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33 淑女か猛獣か
「エルンストの姿がございませんね」
不意にアレクサンドラが言った。ダンスの最中である。グスタフは間違わずに踊るのに精一杯で周囲を見る余裕はなかった。
「エルンストが?」
グスタフから彼の持ち場が見えるようにアレクサンドラはターンした。確かにいない。
「先ほどフランク王のお姿が見えたのですが、王もおいでにならないようですね」
グスタフは嫌な予感を覚えた。
「アレクサンドラ嬢、この曲が終わったら切り上げてよいか」
「かしこまりました。陛下は休憩なさるということにいたしましょう」
そんな二人の囁く姿を周囲の貴族らは仲睦まじさの表れと見ていた。
「これは今年のうちに慶事があるわね」
「御覧なさい。陛下は御休憩なさるそうよ」
「まあ、シュターデン公爵令嬢と御一緒よ」
淑女たちは目を見張った。国王が疲れて休憩するとは誰も考えていなかった。
現実は彼女たちが想像するようなロマンティックな話ではなかったのだが。
暗闇の中、ランタンの明かりが揺らめいている。ランタンを持つのはアレクサンドラの侍女エラである。グスタフとアレクサンドラは彼女に従って宮殿の奥へと進んでいた。
「秘書官補佐はフランク陛下の部下に囲まれたままこちらに入りました」
エラはエルンストがフランク王と側近らに囲まれて大広間から出るのを目撃し、これは一大事と後をつけ、大広間から下がったアレクサンドラに注進したのだった。
エラが二人を案内したのは緑の宮殿と呼ばれる一角だった。
宮殿には重要な賓客の宿泊のための建物がある。緑の宮殿はその一つで今回はラグランド王国国王一行の宿舎となっている。
「ここの構造は存じております。陛下は私について来てください」
アレクサンドラはそう言ってエラからランタンを受け取った。
「護衛がいるはずだ。危ない」
「護衛なら心配いりません。あれを」
エラが指さしたのは建物の入り口となる石の門だった。そこにだらしなく二人のラグランドの軍人が倒れていた。彼らの足元には酒の瓶があった。
「陛下からの差し入れと言ったら喜んで飲んでました」
エラはそう言うと、行ってらっしゃいませと二人を見送った。
グスタフはアレクサンドラの侍女は大したものだと感心しつつ、門をくぐって緑の宮殿の中に入った。
アレクサンドラは堂々と館の表の入り口を開けて入った。幸いにも人の気配はなかった。
「大丈夫か。私が先に行こう」
グスタフはラグランドの随員が王に劣らぬ堂々とした体格をしているのを見ていた。彼らが館のあちこちに配備されていたらと思うとアレクサンドラを先に行かせるわけにはいかなかった。
「おそれながら、お心遣いは無用です。御覧ください」
アレクサンドラがランタンの灯りを高く掲げ動かすと、暗い館のあちこちに男達が倒れているのが見えた。
「これは……」
「ここまでするのが臣下の仕事です。陛下のお仕事は最後です」
とてもエラ一人の仕事とは思えない。アレクサンドラの部下は相当有能らしい。
「参ります」
アレクサンドラは勝手知ったる我が家のような顔で廊下や階段を進んで行った。
二階の奥まで来るとアレクサンドラは囁いた。
「ここは客人用の寝室です。フランク王とエルンストはここにいるはず」
寝室。そこにエルンストがいるというのか。グスタフは怒りを感じた。寝室で一体エルンストが何をされているか想像し、今すぐこのドアを蹴り破りたかった。
「私が先に参ればフランク王は油断します」
グスタフがドアを蹴る猶予も与えず、アレクサンドラはドアを叩いた。
「どうした?」
家臣らしい男がドアを小さく開けた。
「シュターデン公爵の妹です。先ほどのことでおわびに参りました」
男はしばしお待ちをと言ってドアを閉めた。
フランク王を油断させようという考えらしい。だが、もしアレクサンドラにまで危害が及んだら、グスタフは想像し腰に帯びた剣に手を掛けた。
「陛下は手を下してはなりません。そちらにお隠れを。終わったらすぐに呼びます」
不本意だったが、今は廊下の端に隠れるしかなかった。すぐにドアが開いた。さっきの男だった。
「どうぞ、お入りください」
アレクサンドラはドアの向こうに消えた。が、ドアは完全に閉められていなかった。グスタフは隙間から中を覗こうと近づいた。と、ドシンという音が二回続けて聞こえた。何事かと駆け寄るとドアの隙間から見えたのは床の上の二本の足だった。それも男の。
呻き声も聞こえた。フランク王のものだった。
「うっ、何が、起きたのだ……」
「へ、陛下……腰が……動けません」
ドアを開けた男のものらしい声はもっと情なかった。フランク王の声が聞こえる。
「おまえは……まことに公爵令嬢なのか」
「はい。何も起きてはおりませんよ。フランク王陛下は御自分でそこに倒れられたのです。手弱女に投げられたのではありません」
アレクサンドラの声だった。
「陛下、お入りください」
グスタフはドアを開けた。床に二人の男が倒れていた。フランク王は下半身が下着だけというあられもない姿であった。奥に帳の下りた寝台があった。あそこにエルンストがいると思うと今すぐ駆け寄りたかったが、まずはこの王の仕置きをせねばならなかった。
下着姿ということはまだ何もしていないのだろう。彼がエルンストに何をしようとしていたか想像すると怒りが再び湧いたが、滑稽な姿を見れば笑いも湧いてくる。グスタフは薄笑いを浮かべた。
「フランク王陛下、いかがされましたか」
フランク王は怒りに顔を歪ませた。
「この淑女は、猛獣か」
「私は猛獣など飼っておりません。猛獣は陛下ではありませんか。他国の家臣を連れ出し閉じ込めるとは」
「んんん」
「シュターデン公爵令嬢、この猛獣の処分はいかがすればよいか」
「さような時には、よきにはからえと仰せになってくださいませ」
「よきにはからえ」
「かしこまりました」
アレクサンドラの言葉とともに部屋に数名の男装した女達が入って来て、無様に倒れている二人の男をたちまち連れ出した。
「陛下、フィンケ秘書官補佐は奥の寝台においでです」
アレクサンドラは部屋を出る間際に囁いた。
グスタフは寝台に駆け寄り帳を勢いよく開けた。
「エルンスト!」
「グスタフ様……陛下、見ないでください」
寝台の四本の柱にくくりつけられた縄で両の手足を大きく開かれた姿勢にされたエルンストは裸で仰向けにされた羞恥心でグスタフから顔をそむけた。
不意にアレクサンドラが言った。ダンスの最中である。グスタフは間違わずに踊るのに精一杯で周囲を見る余裕はなかった。
「エルンストが?」
グスタフから彼の持ち場が見えるようにアレクサンドラはターンした。確かにいない。
「先ほどフランク王のお姿が見えたのですが、王もおいでにならないようですね」
グスタフは嫌な予感を覚えた。
「アレクサンドラ嬢、この曲が終わったら切り上げてよいか」
「かしこまりました。陛下は休憩なさるということにいたしましょう」
そんな二人の囁く姿を周囲の貴族らは仲睦まじさの表れと見ていた。
「これは今年のうちに慶事があるわね」
「御覧なさい。陛下は御休憩なさるそうよ」
「まあ、シュターデン公爵令嬢と御一緒よ」
淑女たちは目を見張った。国王が疲れて休憩するとは誰も考えていなかった。
現実は彼女たちが想像するようなロマンティックな話ではなかったのだが。
暗闇の中、ランタンの明かりが揺らめいている。ランタンを持つのはアレクサンドラの侍女エラである。グスタフとアレクサンドラは彼女に従って宮殿の奥へと進んでいた。
「秘書官補佐はフランク陛下の部下に囲まれたままこちらに入りました」
エラはエルンストがフランク王と側近らに囲まれて大広間から出るのを目撃し、これは一大事と後をつけ、大広間から下がったアレクサンドラに注進したのだった。
エラが二人を案内したのは緑の宮殿と呼ばれる一角だった。
宮殿には重要な賓客の宿泊のための建物がある。緑の宮殿はその一つで今回はラグランド王国国王一行の宿舎となっている。
「ここの構造は存じております。陛下は私について来てください」
アレクサンドラはそう言ってエラからランタンを受け取った。
「護衛がいるはずだ。危ない」
「護衛なら心配いりません。あれを」
エラが指さしたのは建物の入り口となる石の門だった。そこにだらしなく二人のラグランドの軍人が倒れていた。彼らの足元には酒の瓶があった。
「陛下からの差し入れと言ったら喜んで飲んでました」
エラはそう言うと、行ってらっしゃいませと二人を見送った。
グスタフはアレクサンドラの侍女は大したものだと感心しつつ、門をくぐって緑の宮殿の中に入った。
アレクサンドラは堂々と館の表の入り口を開けて入った。幸いにも人の気配はなかった。
「大丈夫か。私が先に行こう」
グスタフはラグランドの随員が王に劣らぬ堂々とした体格をしているのを見ていた。彼らが館のあちこちに配備されていたらと思うとアレクサンドラを先に行かせるわけにはいかなかった。
「おそれながら、お心遣いは無用です。御覧ください」
アレクサンドラがランタンの灯りを高く掲げ動かすと、暗い館のあちこちに男達が倒れているのが見えた。
「これは……」
「ここまでするのが臣下の仕事です。陛下のお仕事は最後です」
とてもエラ一人の仕事とは思えない。アレクサンドラの部下は相当有能らしい。
「参ります」
アレクサンドラは勝手知ったる我が家のような顔で廊下や階段を進んで行った。
二階の奥まで来るとアレクサンドラは囁いた。
「ここは客人用の寝室です。フランク王とエルンストはここにいるはず」
寝室。そこにエルンストがいるというのか。グスタフは怒りを感じた。寝室で一体エルンストが何をされているか想像し、今すぐこのドアを蹴り破りたかった。
「私が先に参ればフランク王は油断します」
グスタフがドアを蹴る猶予も与えず、アレクサンドラはドアを叩いた。
「どうした?」
家臣らしい男がドアを小さく開けた。
「シュターデン公爵の妹です。先ほどのことでおわびに参りました」
男はしばしお待ちをと言ってドアを閉めた。
フランク王を油断させようという考えらしい。だが、もしアレクサンドラにまで危害が及んだら、グスタフは想像し腰に帯びた剣に手を掛けた。
「陛下は手を下してはなりません。そちらにお隠れを。終わったらすぐに呼びます」
不本意だったが、今は廊下の端に隠れるしかなかった。すぐにドアが開いた。さっきの男だった。
「どうぞ、お入りください」
アレクサンドラはドアの向こうに消えた。が、ドアは完全に閉められていなかった。グスタフは隙間から中を覗こうと近づいた。と、ドシンという音が二回続けて聞こえた。何事かと駆け寄るとドアの隙間から見えたのは床の上の二本の足だった。それも男の。
呻き声も聞こえた。フランク王のものだった。
「うっ、何が、起きたのだ……」
「へ、陛下……腰が……動けません」
ドアを開けた男のものらしい声はもっと情なかった。フランク王の声が聞こえる。
「おまえは……まことに公爵令嬢なのか」
「はい。何も起きてはおりませんよ。フランク王陛下は御自分でそこに倒れられたのです。手弱女に投げられたのではありません」
アレクサンドラの声だった。
「陛下、お入りください」
グスタフはドアを開けた。床に二人の男が倒れていた。フランク王は下半身が下着だけというあられもない姿であった。奥に帳の下りた寝台があった。あそこにエルンストがいると思うと今すぐ駆け寄りたかったが、まずはこの王の仕置きをせねばならなかった。
下着姿ということはまだ何もしていないのだろう。彼がエルンストに何をしようとしていたか想像すると怒りが再び湧いたが、滑稽な姿を見れば笑いも湧いてくる。グスタフは薄笑いを浮かべた。
「フランク王陛下、いかがされましたか」
フランク王は怒りに顔を歪ませた。
「この淑女は、猛獣か」
「私は猛獣など飼っておりません。猛獣は陛下ではありませんか。他国の家臣を連れ出し閉じ込めるとは」
「んんん」
「シュターデン公爵令嬢、この猛獣の処分はいかがすればよいか」
「さような時には、よきにはからえと仰せになってくださいませ」
「よきにはからえ」
「かしこまりました」
アレクサンドラの言葉とともに部屋に数名の男装した女達が入って来て、無様に倒れている二人の男をたちまち連れ出した。
「陛下、フィンケ秘書官補佐は奥の寝台においでです」
アレクサンドラは部屋を出る間際に囁いた。
グスタフは寝台に駆け寄り帳を勢いよく開けた。
「エルンスト!」
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