

わたしの胸の鼓動が痛い位早くなって、侯爵閣下のぷるぷるの唇と小さく見える尖った歯を、わたしは瞬きもせず凝視していた。

そのまま侯爵閣下はわたしの目の前で顔をぴたりと止め、思い出した様にわたしへにっこりと笑って言った。

「――ああ、いけません。ここはマダムの店でした」

 +++++

結局とっぷり日が暮れて、外の景色はもう夕方になってしまった。
夕日が街を照らし、レンガ作りの住宅からは夕食を作っているのかよい匂いが漂っている。

マダムにお見送りをされたわたしは店を出ると、どんどん先へと歩いて馬車の待っているところへと向かった。

(さっきはヤバかった…)
わたしはまだ熱を持ったままの顔と、ドキドキが収まらない胸の辺りをそっと触れた。

そうか――あんな風に近づいて、ちゅーちゅーされるんだなと思うと、確かに奥様になる方の方が良いのかもしれない。

(でもわたしは大人しく食べられたくないの!)
わたしは火照った頬を両手で押さえながら、首をブンブンと振った。

侯爵家の馬車はまた噴水広場で待っていた。

御者に手伝って貰って馬車に乗り込むと、侍女のメロとメルが乗り込んできたけれど、その後に続いて侯爵閣下が何時まで待っても乗って来なかった。

「…あ、あら?侯爵様は…?」

わたしは、姿の見えない侯爵閣下を探す様に馬車の入口扉から外を覗いた。

侯爵閣下の行動に激しく動揺して、店を出てからずんずんと先に歩いてしまったので、侯爵閣下が後ろに居たかをわたしは覚えていなかった。

「公爵様は、『マダム・オランジュと話があるから先に行ってくれ』と仰っていました」
そこで、メロとメルが口をそろえて教えてくれた。
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