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22 本当のヴィランは ①

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「あっ…ごめんよ。キャロル、つい嬉しくて…」
ダニエル様はしっかりと掴んだわたしの手に視線を落とすと、その手をゆっくりと離した。

「…勢い余って…その、本当にごめん。キャロル…」
ダニエル様の黒い綺麗な瞳が一瞬揺れて、長い睫毛が少し震えたかと思うと--頬を少し紅潮させ、上目遣いで様子を伺う様にわたしを見つめた。

「…ふぉっ…」

思わず自分から変な声が出てしまい、慌てて口元を手でおさえる。
いきなりわたしの顔に熱が上り、かあっと赤くなるのが分かった。

(え?…な、何なの?…え…これ…)
突然の『尊い』の爆弾投下に――ちゃんとした言葉が出て来ない。

(なにコレ!!?……超・超・超、超、超、超可愛いんですけれど…??)
ダニエル様の少し肩を落しシュンとした様子が、とてつもなく美しく…可愛らしくて、思わず胸がキュンキュン…というか――ギュンギュンとしてしまった。

わたしの愛読書である小説の中の最推し『ツンデレ少年ラインハルト』のも、オタクの供給には十分なのだけれど。

実在する目の前の甘いマスクの美青年が――恥ずかしそうにわたしを見上げて赤面する方が、ずっとずっとエグい破壊力だ。

(ズルいわ、ダニエル様。ヘンな声出たし...)

わたしは取り繕う様に、意味も無く笑ってみせた。
ごめんなさい、ラインハルト。

「ほ、ほほ…あ、あの、わたくしは大丈夫ですわ、ダニエル様…ほほ…ほ…」
「そうかい?なら良かった…。キャロルに嫌われてしまったのではないかと僕は心配になってしまったよ」

そう言ったダニエル様は、さも愛おしそうにわたしを見上げ、そのままキラキラする様な笑顔を向けた。

――あざとい。
(ダニエル様はご自分の武器を分かっていらっしゃるわ)
そしてそれが分かっていても、人はドキドキしてしまうものなのだ。

(はあ…本当に心臓に悪いったら)
紅潮する頬を手でわたしがパタパタと仰いでいるところへ――また空気を一変させる様な、ミハエル神父のドシリアスな声が入ってきた。

何時の間にかミハエル神父がベッドサイドに立っていたのにわたしは気付いていなかったのだ。

「お嬢ちゃん、あの天空の黒い蛇は見たか?」

 +++++

ミハエル神父の話しで、わたしは結界の真上の雲の中で真っ黒いナニかがうねって動いていた事を思い出した。

「はい…あの空で、ぐねぐねとうねっていた得体のしれないモノの事ですか?」
「そうだ。あれがアンタに憑いていた『呪い』を具現化したモノだ。あれが今までアンタにずっと憑りついたが…完全に呪いが祓われた今の状態で、アンタの体調に何か変化はあるか?」

ミハエル神父はわたしへと尋ねた。

(うーん…どうかしら…)
眠気は取れたし、怠いのは少しだけ残ってはいるけれど。
ダニエル様に生気を吸われた直後なのだからか、はっきりと分からなかった。

「…あの、すみません。正直に言って…あまり良く分かりません」
わたしは正直にミハエル神父へと答えた。

すると『祓い甲斐の無いヤツめ』とミハエル神父は小さく呟いた。

「マダム・オランジェの見立て通り、アンタの身体にくっついていたのは、太古の魔女の呪いだ…しかも、かなり強力なやつだな」
「ミハエル神父の言う通りですわ…キャロル様。このような術を使えるのは、国内でもそう多くはありません」

マダム・オランジェは、年齢不詳の可愛らしい笑顔を浮かべてわたしを見つめた。
ミハエル神父は大きく頷きながら
「そうだ。その強力な『呪い』を防いだのは、まさにアンタのその――パツパツの身体だ。その生気が…」

「――は?パツパツ!?」
わたしはマダム・オランジェの隣に立つミハエル神父を思い切りキッとにらみ上げた。

大事な話しの途中とは言え、今の――年頃の未婚の女性に対して聞き捨てならない言葉を発したミハエル神父をそのままにはしておけない。

「その、何だ…肉厚の…」
「はあ!?肉厚ですって!?」
「あ…いや、その…」

わたしの咎める様な口調に、ミハエル神父は徐々にしどろもどろになっていく。
すると隣に立つ神父を無言でジロリと見上げたマダム・オランジェは、そのまま神父の足を思い切りガツンと蹴り上げた。

「痛ってえ!」
「…当然だ、無礼者め」
ダニエル様は、マダムに足を蹴られて痛みに飛び上がるミハエル神父を『馬鹿なやつ』と言わんばかりに見た。

「…妙齢の婦女子へ不祥な弟子が大変失礼極まりない言葉を云ってしまい申し訳ありません、キャロル様」

マダムはわたしへ気を取り直すように、艶やかに微笑んだ。
そして、
「それ程…キャロル様の『呪い』への耐性が強かったという事でしょうか。何時からあの呪いが行使されてしまったのか分かりかねますが、あの呪詛はキャロル様の生気が力に満ちていて、その呪いを行使できなかった為に、どんどんと巨大化してしまった、という訳なのです」
マダム・オランジェはわたしの顔を少し覗き込む様にして言った。

「本来…普通の人であれば直ぐに憑り殺されてしまいますから、あんなに肥大した呪詛を纏って平気で日常生活をするなんて出来ませんのよ?」
「まあ…」

マダムの説明にわたしは目を見張った。

(全然…わたし気づかなかったわ)
そんな状態になってしまっていたのか。

やたら不幸な事故に逢うな、トラブル続きだな…と思った事は、過去何度もあったけれど。
(まさか、そんな『呪い』だなんて、ほんの少しも気付かなかったわ)

「その辺りの鈍…いえ…その大らかさが『呪い』を撥ね退けていたのかもしれませんね。けれど実際にキャロル様のお近くで呪いを発動させ続ける為には、キャロル様のお近くに常駐していなければ難しいと思います。何か、若しくはどなたかでも…心当たりのある方はいませんか?」

マダム・オランジェの言葉を聞いて、わたしはさっき夢で見たばかりの幼い頃の記憶を思い出した。

なぜいままであんな大事な記憶をすっかり忘れてしまっていたのだろう。

「そう言えばですが…さっき妙な夢を見て、わたくし思い出したんです。
父が後妻にと連れてきたお義母様に初めてお会いした時に、父には聞こえないところで『呪われろ』と言われた事を」

「思い出した…?では呪いが解けて、その時の記憶が蘇ってきたのかもしれませんね」
「はい…そうなのかもしれません」

(この話は信じてもらえるかしら…?)
わたしはゴクリと唾を飲んで、そのまま夢の中の話を続けた。

「それから…何故かその義母の顔が、その、義妹のレティシアと…同じだったんです」

そう話した途端、わたしはマダム・オランジェとミハエル神父、そしてダニエル様が一斉に顔を見合わせるのを見たのだった。
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