あなたへの手紙(アルファポリス版)

三矢由巳

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十五 あれから

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 あの日、すぐに私も嫁も洞田家の人々のことを思いました。T夫人が教えてくれた町の名も被害を受けた町の中にありました。
 けれど、私達は自分の家族を守ることしかできなかったのです。
 夫や息子たち、親戚の安否を確認したり、帰宅できない会社の人々の今夜の宿を確保したり、私どもにもそれぞれやるべきことがありました。近所の奥様方と協力し、歩いて帰宅する方々に炊き出しをしたり、義捐金や物品を集める手配をしたり、あの後一か月以上、いえ一年近く私たちは地震の影響を受けていました。
 それに発電所の事故も。嫁は哲子の幼稚園入学を一年延期することにしました。私は哲子を連れて鹿児島のT家の親戚の家に行くことも勧めました。嫁は二番目の子を妊娠中だったのです。ですが嫁はそんなことをしたら、会社の他の社員の奥様達に申し訳が立たないと言い、横浜に残りました。とはいえ放射能が心配で哲子をなるたけ外に出さないようにしておりました。



 私は一計を案じ、夏休みに他の社員の子どもとその母親を関東から遠く離れた九州の私の遠縁の家のある町のキャンプ場に一週間ほど交代交代で行かせることにしました。哲子をはじめ、大勢の子ども達がそこで久しぶりに伸び伸びと外での遊びをすることができたのです。また嫁も鹿児島のT夫人の実家の伝手でそちらで男の子を産み、九月には横浜に戻って参りました。



 事故のあった場所に住む方にとっては申し訳ないと今も思いますが、その時の私どもは不安で押しつぶされそうな日々の中、せめて幼い子だけは守りたいと思ってできることをするしかなかったのです。その時はそれが正しいこと、しなければならないことだと思ったのです。それが本当に正しいことだったのかどうか、今もわかりません。



 秋になると今度は夫が過労で倒れ入院。幸い年末には退院することができました。
 そんなこんなで、洞田家の人々の安否を知ろうと思った時はすでに二〇一一年の年の暮れとなっておりました。
 ところが、今回は以前のように簡単に調べることはかないませんでした。
 個人情報保護法の壁があったのです。二〇〇五年から施行されたこの法律によって、個人の情報をたとえ省庁の役人であっても簡単に調べるわけにはいかなくなっていたのです。しかも親戚ならともかく赤の他人の私どもが洞田家の方々のことを調べることはほぼ不可能でした。



 私どもは震災直後から新聞に掲載された死亡者の名簿を一つ一つ確認し、洞田姓がないか探しました。すると洞田トミノとその夫らしい人物の名がありました。長男の洞田貞雄他、その妻子らしい名もありました。私たちは洞田の名を継いだ人々の死に衝撃を受けました。T夫人から長女と次女の嫁ぎ先の姓、住所は知らされておりました。長女の一家や次女の一家のものらしい名もありました。二〇一二年の春先には、どうやら洞田貞吉の血を引く人はいなくなってしまったらしいと私達はあきらめておりました。
 生きているうちに連絡をとっていればと後悔するばかりでございました。 
 もしこの時、もう少し深く調べていれば、あなた様の境遇を知ることができたかもしれないのに。私たちは諦めてしまったのです。諦めるというのはなんと愚かなことでしょうか。



 年月はたち、盛之の記憶を持つ人々は次第に少なくなりました。盛之の長女吉子は二〇一四年に九十九で、平成が終わって夫の姉華子は昨年八十五で鬼籍に入りました。
 昭和二十一年生まれの私も七十七となりました。喜寿を越えたのに、少しも喜ばしく思われぬのはどうしたことでしょうか。




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