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第十章 動乱
12 エスメラルダとラウル
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大臣らが執務室を去ると侍従が茶を持って来た。わざと冷ました茶である。皇帝はここ数年熱い茶は飲まなくなっている。
茶を飲みながら皇帝は思う。
大臣たちは何を遠慮しているのやら。そういう気の使い方をしている場合ではあるまい。サカリアスが謀叛を起こしたのだ。それに対して皇帝として堂々と立ち向かわねばならぬのだ。手段を選んでいる場合ではなかろう。
皇帝に予感がなかったわけではない。
子どもの頃からサカリアスは妙に人を引き付けた。特に容貌に秀でているわけではないのだが、側に仕えている者達の様子が他の子どもらに仕える者たちと違っていた。彼らは殿下はまるで初代様の生まれ変わりのようだと口を揃えて言っていた(皇帝には髪の色しか似ていないように見えたが)。
当然のように彼らのサカリアスに対する忠誠の度合いは明らかに他の子に仕える者たちを越えていた。即位後に生まれたために仕える者達が宮内省が選んだ優秀な者たちだったからというわけではない。他の子どもの側仕えも決して劣ってはいなかった。だが、サカリアスに仕える者たちはサカリアスが皇子でなくとも好意を抱いたのではなかろうか。時に皇帝が嫉妬を覚えるほどに。
皇帝自身もまたサカリアスの豪胆さを密かに好ましく思っていた。庭で蛇を手づかみで捕まえたり、鼠捕りにかかった鼠を飼おうとしたり。皇帝は自分の幼い頃と同じだと思った。彼女も平気で自宅に出た蛇や害虫をつかまえ殺したものだった。さすがに皇子に蛇や鼠を殺すように教育するのはどうかと思ったので、捕まえた蛇と鼠は侍従に処分させた。
とはいえサカリアスだけを偏愛することはできなかった。
皇帝の態度一つで周囲の人々はサカリアスを将来の皇太子だと思い込むことになる。一歳を迎えた後は皇帝は他の子どもと平等に時間を割いた。
それでもサカリアスを他の兄たちは疎ましく思っていたようだった。彼らはサカリアスの血を妬んでいた。期間は短いとはいえ母と共同統治をした高貴な血筋の男は兄たちの父親たちとは格段に身分が違っていた。皇太子になるのではと言われる弟の存在は彼らの生育にも影響した。兄たちの良からぬ振舞の遠因になっていることは皇帝にも理解できた。
皇帝は決意した。サカリアスを後継者争いから離れた場所に置くことを。このままでは側に仕える者たちに初代様の生まれ変わりともてはやされ、それが今後の性格形成に問題を起こす恐れがあった。また貴族学校で殿下ともてはやされれば勘違いが生まれるかもしれぬ。だが、軍に入れば殿下であろうと何であろうと関係ない。厳しい教育を受ければ兄たちから悪影響を受けることもないだろう。
兄たちも離れた場所にいる弟に害を為そうとはしないだろう。何より皇配のラウル・エルナンドも賛成してくれた。サカリアスの教育にほとんど口を挟まぬ夫が良いことだと言ってくれた日のことを思い出すと皇帝は少しばかり温かい気持ちになったものだった。
そしてサカリアスは初等学校を卒業すると幼年学校に入学した。それまでと同様に母親の命令に一切逆らうことなく。
軍人として日々成長していく息子は頼もしかった。多少の喧嘩沙汰があったようだが、その理由が弱い者を守るためであると聞けば母として誇らしかった。誰が世継ぎになっても、その力強い助けになると思われた。
皇帝が統治権委任後雪の離宮に引きこもってしまった皇配の裏切りを知ったのはサカリアスが幼年学校の二年生になってしばらくたった頃だった。雪の離宮の警備をする兵士たちの間で噂になっていると元軍人の秘書官から知らされた。秘書官の話は皇帝をひどく落胆させた。すぐに皇帝は雪の離宮の警備兵に緘口令を敷いた。
サカリアスが生まれて以降、皇帝は愛人は作っても妊娠はしないようにしていた。後継問題を複雑化させないため、高齢出産を避けるためである。何よりラウルとの関係を維持していたかった。皇帝は権力のためだけに彼を夫にしたのではないのだから。
結婚当初から確証はなかったがラウルの性癖にはなんとなく気付いていた。もし愛人の存在を一言でも言ってくれれば黙認するつもりだった。自分の振舞を棚に上げて夫だけに貞操を守らせるつもりはなかった。夫と妻それぞれが愛人を持つのを許容するのは貴族や皇族にはよくある話であった。
だから皇帝の前では貞潔を守る夫の仮面をかぶり雪の離宮に愛人を置いていたことが許せなかった。しかもすでに三年も前から同棲していたと調査の結果判明した。さらにその前にも数名の愛人がいたという。
雪の離宮に問い質しに行くと、ラウルにはすでに皇帝の来訪の理由がわかっていたようだった。彼は愛人を平然と紹介した。
「私はあなたと同じことをしているだけですよ。子が生まれる心配がないのだから、あなたよりは安全だと思います」
予想していた言葉だった。だが、実際にラウルの声で耳にすれば怒りがこみ上げてきた。
「おのれは立場をわきまえよ」
「わきまえております。陛下は私よりも大勢の男と御寝あそばしておいでではありませんか。私の愛人の数などたかがしれております」
今まで愛していた怜悧な表情が今はひどく冷たく感じられた。
ほぼ同時に愛人の表情に一瞬だけ夫と似た冷たい笑みが浮かんだ。
こやつらは恐らくこの離宮で何も知らぬと自分のことを嘲笑っていたに違いないのだ。瞬時にエスメラルダはドレスの下の太もものホルスターから護身用の拳銃を抜き放っていた。
言葉にならぬ呻き声を上げて愛人は股間を押さえその場に倒れた。駆け寄ったラウルは愛人の名を叫び続けた。
断末魔の苦しみは長く続かなかった。こときれた愛人を抱き締めたままラウルは手に付いた血を拭うこともせずエスメラルダに冷ややかなまなざしを向けた。
「おまえの愛人たちも同じ目に遭わせてやる」
「やれるものならやってみよ」
自分でも愚かな言動であったと思う。だが、それまでおとなしく従っていたと思っていた者に裏切られればそうもなろうとも思う。
その数日後、皇帝は新たな愛人を迎えた。それがカルロス・グラシアの父ペドロ・グラシアである。
ラウルとは離縁しなかった。雪の離宮に飼い殺しにすることに決めた。ただし愛人については警備上の問題を理由に報告させた。当然のことだが雪の離宮の監視は強化させた。
あの時と同じだと皇帝は思う。これまでおとなしく(時には小さな反抗もしたが)従っていた息子が自分に叛旗を翻した。しかもあのルシエンテス子爵令嬢とともに。
あの娘を息子の嫁にして我が娘のように様々なことを教え導きたい。そう思っていた。長女のアビガイルにはしてやれなかった。あの頃は野望のために男達を狩る日々が続き子どもの躾どころではなかった。幸いにもアビガイルは自らを律し学ぶことを知っていたので道を踏み外すことはなかった。
だがサカリアスを除く下の息子たちはそうではなかった。皆人としての徳に欠けていた。皇帝は自分に徳があるとは微塵も思っていないが、それでも子どもには少しは自分よりましな部分があってもいいはずだった。父親となった男達の影響かもしれぬと思うことはあるが、乳母や養育係は皆それぞれに優秀だったのに。
末子のカルロス・グラシアは兄たちとは違っていた。多少早熟な面はあるが、学業も公爵としての職務も怠ることはなかった。ただ早熟過ぎてモニカに手を出したのにはさすがに驚いた。早く結婚相手を決めないと取返しのつかないことになると思い、皇帝は候補を探し始めた。その矢先に現れたのがルシエンテス子爵令嬢だった。
元の身分はともかくアビガイルが子爵家の跡継ぎに決めたのなら相応の才覚もあろうと思い、宮殿に参内した折に食事に招いた。ちょっとした騒ぎはあったが、皇帝は彼女が気に入った。年齢から言えばサカリアスにちょうどいいかもしれないが、モラル伯爵令嬢との婚約を拒否したり、全く女性との交渉がないという話を聞けば父親と同じ嗜好があるかもしれぬ。それならカルロスの妻にすればよい。モニカと近い年頃だからカルロスの好みに合うだろう。そう思って決めた。
ところが、舞踏会での騒ぎである。サカリアスが先に心に決めていた相手だったとは。アビガイルも一言話しておいてくれればと思ったものの、皇帝は言葉を翻すわけにはいかない。二人をとりあえず引き離した。このまま二人がおとなしくしてくれたら、ほとぼりが冷めた頃に良い手立てをと考えていた。
それなのに、まさかの事態を彼女は起こしてくれた。協力者がいたにしても、自分が二十の時にもやらなかったようなことをしでかすとは。只者ではない。
サカリアスと逃亡しただけなら駆け落ちで済むかもしれないが、流れた血が多過ぎた。しかもサカリアスは皇帝退位を求めて戦うと宣言した。
売られた喧嘩は買う主義のエスメラルダとしては、これを無視することはできない。たとえ息子であろうと軍人が皇帝退位を求めるということは謀叛である。夫の愛人を殺し夫を飼い殺しにする程度では済まない話だった。相応の対応をするのが皇帝の役目というものである。
恐らく放置すればサカリアスの下には多くの者が集まってくるだろう。そうなる前に潰さねばならない。帝國全土に火の粉をまき散らすわけにはいかない。臣民の安寧を守るために皇帝は戦わねばならぬのだ。
けれどあの娘だけは惜しかった。
皇帝は隣室に控えているシルベストロ秘書官を呼んだ。
「2389号の手配書に殺さずに生かして捕縛せよと但し書きを付けられるか」
秘書官は眉間にしわを寄せた。帝國広域特別指名手配に関しては生死を問わず逮捕することが慣例になっていた。要するに見つけ次第殺してもかまわないのである。
「結論から申し上げますと可能です。前例では108号が逮捕の際に妊娠していたので出産後裁判により死刑が執行されています。もし2389号が妊娠していた場合、陛下の御孫君が胎内にいる可能性があります。2389号が現在妊娠しているかどうかは確認できませんが、そうなる恐れがありますので、それを理由にすれば可能かと存じます」
皇帝はさように計らえと秘書官に命じた。秘書官は御意と答えすぐに関係部署に連絡を入れた。
茶を飲みながら皇帝は思う。
大臣たちは何を遠慮しているのやら。そういう気の使い方をしている場合ではあるまい。サカリアスが謀叛を起こしたのだ。それに対して皇帝として堂々と立ち向かわねばならぬのだ。手段を選んでいる場合ではなかろう。
皇帝に予感がなかったわけではない。
子どもの頃からサカリアスは妙に人を引き付けた。特に容貌に秀でているわけではないのだが、側に仕えている者達の様子が他の子どもらに仕える者たちと違っていた。彼らは殿下はまるで初代様の生まれ変わりのようだと口を揃えて言っていた(皇帝には髪の色しか似ていないように見えたが)。
当然のように彼らのサカリアスに対する忠誠の度合いは明らかに他の子に仕える者たちを越えていた。即位後に生まれたために仕える者達が宮内省が選んだ優秀な者たちだったからというわけではない。他の子どもの側仕えも決して劣ってはいなかった。だが、サカリアスに仕える者たちはサカリアスが皇子でなくとも好意を抱いたのではなかろうか。時に皇帝が嫉妬を覚えるほどに。
皇帝自身もまたサカリアスの豪胆さを密かに好ましく思っていた。庭で蛇を手づかみで捕まえたり、鼠捕りにかかった鼠を飼おうとしたり。皇帝は自分の幼い頃と同じだと思った。彼女も平気で自宅に出た蛇や害虫をつかまえ殺したものだった。さすがに皇子に蛇や鼠を殺すように教育するのはどうかと思ったので、捕まえた蛇と鼠は侍従に処分させた。
とはいえサカリアスだけを偏愛することはできなかった。
皇帝の態度一つで周囲の人々はサカリアスを将来の皇太子だと思い込むことになる。一歳を迎えた後は皇帝は他の子どもと平等に時間を割いた。
それでもサカリアスを他の兄たちは疎ましく思っていたようだった。彼らはサカリアスの血を妬んでいた。期間は短いとはいえ母と共同統治をした高貴な血筋の男は兄たちの父親たちとは格段に身分が違っていた。皇太子になるのではと言われる弟の存在は彼らの生育にも影響した。兄たちの良からぬ振舞の遠因になっていることは皇帝にも理解できた。
皇帝は決意した。サカリアスを後継者争いから離れた場所に置くことを。このままでは側に仕える者たちに初代様の生まれ変わりともてはやされ、それが今後の性格形成に問題を起こす恐れがあった。また貴族学校で殿下ともてはやされれば勘違いが生まれるかもしれぬ。だが、軍に入れば殿下であろうと何であろうと関係ない。厳しい教育を受ければ兄たちから悪影響を受けることもないだろう。
兄たちも離れた場所にいる弟に害を為そうとはしないだろう。何より皇配のラウル・エルナンドも賛成してくれた。サカリアスの教育にほとんど口を挟まぬ夫が良いことだと言ってくれた日のことを思い出すと皇帝は少しばかり温かい気持ちになったものだった。
そしてサカリアスは初等学校を卒業すると幼年学校に入学した。それまでと同様に母親の命令に一切逆らうことなく。
軍人として日々成長していく息子は頼もしかった。多少の喧嘩沙汰があったようだが、その理由が弱い者を守るためであると聞けば母として誇らしかった。誰が世継ぎになっても、その力強い助けになると思われた。
皇帝が統治権委任後雪の離宮に引きこもってしまった皇配の裏切りを知ったのはサカリアスが幼年学校の二年生になってしばらくたった頃だった。雪の離宮の警備をする兵士たちの間で噂になっていると元軍人の秘書官から知らされた。秘書官の話は皇帝をひどく落胆させた。すぐに皇帝は雪の離宮の警備兵に緘口令を敷いた。
サカリアスが生まれて以降、皇帝は愛人は作っても妊娠はしないようにしていた。後継問題を複雑化させないため、高齢出産を避けるためである。何よりラウルとの関係を維持していたかった。皇帝は権力のためだけに彼を夫にしたのではないのだから。
結婚当初から確証はなかったがラウルの性癖にはなんとなく気付いていた。もし愛人の存在を一言でも言ってくれれば黙認するつもりだった。自分の振舞を棚に上げて夫だけに貞操を守らせるつもりはなかった。夫と妻それぞれが愛人を持つのを許容するのは貴族や皇族にはよくある話であった。
だから皇帝の前では貞潔を守る夫の仮面をかぶり雪の離宮に愛人を置いていたことが許せなかった。しかもすでに三年も前から同棲していたと調査の結果判明した。さらにその前にも数名の愛人がいたという。
雪の離宮に問い質しに行くと、ラウルにはすでに皇帝の来訪の理由がわかっていたようだった。彼は愛人を平然と紹介した。
「私はあなたと同じことをしているだけですよ。子が生まれる心配がないのだから、あなたよりは安全だと思います」
予想していた言葉だった。だが、実際にラウルの声で耳にすれば怒りがこみ上げてきた。
「おのれは立場をわきまえよ」
「わきまえております。陛下は私よりも大勢の男と御寝あそばしておいでではありませんか。私の愛人の数などたかがしれております」
今まで愛していた怜悧な表情が今はひどく冷たく感じられた。
ほぼ同時に愛人の表情に一瞬だけ夫と似た冷たい笑みが浮かんだ。
こやつらは恐らくこの離宮で何も知らぬと自分のことを嘲笑っていたに違いないのだ。瞬時にエスメラルダはドレスの下の太もものホルスターから護身用の拳銃を抜き放っていた。
言葉にならぬ呻き声を上げて愛人は股間を押さえその場に倒れた。駆け寄ったラウルは愛人の名を叫び続けた。
断末魔の苦しみは長く続かなかった。こときれた愛人を抱き締めたままラウルは手に付いた血を拭うこともせずエスメラルダに冷ややかなまなざしを向けた。
「おまえの愛人たちも同じ目に遭わせてやる」
「やれるものならやってみよ」
自分でも愚かな言動であったと思う。だが、それまでおとなしく従っていたと思っていた者に裏切られればそうもなろうとも思う。
その数日後、皇帝は新たな愛人を迎えた。それがカルロス・グラシアの父ペドロ・グラシアである。
ラウルとは離縁しなかった。雪の離宮に飼い殺しにすることに決めた。ただし愛人については警備上の問題を理由に報告させた。当然のことだが雪の離宮の監視は強化させた。
あの時と同じだと皇帝は思う。これまでおとなしく(時には小さな反抗もしたが)従っていた息子が自分に叛旗を翻した。しかもあのルシエンテス子爵令嬢とともに。
あの娘を息子の嫁にして我が娘のように様々なことを教え導きたい。そう思っていた。長女のアビガイルにはしてやれなかった。あの頃は野望のために男達を狩る日々が続き子どもの躾どころではなかった。幸いにもアビガイルは自らを律し学ぶことを知っていたので道を踏み外すことはなかった。
だがサカリアスを除く下の息子たちはそうではなかった。皆人としての徳に欠けていた。皇帝は自分に徳があるとは微塵も思っていないが、それでも子どもには少しは自分よりましな部分があってもいいはずだった。父親となった男達の影響かもしれぬと思うことはあるが、乳母や養育係は皆それぞれに優秀だったのに。
末子のカルロス・グラシアは兄たちとは違っていた。多少早熟な面はあるが、学業も公爵としての職務も怠ることはなかった。ただ早熟過ぎてモニカに手を出したのにはさすがに驚いた。早く結婚相手を決めないと取返しのつかないことになると思い、皇帝は候補を探し始めた。その矢先に現れたのがルシエンテス子爵令嬢だった。
元の身分はともかくアビガイルが子爵家の跡継ぎに決めたのなら相応の才覚もあろうと思い、宮殿に参内した折に食事に招いた。ちょっとした騒ぎはあったが、皇帝は彼女が気に入った。年齢から言えばサカリアスにちょうどいいかもしれないが、モラル伯爵令嬢との婚約を拒否したり、全く女性との交渉がないという話を聞けば父親と同じ嗜好があるかもしれぬ。それならカルロスの妻にすればよい。モニカと近い年頃だからカルロスの好みに合うだろう。そう思って決めた。
ところが、舞踏会での騒ぎである。サカリアスが先に心に決めていた相手だったとは。アビガイルも一言話しておいてくれればと思ったものの、皇帝は言葉を翻すわけにはいかない。二人をとりあえず引き離した。このまま二人がおとなしくしてくれたら、ほとぼりが冷めた頃に良い手立てをと考えていた。
それなのに、まさかの事態を彼女は起こしてくれた。協力者がいたにしても、自分が二十の時にもやらなかったようなことをしでかすとは。只者ではない。
サカリアスと逃亡しただけなら駆け落ちで済むかもしれないが、流れた血が多過ぎた。しかもサカリアスは皇帝退位を求めて戦うと宣言した。
売られた喧嘩は買う主義のエスメラルダとしては、これを無視することはできない。たとえ息子であろうと軍人が皇帝退位を求めるということは謀叛である。夫の愛人を殺し夫を飼い殺しにする程度では済まない話だった。相応の対応をするのが皇帝の役目というものである。
恐らく放置すればサカリアスの下には多くの者が集まってくるだろう。そうなる前に潰さねばならない。帝國全土に火の粉をまき散らすわけにはいかない。臣民の安寧を守るために皇帝は戦わねばならぬのだ。
けれどあの娘だけは惜しかった。
皇帝は隣室に控えているシルベストロ秘書官を呼んだ。
「2389号の手配書に殺さずに生かして捕縛せよと但し書きを付けられるか」
秘書官は眉間にしわを寄せた。帝國広域特別指名手配に関しては生死を問わず逮捕することが慣例になっていた。要するに見つけ次第殺してもかまわないのである。
「結論から申し上げますと可能です。前例では108号が逮捕の際に妊娠していたので出産後裁判により死刑が執行されています。もし2389号が妊娠していた場合、陛下の御孫君が胎内にいる可能性があります。2389号が現在妊娠しているかどうかは確認できませんが、そうなる恐れがありますので、それを理由にすれば可能かと存じます」
皇帝はさように計らえと秘書官に命じた。秘書官は御意と答えすぐに関係部署に連絡を入れた。
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