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第四章 再会
04 命の恩人
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チャンドラーの死者10,000人以上と戦艦の横流しの件は衝撃だったが、そちらは政治向きの話で自分には無関係だとバネサは思っていた。皇帝の弔意によって弟と妹に会えないほうがよほど辛かった。
だが、侯爵夫人が居間を出た後、マリオは言った。
「海賊船の中にいた我々も命を狙われるはずだな」
「え?」
我々というのは父と自分のことかとバネサは思い、はっとした。
「バネサ、おまえは気を失っていたから見てないと思う。私達の部屋に来た兵士は中に向けて銃を乱射したんだ」
ドアが開くのは見た記憶がある。廊下からの光が見えて助かったと思った直後に宇宙船の外に放り出されてしまい記憶がない。が、父はその後の光景を見ていたらしい。
「なぜ? あそこには私達しかいなかったのに」
「宇宙軍は私達を最初から救助するつもりはなかったんだよ」
背筋の凍る話だった。宇宙船の外に放り出されるのが少しでも遅かったら撃ち殺されていたかもしれないのだ。
ビクトルの表情がこわばった。宇宙軍の兵士が民間人である二人に銃を向けていたことまでは知らなかった。
「それって、まさか口封じ……」
「そうだろうね。海賊船に乗った民間人が救助された後、船の格納庫で見たものを証言しただけで、普通の海賊船ではないと専門家は判断するだろう。H・F・Mが二機見えたし、私達が乗せられた小型軽飛行ポッドも民間機にはない形だった。そうなると、海賊船はどこで作られたかという話になる。軍の横流しだという話が出るのも時間の問題だろう。それに私を殺す好機だしね、私はアギレラ大公だったから、この先も海賊だけでなくいろいろな勢力に担ぎ出される恐れがある。皇帝陛下は10年前に私達一家を追放せずに死罪にすればよかったと思ったかもしれない。お目こぼしなんてするんじゃなかったとね」
弟や妹に会うどころの話ではない。彼らにも危険が及ぶのではないか。
「レオもサリタも大丈夫かしら」
「二人がそれぞれ今やっていることを真面目に続けていれば大丈夫だ。臣民の鑑として死んだ父娘の身内として丁重に扱われるだろう。そのためには、私達は会ってはいけないんだ。二人の幸せのために」
二人の幸せ。そのためなら会えないことも耐えられそうな気がした。
だが、ビクトルは拳を握りしめていた。
「おかしいですよ、それって。家族がそんなことで会えなくなるって、真実を隠すために国民を殺したり、死者の人数を隠すなんて」
ビクトルとしては当然の怒りだった。彼はコラムのライターだが、言論の世界に末端ながら席を得ているという自負があった。
マリオは言った。
「ビクトル君、ありがとう。君は優しい。だが、この帝國で生きていくには割り切りも必要だ。記者として真実を世に伝えられないのはつらいかもしれないが、君は侯爵家の継嗣でもある。侯爵夫人が懸命に守り継いできたものを伝える義務がある。アギレラ大公家のようになってはならないんだよ」
ビクトルはああっと大きく息を吐いた。
バネサはビクトルの背負う物の重さを感じた。
「この帝國、か」
ビクトルは呟いた。
「私達には別の国に行く手立てがないのだから、この国で生きるしかない」
「まったく、海賊はよくもあなたを皇帝にと考えたものですね。あなたが皇帝なら少しは違っていたかもしれない」
ビクトルの発言は公式の場なら断罪されかねないものだった。だが、バネサはそういう考えもあるのだと気付いた。皇帝陛下とていつまでもその位にはいられないのだ。いつかは代替わりがあるのだ。皇子たちのうちで誰がなるかはわからないが。その時がきたら、また家族四人で会えるのではないか。
「そういう発言はよくない。誰かに聞かれたら」
「わかってます。でも言いたくもなります。大体、後を継ぐはずの叔父さん達、ろくでもない人が多過ぎで。あ、でもサカリアス叔父さんは違いますけど」
バネサにとって久しぶりに聞く名だった。
「サカリアス殿下はお元気なのですか」
「ええ。元気も元気。あ、サパテロさん、例の話はしたんですか?」
マリオはまだですと首を振った。
「例の話?」
「殿下なんだよ、私達を助けてくださったのは」
どういうことなのかとバネサは首をひねった。
10年前サカリアス第八皇子は士官学校の学生だった。当然、軍人になっているはずである。軍は自分たちを救助するどころか殺そうとしたのだ。それなのに助けるなんて。
「叔父さんかなり無茶をしたみたいだけどね。海賊討伐部隊のH・F・Mのパイロットだから、作戦に参加しながら宇宙に投げ出された二人を拾ったんだ。船を用意してくれと頼まれた時には驚いたよ」
奇跡のような話だった。サカリアスがホルヘとドラのことを知るはずもないのに。
「どうして助けてくださったんでしょうか」
「詳しい話は聞いていないけれど、私達が海賊船にいることを知って外から船室を開けてくれたんだ。もし開けてくれなかったら、私達は軍に殺されていた。神様のお導きかもしれない」
父も事情をよく知らないらしい。
「ビクトルさん、殿下は今どうしておいでなのですか。罰せられたりはしていないんですか」
「それはない。君たちは死んだことになってるんだから。つまりサカリアス叔父さんは何もやってないってことになってる。もし叔父さんのやったことがバレたら、侯爵家もおしまいさ」
今更ながらこの人達はなんといういい人たちなのかとバネサは思った。一つ間違えば侯爵家がなくなってしまうかもしれないというのに。
と同時に「ろくでもない」と言われる叔父たちのことが気になった。
「私達のこと、他の皇子殿下は御存知ないのですよね」
「ああ。知られたらおしまいだよ。ゲバラ侯爵領を欲しがってるからね、あの人たちは。まったくここまでするのに侯爵夫人がどれだけいろいろやってきたか知らないくせに」
皇帝の一族の中にも軋轢があるようだった。
マリオはところでと話を変えた。
「私達は今後ここに隠れ住むということになるのだろうか」
「ええ。もし不便なら、別の住まいを用意してもらうようにしましょうか」
「できたら。それと働く場所が欲しい。私達の身分証明書はクライフ観光社員となっているから、社員としての実績がないと、もし何かあった時に怪しまれる」
そうかもしれない。バネサも顔を上げた。
「私も働きます。何かしてないとどうにかなりそう。それに一生懸命勉強してるレオにもサリタにも申し訳なくて。会えないからこそあの子たちに恥ずかしくない生き方がしたいんです」
ビクトルから侯爵夫人に話がいき、翌日侯爵邸の敷地内にある従業員住宅に二人は移った。住宅は三軒あったが古いせいかどれも空いていた。皆敷地外の新しいアパートに住んでいるということだった。
古いといっても頑丈な作りで家具付き、部屋は親子二人で住むのにはちょうどいい広さだった。
マリオは庭園の奥の畑での苗木の肥育担当、バネサはカフェの店員として働くことになった。髪を切りメガネをかけたバネサを見て侯爵夫人はこれなら簡単にはわからないと言った。
それでも用心のため、二人はできるだけクライフのアクセントを真似して話をするようにした。
働き始めて一週間足らず、あの真っ赤な髪の男がカフェに現れた。
サカリアスが店に入って来た時、バネサはその髪の色に目を奪われた。
似ていると思ったが、気のせいだと思った。軍人であるサカリアスがこんな場所に来るわけはないと。何より、サカリアスなら侯爵邸の方に行くはずである。
テーブルに行き、チケットを確認した時、男はなくしたらしく焦っていた。幸い近くの席の女性がバスに乗っていたことを証言してくれたので助かった。ただ女性が軍人さんと指摘したのには驚いた。
だが、ありえないと思い、注文をとった。
「かしこまりました」
そう言った瞬間、男の雰囲気が変わったのがわかった。たぶんサカリアスだ。
「ア」
バネサはまずいと思った。もし名まえを呼ばれたら。困る。どう対応すればいいのだろうか。
「ア、アナコンダ!」
何故ここでアナコンダ。バネサはわけがわからず席を離れた。
ドイルにアナコンダがいるという噂は聞いたことがあった。だが、唐突過ぎた。
カウンターに行き、厨房に注文を告げた後、手伝いに来ていたビクトルに変な人がいると交代してもらった。女性店員に不埒な言動をする客がいたら男性店員に交代してもらうことになっていたのだ。
だが、その後で命の恩人に対してとる態度ではなかったような気がしてきた。厨房の奥で仕事をしながら気になって仕方なかった。
対応したビクトルが戻って来たが、何も言わなかった。どうだったと尋ねようと思ったが、なぜかできなかった。
結局、そのまま定時まで仕事をした。幸いにも皿を割ったりするようなことはなかった。ただ、アナコンダと言われた時どうすればよかったのか考えていた。
だが、侯爵夫人が居間を出た後、マリオは言った。
「海賊船の中にいた我々も命を狙われるはずだな」
「え?」
我々というのは父と自分のことかとバネサは思い、はっとした。
「バネサ、おまえは気を失っていたから見てないと思う。私達の部屋に来た兵士は中に向けて銃を乱射したんだ」
ドアが開くのは見た記憶がある。廊下からの光が見えて助かったと思った直後に宇宙船の外に放り出されてしまい記憶がない。が、父はその後の光景を見ていたらしい。
「なぜ? あそこには私達しかいなかったのに」
「宇宙軍は私達を最初から救助するつもりはなかったんだよ」
背筋の凍る話だった。宇宙船の外に放り出されるのが少しでも遅かったら撃ち殺されていたかもしれないのだ。
ビクトルの表情がこわばった。宇宙軍の兵士が民間人である二人に銃を向けていたことまでは知らなかった。
「それって、まさか口封じ……」
「そうだろうね。海賊船に乗った民間人が救助された後、船の格納庫で見たものを証言しただけで、普通の海賊船ではないと専門家は判断するだろう。H・F・Mが二機見えたし、私達が乗せられた小型軽飛行ポッドも民間機にはない形だった。そうなると、海賊船はどこで作られたかという話になる。軍の横流しだという話が出るのも時間の問題だろう。それに私を殺す好機だしね、私はアギレラ大公だったから、この先も海賊だけでなくいろいろな勢力に担ぎ出される恐れがある。皇帝陛下は10年前に私達一家を追放せずに死罪にすればよかったと思ったかもしれない。お目こぼしなんてするんじゃなかったとね」
弟や妹に会うどころの話ではない。彼らにも危険が及ぶのではないか。
「レオもサリタも大丈夫かしら」
「二人がそれぞれ今やっていることを真面目に続けていれば大丈夫だ。臣民の鑑として死んだ父娘の身内として丁重に扱われるだろう。そのためには、私達は会ってはいけないんだ。二人の幸せのために」
二人の幸せ。そのためなら会えないことも耐えられそうな気がした。
だが、ビクトルは拳を握りしめていた。
「おかしいですよ、それって。家族がそんなことで会えなくなるって、真実を隠すために国民を殺したり、死者の人数を隠すなんて」
ビクトルとしては当然の怒りだった。彼はコラムのライターだが、言論の世界に末端ながら席を得ているという自負があった。
マリオは言った。
「ビクトル君、ありがとう。君は優しい。だが、この帝國で生きていくには割り切りも必要だ。記者として真実を世に伝えられないのはつらいかもしれないが、君は侯爵家の継嗣でもある。侯爵夫人が懸命に守り継いできたものを伝える義務がある。アギレラ大公家のようになってはならないんだよ」
ビクトルはああっと大きく息を吐いた。
バネサはビクトルの背負う物の重さを感じた。
「この帝國、か」
ビクトルは呟いた。
「私達には別の国に行く手立てがないのだから、この国で生きるしかない」
「まったく、海賊はよくもあなたを皇帝にと考えたものですね。あなたが皇帝なら少しは違っていたかもしれない」
ビクトルの発言は公式の場なら断罪されかねないものだった。だが、バネサはそういう考えもあるのだと気付いた。皇帝陛下とていつまでもその位にはいられないのだ。いつかは代替わりがあるのだ。皇子たちのうちで誰がなるかはわからないが。その時がきたら、また家族四人で会えるのではないか。
「そういう発言はよくない。誰かに聞かれたら」
「わかってます。でも言いたくもなります。大体、後を継ぐはずの叔父さん達、ろくでもない人が多過ぎで。あ、でもサカリアス叔父さんは違いますけど」
バネサにとって久しぶりに聞く名だった。
「サカリアス殿下はお元気なのですか」
「ええ。元気も元気。あ、サパテロさん、例の話はしたんですか?」
マリオはまだですと首を振った。
「例の話?」
「殿下なんだよ、私達を助けてくださったのは」
どういうことなのかとバネサは首をひねった。
10年前サカリアス第八皇子は士官学校の学生だった。当然、軍人になっているはずである。軍は自分たちを救助するどころか殺そうとしたのだ。それなのに助けるなんて。
「叔父さんかなり無茶をしたみたいだけどね。海賊討伐部隊のH・F・Mのパイロットだから、作戦に参加しながら宇宙に投げ出された二人を拾ったんだ。船を用意してくれと頼まれた時には驚いたよ」
奇跡のような話だった。サカリアスがホルヘとドラのことを知るはずもないのに。
「どうして助けてくださったんでしょうか」
「詳しい話は聞いていないけれど、私達が海賊船にいることを知って外から船室を開けてくれたんだ。もし開けてくれなかったら、私達は軍に殺されていた。神様のお導きかもしれない」
父も事情をよく知らないらしい。
「ビクトルさん、殿下は今どうしておいでなのですか。罰せられたりはしていないんですか」
「それはない。君たちは死んだことになってるんだから。つまりサカリアス叔父さんは何もやってないってことになってる。もし叔父さんのやったことがバレたら、侯爵家もおしまいさ」
今更ながらこの人達はなんといういい人たちなのかとバネサは思った。一つ間違えば侯爵家がなくなってしまうかもしれないというのに。
と同時に「ろくでもない」と言われる叔父たちのことが気になった。
「私達のこと、他の皇子殿下は御存知ないのですよね」
「ああ。知られたらおしまいだよ。ゲバラ侯爵領を欲しがってるからね、あの人たちは。まったくここまでするのに侯爵夫人がどれだけいろいろやってきたか知らないくせに」
皇帝の一族の中にも軋轢があるようだった。
マリオはところでと話を変えた。
「私達は今後ここに隠れ住むということになるのだろうか」
「ええ。もし不便なら、別の住まいを用意してもらうようにしましょうか」
「できたら。それと働く場所が欲しい。私達の身分証明書はクライフ観光社員となっているから、社員としての実績がないと、もし何かあった時に怪しまれる」
そうかもしれない。バネサも顔を上げた。
「私も働きます。何かしてないとどうにかなりそう。それに一生懸命勉強してるレオにもサリタにも申し訳なくて。会えないからこそあの子たちに恥ずかしくない生き方がしたいんです」
ビクトルから侯爵夫人に話がいき、翌日侯爵邸の敷地内にある従業員住宅に二人は移った。住宅は三軒あったが古いせいかどれも空いていた。皆敷地外の新しいアパートに住んでいるということだった。
古いといっても頑丈な作りで家具付き、部屋は親子二人で住むのにはちょうどいい広さだった。
マリオは庭園の奥の畑での苗木の肥育担当、バネサはカフェの店員として働くことになった。髪を切りメガネをかけたバネサを見て侯爵夫人はこれなら簡単にはわからないと言った。
それでも用心のため、二人はできるだけクライフのアクセントを真似して話をするようにした。
働き始めて一週間足らず、あの真っ赤な髪の男がカフェに現れた。
サカリアスが店に入って来た時、バネサはその髪の色に目を奪われた。
似ていると思ったが、気のせいだと思った。軍人であるサカリアスがこんな場所に来るわけはないと。何より、サカリアスなら侯爵邸の方に行くはずである。
テーブルに行き、チケットを確認した時、男はなくしたらしく焦っていた。幸い近くの席の女性がバスに乗っていたことを証言してくれたので助かった。ただ女性が軍人さんと指摘したのには驚いた。
だが、ありえないと思い、注文をとった。
「かしこまりました」
そう言った瞬間、男の雰囲気が変わったのがわかった。たぶんサカリアスだ。
「ア」
バネサはまずいと思った。もし名まえを呼ばれたら。困る。どう対応すればいいのだろうか。
「ア、アナコンダ!」
何故ここでアナコンダ。バネサはわけがわからず席を離れた。
ドイルにアナコンダがいるという噂は聞いたことがあった。だが、唐突過ぎた。
カウンターに行き、厨房に注文を告げた後、手伝いに来ていたビクトルに変な人がいると交代してもらった。女性店員に不埒な言動をする客がいたら男性店員に交代してもらうことになっていたのだ。
だが、その後で命の恩人に対してとる態度ではなかったような気がしてきた。厨房の奥で仕事をしながら気になって仕方なかった。
対応したビクトルが戻って来たが、何も言わなかった。どうだったと尋ねようと思ったが、なぜかできなかった。
結局、そのまま定時まで仕事をした。幸いにも皿を割ったりするようなことはなかった。ただ、アナコンダと言われた時どうすればよかったのか考えていた。
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