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第九章 鬼起つ

39 査問会と謎の令嬢

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「やはり12月13日になる前に査問会は終わります」

 ロサリオ・トルレスは人払いをしたスイートルームのリビングでアマンダに告げた。
 彼女は法務省関係者に伝手があった。学生時代の友人や司法実習の同期生らである。アマンダが宮殿に行っている間もその翌日も彼女は片っ端から知り合いを訪ね査問会の日程について聞いてまわった。当然のことだが、皆口が堅かった。
 だが、法曹関係者の力がなければ査問会は開催できない。ましてや長らく行われてこなかったことである。法律史の研究者が必ず関わっているはずだった。伝手を辿った末にロサリオは学生時代の後輩の研究者をようやく探し当てた。
 当初彼の口は重かった。彼がゲバラ侯爵夫人に対する査問会開催に消極的な立場をとっていることに気付いたロサリオは、ゲバラ侯爵家の関係者がどうしても知りたがっていると打ち明けた。
 とうとう彼はこれは独り言だと言って教えてくれた。

「舞踏会の翌日12月2日から4日までアルベルト・フラート。5日は休会、6日から8日まで侯爵夫人です」
「ありがとうございます、トルレス先生」

 アマンダは深く感謝した。

「礼には及びません。私も侯爵夫人には長年お世話になっていますから。クライフ大学の法学部への予算を増やしていただいていますし」

 ロサリオはそう言った後でアマンダを見つめた。

「どんな結果が出ても、覚悟をお決めくださいね。先日の皇子殿下逮捕の件もあります。陛下は実の娘でも役に立たぬと思えば排除する方です」

 アマンダは自分の話を聞いてくれた皇帝がそこまでするかとは思ったものの、見る人が違えばまた別の面が見えるのだろうと思った。だが、心ある人なら侯爵夫人を領主として不適格だと判断しないと思う。

「証人は決まっているんですか?」
「恐らく。特別査察官のモラル伯爵は決まりでしょう。それから監察官」
「監察官て何ですか?」

 ロサリオは庶民出のアマンダが知らないのも無理はないと思った。

「監察官とは皇帝直属の監察庁から各惑星に派遣され政治経済等の状況を報告する役目の者です。二名派遣され一名は氏名が公表されますが、もう一人は氏名はおろか年齢性別すべて未公表。この二人の報告次第で惑星の領主が罷免されることがあると言われています。フラートは監察官の報告で査問会に召喚されたようです」
「つまり監察官は住民の目で領主を見ているのですね」
「恐らくは。でも基本的には陛下の直属ですから」

 監察官がまともなら侯爵夫人に不利な証言をするとは思えない。だが、それだけでは不十分だった。モラル伯爵の証言では不利になるに決まっている。 
 
「証人をもう一人増やせませんか?」
「増やすとは?」
「私も証言します」

 アマンダの言葉にロサリオは悲鳴のような声を上げた。

「い、いえ! それはいけません。陛下の逆鱗に触れたらいかがします! いくら一緒に晩餐をとったからといってそんなに甘い方ではないのですよ。むしろ、裏切ったと思われます」
「裏切り?」
「可愛さあまって憎さ百倍という言葉があります」

 ふとアマンダは父が皇帝の愛人の座を追われたことを思い出した。アゴスト少将の反乱に関わっていたのが理由だった。実際は関わりなどなかった。だが、皇帝はそれまでの寵愛を翻し父を追いやった。これも可愛さあまって憎さ百倍ということなのか。

「可愛さって、たった一度一緒に晩御飯を食べてお話ししただけ。それで可愛いとか陛下が思うんですか」
「陛下とさしで食事をしたことのない帝國貴族は何百人もいるのですよ」
「それじゃいつも誰とお食事をされるんですか?」
「それは……上つ方のことはわかりませんが、皇子殿下は皆宮殿の外にお住まい。それに何かと悪い噂もある。その奥様や御子様はあまり宮殿には近寄られぬようですし。愛人は星の宮殿に住んでおりますしね。一人のことも多いことでしょう」

 『朕にはなかった』
 不意にアマンダは皇帝の言葉を思い出した。まっとうな家庭で育たなかったという意味だと思っていたが、それだけでなく現在もそうなのかもしれなかった。

「とにかく、証言のこと、お考え直しください」
「陛下は自分の娘が査問会にかけられて、そこで娘に有利な証言をするのを裏切りと思うのでしょうか」
「それは……。ただ陛下には人の親の情があられるのか。一番末のゴンサレス公爵のことは可愛がっていると伺いますが、その上のサカリアス様については初等学校を終えた後は幼年学校から軍隊に放り込んでおいでですし、そもそもゲバラ侯爵夫人も政略結婚で親子ほども年の離れた侯爵と結婚させられたのです。貴族でもそこまでの年の差はありえません。普通の親の情があればできないことです」

 確かに普通の親の情はないのかもしれない。だが、皇帝として政治的な理由があっての行動なのかもしれない。査問会も皇帝として開催に踏み切ったのだろう。ならば親の情とは関係なく、アマンダ自身がクライフで見たルーベンススタジアム事件の日とその後の侯爵夫人の姿を語るならば、よいのではないか。アマンダ自身が屋敷に忍び込んだ賊のために住まいを焼かれ危険な目に遭っているのだ。これほど証人として適格な者はいないはずだった。

「私はあの夜、住まいを焼かれ賊に危害を加えられそうになった。その私の証言なら、受け入れてくださるのではなありませんか」
「お住まいを焼かれたのですか」

 ロサリオの知らない話だった。

「ええ。でも助かったからここにいます」
「査問会は大勢の人々が立ち会うのです。質問も容赦ありません。今回はどうなるかわかりませんがマスコミの取材も入ります。何を報道されるかわかったものではありません。証言の際に過去の恐ろしい経験を思い出して気分が悪くなるかもしれません。それでもよろしいのですか」
「裁判のようですね」
「はい。それに証言で簡単に意見が覆せるものではありません」
「それでもやってみなければわからないと思います」

 ロサリオはアマンダの精神力に驚いた。証言台で住まいを焼かれ賊に危害を加えられそうになったことを語るなど、普通の若い娘にできることではない。
 家族法の専門家のロサリオは家族に暴力を加えられた人々の弁護を担当したことがあるが、ある程度時間(それも年単位で)が経過しなければ真実を他人に語ることができない被害者が少なくない。他の犯罪であっても被害者が進んで被害を他人の前で語るのは難しい。裁判で証言をすることでまた傷付くことも少なくない。
 また普通の貴族なら皇帝と夕食を共にし会話を交わせば、それだけで陛下のお気に入りになったと勘違いする。だが、アマンダは見たところ勘違いはしていない。下賜された土産を庶民の福袋にたとえるなど少々不敬に思えるが、さほど晩餐を重視していない。これは貴族としては異例だった。やはり庶民出身の力なのだろうか。
 アマンダの胆力に賭けてみようか。だが、もし失敗したら。

「トルレス先生、これは私がやりたいからやるんです。先生には絶対に迷惑はお掛けしません」

 アマンダの声は力強かった。ロサリオは決めた。

「一番いいのは、侯爵夫人かその弁護人に査問会に証人申請してもらうことです。証人として認められたら査問会から召喚されます」
「つまり査問会に認められなければならないんですね。査問会の責任者はどなたなのでしょうか」
「宮内大臣マリサ・メネンデスです。実際の査問会の進行は宮内省の監察局の役人でしょう」
「私、侯爵夫人に連絡してみます」
「できるのですか」
「はい」

 その夜、アマンダは父にメールを送った。侯爵夫人に証人申請をしてもらいたいと。
 だが、朝になっても返信はなかった。



 翌日は舞踏会の前々日ということでピラル・ビーベスから紹介されたダンスの講師が来た。
 午前と午後、みっちりダンスの練習を受けた。講師はこれなら大丈夫と言ったが、アマンダは筋肉痛が今夜にでもやってきそうで怖かった。
 ミランダに言われたようにバスソルトを入れて入浴するといくぶん筋肉のこわばりも取れたようだった。
 バスローブを羽織って出て来るとリビングの映像端末の音が聞こえてきた。

『今夜のニュースの裏側は「謎の子爵令嬢」をお送りします。26日に逮捕されたガスパル殿下。その逮捕容疑は不敬罪及び暴行罪でした。食事中の陛下の前で不敬なことを口走り、ティーポットを割り中身の紅茶が陛下と会食中であった某子爵令嬢のドレスにかかったのです。一般に暴行罪は髪の毛一本抜いただけでも成立しますが、この場合男爵位にあった殿下がその上位の子爵令嬢に紅茶をかけたことで成立しました。その場で現行犯逮捕されたガスパル殿下には様々な疑惑があり、それについては報道番組で解説されていますが、陛下と会食していた子爵令嬢について、我々は何も知らされておりません。そこで我々ニュースの裏側スタッフは宮殿の関係者や貴族の皆様に徹底取材を敢行し、子爵令嬢の正体を突き止めました』

 クイズ番組の司会で有名になった男性司会者は真面目な顔で話していた。だが、この番組はスキャンダラスなニュースの背景を面白おかしく解説するので有名だった。
 ミランダは椅子から身を乗り出してモニターを見つめていたが、アマンダに気付くとリモコンに手を伸ばした。

「待って、ミランダ」

 ミランダは手を止めた。

「御覧になるのですか」
「気になるもの」
「こんな下品な番組、誰もまともに受け取りません」
「でも視聴率は高いんじゃない?」

 アマンダはドイルの放送局で一週間遅れで放送されていた「ニュースの裏側」の話をエストレージャの客達が話していたのを思い出していた。老若男女が語り合っていたのでたぶん人気の番組なのだろう。

「そうかもしれませんが」
「貴族が見ていたら舞踏会に出た時に何か言われるかもしれない。わかっていればその時に対処できる」

 そう言うとアマンダは寝室に行きさっと部屋着に着替えるとリビングに戻った。

『……ルシエンテス子爵令嬢について、我々は彼女をよく知る人物のインタビューに成功しました』

 どうやら名まえがわかってしまったらしい。あの日誰が宮殿に参内したか調べればすぐわかることなのだが、さすがに映像端末で連呼されると、いい気分はしない。
 アマンダは嫌な予感がしたが、画面から目を離せなかった。
 ぼやかされているが、どこかの屋敷らしい場所が映しだされていた。室内もぼやかされていた。そしてそこにいる人物の顔も体もぼやかされていた。が、誰かわかった。
 ミランダにもわかった。

「これはモラル伯爵令嬢、ですよね」

 画面から流れる声も変えられていた。まるでアヒルの声のようだとアマンダは思った。アヒルが話せばの話だが。

『彼女はね、元はゲバラ侯爵夫人の使用人よ。親も使用人。年齢は私と同じくらい。元が元だから教養がないの。付け焼刃で年寄りの歴史の先生に歴代皇后の伝記なんていうのを教わってた』

 言っていることはほぼ事実だが、なんだか腹が立ってきた。やはりアルマは人が嫌がることを言うことにかけては天性の才があるらしい。
 
「舞踏会を前にこんな番組をやるなんて、放送局に抗議します」

 ミランダの顔には怒りが浮かんでいた。
 アマンダも舞踏会で自分に向けられる視線を思うと憂鬱だったが、笑い飛ばした。

「抗議しても無駄よ。きっと帝國中の貴族が見て笑ってるから。泣いたり怒ったりするよりはまし」




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