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02 父の打ち明け話
父のレームブルック公爵カールは暖炉の前の安楽椅子に座っていた。
「お久しうございます」
部屋に入ったグスタフの挨拶に公爵はうむとうなずいた。なんだか老けたなとグスタフは思った。以前は暖炉の傍には絶対に座らなかったのに。それにいつもなら、もっと大勢のお供を従えて領地に帰ってくる。それなのに、この部屋に入るまで顔を見たのは三人だけだった。いつもとは違う感じにグスタフは少しだけ不安を覚えた。
「猪を狩ったそうだな」
「はい」
「狩りは楽しいか」
「はい」
帰りの遅い息子をなじることなく、父親は告げた。
「来年にはゲオルグが公爵位を継ぐことになる」
「え?」
思いもかけぬ言葉だった。ゲオルグは父の妻アデリナの産んだ長男で公爵家の跡継ぎである。アデリナは前国王の妹で、前国王の命令で父は彼女と結婚したと聞いている。ゲオルグは王家の血を引く由緒正しい公爵家の跡継ぎだった。
だが、ゲオルグが跡を継ぐのはまだ先のことだとグスタフは思っていた。
「医者がな、たぶん夏まではもたぬだろうと言うのだ」
何がもたぬのか改めて尋ねるほどグスタフも愚かではない。
「そうなったら、おまえの居場所はなくなるかもしれぬ。アデリナは寛大な女ではないからな」
薄々気付いていた。他の愛妾と違い、生母の男爵夫人ブリギッテは公爵夫人に憎まれていたのではないかと。父には他に愛妾の子が三人いて、都の館で公爵夫人の子と同様の教育を受けていた。だが、グスタフだけは都に呼ばれることはなかった。年に一度領地を訪れる公爵夫人がグスタフに声を掛けることもなかった。
「すまぬな」
グスタフは絶句した。この人は何を言っているのだろうか。今更、何を謝罪しているのか。これまで公爵夫人がグスタフを無視してきたことを黙認していたではないか。
「アデリナは気位の高い女でな」
それは知っている。公爵夫人は前国王の妹だった。アデリナは兄である国王の学友だった公爵との結婚を願い、許された。
「ゆえに、ブリギッテを許せなかったのだ」
「男爵夫人を、ですか」
「そうだ。そなたの母のブリギッテと私は結婚を願っていた。だが国王からの命令は断れぬ。ブリギッテはヴェルナー男爵と結婚した」
それは知らなかった、いや知らされていなかった話だった。
だとするとヴェルナー男爵と死別した母は昔の恋人である父と再会し、自分が生まれたということらしい。
「ブリギッテがおまえを捨てたように思ってるいるのかもしれぬが、そうではないのだ。おまえの命を守るために、ブリギッテはおまえから離れたのだ。アデリナが脅したのだ」
グスタフの胸に怒りが込み上げてきた。母から捨てられたのではない、母は捨てざるを得なかったのだ。けれど、今更どうこうできる話ではない。アデリナは父でさえ抑えることのできない嫉妬深い女なのである。グスタフの抗議など意に介すはずもない。
「だが、アデリナを恨まないでくれ。あれは愚かな女だ。私がいなくなったら、きっと取り乱すだろう。おまえを責めるかもしれぬ」
公爵夫人がグスタフを責めるというのはありえない話ではない。
「もし、この国にいづらくなったら、隣国に行けばよい。ブリギッテがおる。もしもの時のため、エルンストにいくばくかの財産を預けておる。国境警備隊にも話はつけてある」
いくらなんでもそこまでの事態になるなど、その時のグスタフには想像できなかった。
翌日の早朝、父は数名のお供とともに館を後にした。後で知ったが、公爵は極秘裏にレームブルックに戻って来たのであった。
それは冬至の祭りまで一カ月余り前の日のことであった。
「お久しうございます」
部屋に入ったグスタフの挨拶に公爵はうむとうなずいた。なんだか老けたなとグスタフは思った。以前は暖炉の傍には絶対に座らなかったのに。それにいつもなら、もっと大勢のお供を従えて領地に帰ってくる。それなのに、この部屋に入るまで顔を見たのは三人だけだった。いつもとは違う感じにグスタフは少しだけ不安を覚えた。
「猪を狩ったそうだな」
「はい」
「狩りは楽しいか」
「はい」
帰りの遅い息子をなじることなく、父親は告げた。
「来年にはゲオルグが公爵位を継ぐことになる」
「え?」
思いもかけぬ言葉だった。ゲオルグは父の妻アデリナの産んだ長男で公爵家の跡継ぎである。アデリナは前国王の妹で、前国王の命令で父は彼女と結婚したと聞いている。ゲオルグは王家の血を引く由緒正しい公爵家の跡継ぎだった。
だが、ゲオルグが跡を継ぐのはまだ先のことだとグスタフは思っていた。
「医者がな、たぶん夏まではもたぬだろうと言うのだ」
何がもたぬのか改めて尋ねるほどグスタフも愚かではない。
「そうなったら、おまえの居場所はなくなるかもしれぬ。アデリナは寛大な女ではないからな」
薄々気付いていた。他の愛妾と違い、生母の男爵夫人ブリギッテは公爵夫人に憎まれていたのではないかと。父には他に愛妾の子が三人いて、都の館で公爵夫人の子と同様の教育を受けていた。だが、グスタフだけは都に呼ばれることはなかった。年に一度領地を訪れる公爵夫人がグスタフに声を掛けることもなかった。
「すまぬな」
グスタフは絶句した。この人は何を言っているのだろうか。今更、何を謝罪しているのか。これまで公爵夫人がグスタフを無視してきたことを黙認していたではないか。
「アデリナは気位の高い女でな」
それは知っている。公爵夫人は前国王の妹だった。アデリナは兄である国王の学友だった公爵との結婚を願い、許された。
「ゆえに、ブリギッテを許せなかったのだ」
「男爵夫人を、ですか」
「そうだ。そなたの母のブリギッテと私は結婚を願っていた。だが国王からの命令は断れぬ。ブリギッテはヴェルナー男爵と結婚した」
それは知らなかった、いや知らされていなかった話だった。
だとするとヴェルナー男爵と死別した母は昔の恋人である父と再会し、自分が生まれたということらしい。
「ブリギッテがおまえを捨てたように思ってるいるのかもしれぬが、そうではないのだ。おまえの命を守るために、ブリギッテはおまえから離れたのだ。アデリナが脅したのだ」
グスタフの胸に怒りが込み上げてきた。母から捨てられたのではない、母は捨てざるを得なかったのだ。けれど、今更どうこうできる話ではない。アデリナは父でさえ抑えることのできない嫉妬深い女なのである。グスタフの抗議など意に介すはずもない。
「だが、アデリナを恨まないでくれ。あれは愚かな女だ。私がいなくなったら、きっと取り乱すだろう。おまえを責めるかもしれぬ」
公爵夫人がグスタフを責めるというのはありえない話ではない。
「もし、この国にいづらくなったら、隣国に行けばよい。ブリギッテがおる。もしもの時のため、エルンストにいくばくかの財産を預けておる。国境警備隊にも話はつけてある」
いくらなんでもそこまでの事態になるなど、その時のグスタフには想像できなかった。
翌日の早朝、父は数名のお供とともに館を後にした。後で知ったが、公爵は極秘裏にレームブルックに戻って来たのであった。
それは冬至の祭りまで一カ月余り前の日のことであった。
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